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かけがえのないもの  作者: 滝元和彦
4/5

事実


 ビーンとウッドはテレビ局の受付を説得して、なんとか中に入る許可を得た。20年前の番組について調べている旨を話すと、ある部屋に案内された。少し待たされてから、1人の男性が部屋に入ってきた。

 ビーンは簡単に事情を説明した。ただ、お宝を探していることは伏せておいた。

「20年前の弊社作成の『トレジャーハント』という番組についてのお尋ねですね」

「はい、その番組づくりに携わった関係者の方にお会いできますか」ビーンは目の前にいる男性はあきらかに当事者ではないと考えた。この男性はまだ20代だろう。

「それについてなんですが、その番組に関わった社員はその後、全員退職していますね」

「全員退職ですか。彼らに何かあったんですか?」

「いえ、特別何か問題を起こしたとかということではないんです。皆さんそれぞれご自身の判断で退職されたようです」

「彼らと連絡を取りたいんですが」

 男性社員は持っていたファイルを開いた。

「ここに退職された方の個人情報が載ってます」

 それは社員の履歴書のようなもので、名前、住所、電話番号などが書かれている。

「コピーをとってもらってもよろしいですか」

「お待ちください」

 社員はコピーした用紙をビーンに手渡す。ビーンがそれに目を通しているので、ウッドが質問することにした。

「一千万円をお宝として提供した方についての情報は残っているんですか?」

 社員はもう1つのファイルを開いた。

「平岩悟という方で、この方は番組の途中で行方不明になっているようですね」

「行方不明?」

「はい、ここには提供者が行方不明のため、一千万円および暗号の答えはわからないままと書いてあります」

「つまり、その平岩という人しか暗号の答えを知らなかったというわけですか」

「どうでしょうか、私にはなんとも言えません」

 たぶんそうなのだろう。番組スタッフにも暗号の答えは知らされていなかったのだ。

「ところでその『トレジャーハント』はどうして終わってしまったんでしょう。けっこう人気があったと記憶していますが」

「視聴率の低迷と書いてありますが、本当のところはわかりません。視聴率以外の理由で番組をやめたりすることもありますから」

 あと2、3質問をしたが有益な情報はなかった。2人がテレビ局を去るとき、男性社員が、

「一千万円を探すんですか?」と聞いてきた。

 2人は愛想笑いでごまかした。車に乗ってもビーンはスタッフの履歴書を眺めていた。

「ビーン、なにかみつかった?」

「ちょっとこれを見てみろ」ビーンは用紙をウッドにみせる。それはある社員の個人情報だった。顔写真が貼り付けられている。

「この女性社員がどうかした?」

「この人、男だよ」

「え?」

 名前の欄には確かに『田中徳次郎』という男性らしい名前が書いてある。だが、顔写真は長髪で、うっすらと化粧をしていて、表情もなんとなく女性らしい。

「ほんとだ、名前と性別が一致してないな」

「もしかしたら他の人の情報と混ざってしまったのかと思って一通りみてみたんだけど、そうじゃないみたいだな。他の人のやつはちゃんとあったから」

「そうすると、どういうことになるの」

 2人とも薄々気づいていた。

「ウッドもわかってんだろ。この人オネエだったんだよ」

「やっぱりそうか。この時代にこれだけ堂々としてるってすごいな」

「まあ、お宝とはなんの関係もないけどな。で、次はどうする?」

「うーん、そうだな、平岩っていう人のところに行ってみよう」

「そうだな」

 ウッドはハンドルを握った。

 平岩悟という男が住んでいた住居は、駅から車で5分、歩いても15分ほどのところにある団地だった。その辺り一帯が団地で、該当する棟を探すのに一苦労した。ようやく平岩の住居がある棟の前までやってきた。1階にある集合ポストを調べる。その1つに平岩という名前が書いてあった。

「まだ誰か住んでるみたいだ」

 2人は階段で5階まで上る。階段の左右にドアがある。右側には藤田という表札が出ているので、平岩家は左側のドアだろう。ビーンがインターフォンを押す。数秒待ったが応答はない。

「誰もいないのかな」さらに数秒待ってから、もう一度押してみる。

 中で何かが動くような気配があった。それから、か細い女性の声で、

「はい、どちらさまでしょう」という反応があった。

「すみません、ちょっとお尋ねしたいことがありまして。私、遠藤という者ですが、平岩悟さんについてお話を聞かせていただきたいと思いまして」

 迷っているのか、少し沈黙が続いた。しばらくしてから、ためらいがちにドアが開いた。出てきたのは60代半ばほどの女性で、髪の毛はすっかり白髪になっていて、顔は色白で、普段あまり日光を浴びていないような感じだった。不審そうな眼差しを2人に向けた。

「なんの調査ですか、警察の方?それとも役所?」

 ビーンはかいつまんで事情を話した。

「主人はもういません。20年前に出てったきりです」

「正確には20年前のいつ頃ですか?」

「ここじゃなんですから、お上がり下さい」

 部屋はきれいに整頓されていたが、ものが多くどこか気づまりな印象を与えた。女性は、

「そのへんに座ってください」と言ってキッチンの方に向かった。

 ビーンたちがソファに座ると、正面の壁に30代くらいの男女のツーショット写真が掛けられていた。たぶん、平岩夫妻なのだろう。男性の方はスーツ姿で温厚そうな顔をしている。

「麦茶です、どうぞ」平岩夫人が2人の前にグラスを並べる。

「ありがとうございます。あちらの方が悟さんですね」ビーンが写真を指さす。

「ええ、新婚旅行で熱海に行ったときのものです」

「優しそうな方ですね」

「人が良すぎるんです。社会で生きていくには、もうちょっとずる賢くないと」夫人は2人の正面の椅子に腰かけた。ビーンは麦茶で喉を潤してから質問をはじめた。

「さきほどのことなんですが、悟さんが失踪したのは20年前のいつごろなんですか?」

「たしかゴールデンウィークが終わって少し経ったころです」

 2人は目を見合わせた。

「捜索願は出したんですか?」

「はい、でもみつかりませんでした」

「悟さんが失踪するようなことに何か心当たりはありませんでしたか?」

「ないです。主人はなにも言わずに出て行ったんです。私をおいていったんです」ハンカチを取りだして目元を拭った。

 ビーンは同情するような眼差しで夫人を見た。そして質問を続ける。

「事件に巻き込まれたような可能性はないですかね」

「事件?どうでしょうか、ないと思います」

「では、20年前に悟さんが、あるテレビ番組で一千万円をお宝として提供したことについてはご存じでしたか?」

 夫人はビーンの言葉を聞いて驚いたようだった。

「なにかテレビに出演したのは覚えてますけど、一千万円というのは知りません」

「一千万円を提供したのは事実です。悟さんはどうしてそんな大金があったんでしょう。宝くじが当たったとか、競馬で一儲けしたとか」

「本当になにも知らないんです。あの人にはちょっと秘密主義みたいなところがありましたから」

「奥さんには内緒にしていたんですね。では、そのお宝の場所を示す暗号についてもご存じないですね」

「暗号?知りません」

「悟さんの書斎があれば拝見したいんですが」

「書斎ですか、わかりました」

 夫人は立ち上がって、

「こちらです」とリビングの奥にある部屋に2人を案内した。夫人がドアを開けると、そこは六畳間の部屋で、日当たりが悪いせいか、かび臭いにおいがした。窓際に書き物机があり、左側には洋服掛けと小物入れ、右側は壁一面本棚で本がぎっしりと並んでいる。あるのはそのくらいだった。

「ちょっと調べさせてもらえますか?」

「好きなだけどうぞ。私は向こうにいますから」夫人は部屋を出ていった。

「暗号のメモみたいなものがないか探してみよう」ビーンは机を調べる。ウッドは本棚の方に歩いていく。

 2人は慎重に探していった。机の中や引き出しの裏、本は一冊ずつめくっていってメモ用紙が挟まっていないかチェックした。またハンガーに掛けられている洋服も調べた。小物入れの中には古い硬貨やなにかのネジ、筆記用具やハサミ、電池などが入っていたが、メモ用紙はなかった。一通り調べるのに1時間近くかかった。

「ないみたいだな」ウッドが汗を拭きながら疲れた声で言う。

「リビングに戻ろう」

 部屋から出てきた2人に夫人が声をかけた。

「どうでした、みつかりましたか?」

「いえ、ありませんでした」

「おふたりが探している間、私もなにか協力できないかしらと思って、少し探してみたんです。これを見ていただけませんか」

 夫人は右手に持っているものをみせた。それは下半分が破れている古い紙だった。ビーンはその紙を受け取る。見てみると、そこにはアルファベットがいくつか書かれていた。そのアルファベットの間にプラスの記号や矢印が書いてある。その紙をウッドにみせる。

「ウッド、これって学校で習うやつだよな」

「うん、これは化学式だな」

 ウッドが夫人に尋ねる。

「悟さんのご職業はなんだったんですか?」

「主人は高校の理科の教師でした」

「先生だったんですね」ウッドの予想した通りだった。

「はい、生徒たちから慕われてたみたいです。真面目そうにみえますけど、冗談を言ったりするのが好きな人だったんです」

「これはたぶんテストの解答用紙の一部でしょう」

「そうなんですか、私はなにかの暗号かと思いました」

「これはどこにあったんですか?」

「私の書類入れの中に紛れ込んでいました。他にもあるかもしれないと思って探しましたが、主人のものはこれだけでした」

 ウッドは破れた紙を返した。

「長々とお邪魔しました。ご主人はきっと帰ってきますよ」ビーンの言葉に、

「はい、私待ってます」と言って目を潤ませた。

 平岩家を出てから2人ともしばらく無言だった。停めておいた車に乗って一服する。

「平岩さん、どこに行っちゃったのかな」とウッドがつぶやく。

「なにかの事件に巻き込まれたのかな」

「もしかして、裏山で見つけた腕って平岩さんなのかも」

「どうだろう。可能性はあるけど、もし平岩さんだとしたら、なんであんなところに行ったんだろう。彼は暗号を考えた本人なんだから、お宝がどこにあるかはわかってるだろうし、わざわざ暗号が書いてある紙を持っている必要もないだろうし」

「うーん、だとするとやっぱりあれは平岩さんじゃないのか。それで次はどうする?」

「そうだな、テレビ局でもらった元社員の個人情報を詳しく見てみるか」ビーンはコピー用紙を眺める。その時、スマホの着信音が鳴った。

「いっちゃんからだ。うん、うん、わかった」

「なんだって」

「いったん、さっきの喫茶店に集まろうだって」



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