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かけがえのないもの  作者: 滝元和彦
3/5

探索


 翌日の午前7時、栗山たち4人は駅前にある喫茶店で朝食を摂っていた。栗山やいっちゃんがTシャツを着ているのに対して、ビーンはこれから山登りでもするのかという服装をしていた。ウッドはウッドでなにを思ったのか黒のスーツに身を包んでいる。4人は食事をしながら方針を話し合った。栗山といっちゃんは、土に埋まっていた腕の調査をすることになった。ビーンとウッドは、テレビ局に行って、当時の番組スタッフについて調べることになった。

 4人は喫茶店を出た。外は、お宝探し日和といってもいい快晴だった。

「じゃあ始めるか、夕方またここに集合な」いっちゃんがビーンたちにそう言って車に乗りこむ。栗山は助手席に座った。車は駅前ロータリーを出ると、中学校の方向に向けて走りだした。まずは中学校の裏山に行って、腕が埋まっていた現場を見てくることにした。

 街並みはほとんど変わっていなかった。変わったのはスーパーがなくなって代わりにドラッグストアができたことくらいだった。

 駅から学校まで20分ほどで着いた。学校の裏にある空き地に車を停めて2人は外に出た。栗山にとっては20年ぶりの中学校だった。建物を眺めていると、中学時代の記憶が次から次へと浮かんできた。初恋、部活、将来について悩んだこと。どれもが今となっては青春そのものだった。あのころは辛かったのに、今では楽しかったと思える。なんか不思議な感じがした。

「マロン、聞いてるのか」

「え?」

「たしか、こっちだったよな」

 裏山に続く道は入口を入ってまもなく二手に分かれている。いっちゃんは左の道を指さしている。

「うん、こっちだよ」栗山は左の道の端に、今にも倒れそうになっている『この先立ち入り禁止』という標識を見てそう言った。

 山道は以前と変わらず、ほとんど手入れがされていない状態だった。中ほどまで来ると、木々がうっそうと生い茂り、太陽の光もあまり届かず辺りは薄暗い。時々、奥の方からガサガサっという音が聞こえてきた。大人になってもなんとなく薄気味悪い。

「まだ先だっけ?」いっちゃんは視線を落としたまま歩いている。

「この辺だったような気がするけど」栗山も持参した懐中電灯で辺りを照らしながら歩く。

「もうちょっと行ってみよう」

 5分も歩かないうちに2人は大きな木が立っている場所までたどり着いた。

「秘密基地まで来ちゃったな」いっちゃんは目の前に立つ大きな木を眺める。木にはすでに彼らの秘密基地はなかった。いっちゃんは何回か屈伸運動をすると、その木に登りはじめた。しっかりした枝に腰をおろして、

「マロン、おまえも登ってこいよ」

 栗山はためらったが、太い幹に触れてみると自然と体が動き出した。まもなくいっちゃんと同じ枝まで登った。2人でしばらく下界の様子を眺めた。そこから街が一望できた。この街のどこかに一千万円が眠っているのだろうか。

「昔に戻りたいなあ、そう思ったことないか」いっちゃんがつぶやく。

「思ったことはあるよ」

「オレなんかしょっちゅうだ、ははは」いっちゃんの笑いにはどこか憂いのようなものが混じっていた。

 しばらく物思いにふけったあと、2人は木を降りてきた。帰りも慎重に地面を調べていったが、目当てのものはみつからなかった。入口まで戻ってきた。

「なにもなかったね」栗山が落胆した口調で言った。

「まあ20年も前だからな」

「次はどうする?」

「そうだなあ、マロン、あの土に埋まってた腕って、なにか特徴みたいなのなかったか?」

「特徴?そんなのあったっけ」栗山は当時の状況を思い浮かべた。腕の記憶は今でもはっきりと覚えている。

「そういえば、あの腕は女性だよ。たしか指の爪にマニキュアしてた気がする」

「そう言われれば、赤いマニキュアをしてたっけ」

「それに裏山に入ってすぐの辺りに、女性が履くヒールが落ちてたんだ。覚えてない?」

「ヒールのことまでは覚えてないな」

「あったんだよ。それを拾ってビーンが履いたのを覚えてるんだ」

「そのヒールがあの腕の女性のものだと思うのか」

「たぶんそうだと思う」

 いっちゃんは立ったまま考えこんだ。それから栗山の方を向いて、

「じゃあ、当時、女性で失踪した人を探せばいいのか」

「警察に聞いてみるって手もあるけど、オレたちがいきなり行っても教えてくれるかな」

「それなら心配するな、親父に聞いてみる。オレの親父は元警察官だったからな」

「マジで?」

「ああ、もう退職してるけど、話はしてくれると思う」いっちゃんはスマホを取りだして通話をはじめた。しばらく話をしたあと通話を切った。

「よし、警察署に行こう」

 警察署は、中学校と駅の中間くらいにある。15分ほどで着いた。中に入って用件を言うと、女性警察官がファイルを持って近づいてきた。

「こちらが20年前のゴールデンウィーク前後に捜索願が出された方の名簿です」

 名簿を見ると、何人かの名前が書かれていた。その中から女性の名前を探す。すぐにみつかった。我孫子結子あびこゆうこ。失踪当時の年齢は34才。隣の市に住んでいたようだ。

「この我孫子っていう方はみつかったんでしょうか?」いっちゃんがたずねる。

「ちょっとお待ちください」警察官はファイルを眺め、それからデスクにあるパソコンで調べはじめた。

「現在まで発見されたという情報はありません」

 いっちゃんと栗山はファイルを隈なく調べたが、女性の名前は他になかった。2人は礼を言って警察署を出てきた。車に戻ってからしばらくは無言だった。お互いに捜査方針を考えていた。ファイルには捜索願を出した人物の住所も載っていたが、現在その住所には誰も住んでいないということだった。

「名前だけじゃなあ」いっちゃんが缶コーヒーを飲みながらつぶやく。

 我孫子結子。我孫子結子。我孫子…。我孫子不動産!

「いっちゃん、ちょっと思いついたんだけど、失踪者の名前ってけっこう特殊じゃない。我孫子なんていう名前そうはいないよ。例えば我孫子不動産とか」

「我孫子不動産?ひょっとして、それと失踪者が関係してるっていうのか」いっちゃんは半信半疑の表情だ。

「可能性はゼロではないよ、ちょっと電話してみよう」

 栗山はスマホで我孫子不動産を調べた。ホームページにアクセスして電話番号が載っていることを確認する。そこにかけてみた。数分話したあと通話を切った。

「どうだった?」

「社員の人が電話にでたから事情を話したんだけど、いたずらだと思われて真面目に聞いてくれないんだ。だから今からそこに行ってみよう」ホームページによると、不動産は駅前にあるらしい。

「とりあえず行ってみるか」

 我孫子不動産は駅前ロータリーに面した雑居ビルの3階にあった。エレベーターで3階に上がる。降りると正面に我孫子不動産と書かれたガラスのドアがあった。そこから中の様子をうかがう。栗山がドアを開ける。

「いらっしゃいませ」男性社員が近づいてきた。栗山は電話での件で来たと告げた。

「20年前の失踪者について社長に聞きたいことがあるですか」男性は困惑した顔で2人を見た。男性がどうしようか考えていると、入口のドアから恰幅のよい人のよさそうな男性が入ってきた。

「あ、社長」男性社員はかしこまった態度になった。

「やあご苦労さん」

「社長、あの…」男性社員は栗山から聞いた話を社長に伝えた。話を聞いているうちに社長の顔に変化が現れた。聞き終えると2人に向かって、

「あなたがたは何者なんですか」とたずねてきた。

「けっして怪しいものじゃありません。ある理由から、20年前の失踪者について調べているだけです」

 社長は、うーんとうなるような声を出してから、

「ちょっとこっちに来てもらえますか」2人を手招きして、ある一室に案内した。そこは更衣室のような狭い部屋だった。2人に椅子に座るように促した。

「それで何が知りたいんですか?」

 栗山が話を切り出す。

「20年前に、社長の知ってる女性で誰か行方不明になって捜索願を出された方はいませんでしたか?」

 社長はタバコを吸って考えているようだった。やがて、

「それを知ってどうするんです?」

 栗山といっちゃんは視線を合わせた。

「実は20年前、僕たちが中学生のころ、学校の裏山で女性のものと思われる腕をみつけたんです。その腕は地面に埋まっていたんですが、手には紙を握っていました。紙には暗号のようなものが書いてありました。僕たちはその暗号は、もしかしたら当時人気だったテレビ番組と関係があるんじゃないかと思ったんです。でも、その暗号がどういうものだったか忘れてしまって、それでその女性が誰だったのか捜しているというわけなんです」

 いっちゃんの話を黙って聞いていた社長は、聞き終えてからもしばらくタバコを吸ってはその煙を眺めていた。1分くらい沈黙が続いた。社長は2人に視線を向けた。

「20年前に捜索願が出された女性は知ってる。当時の私の家内です」

 栗山は嬉しさのあまり椅子から飛び跳ねた。

「奥さんでしたか」いっちゃんが言うと、すぐに社長が、

「だが、結子はきみたちが捜してる失踪者じゃない」

「失踪者じゃない?」

「ええ、そうです。なぜならば、彼女はあの時すぐにみつかったし、今もたぶん生きてるでしょうから」

 栗山が質問した。

「ちょっといいでしょうか。結子さんはどうして捜索願が出されたんですか?」

「事件とかいう大げさなもんじゃないです。夫婦喧嘩して家を飛び出していったまでのことです。一週間で戻ってきましたよ」

 いっちゃんも質問する。

「当時の家内とおっしゃったようですが、現在は離婚されてるんですか?」

「8年前にね」

「結子さんが今どこにいるかお分かりですか?」

「私の話が信じられませんか」

「一応、確認をしておきたいんです」

「結子のその後のことは何も知らないですね。電話番号もね」

「結子さんのご両親のお名前と住所などを教えていただきたいんですが」と栗山が頼むと、社長はため息をついてから、

「少し待っててください」いったん部屋を出て行った。戻ってくると、メモ用紙を手渡した。栗山はそのメモ用紙を見てドキッとした。そこには野々宮という名字が書かれてあったからだ。

「野々宮?」その名前を見て、栗山は野々宮美南を思い出した。

 栗山がメモ用紙を見て動揺しているのを察したのか社長が、

「どうかしましたか」と聞いてきた。

「いえ、なんでもありません。ありがとうございました」

 栗山たちは不動産をあとにした。ビルから出ると栗山は早速、メモ用紙に書いてある番号に電話をかけてみた。機械的なアナウンスが流れてきた。『お客様のおかけになった番号は現在使われておりません』

「だめだ、使われてないって」

「住所はどこだっけ?」

「隣の市」

「行ってみるか」

 メモ用紙に書いてあった住所には30分ほどで着いた。ひと目でそこには誰も住んでいないことがわかった。そこは現在、貸倉庫になっていた。とりあえず2人はその倉庫の周囲を一回りしてみた。だが、人家らしい建物は見当たらなかった。

「どこかに引っ越したみたいだな」いっちゃんが疲れたような口調で言う。

「いっちゃん、野々宮と連絡取れるかな」と栗山が聞いた。

「野々宮?まさか野々宮と、あの社長の元嫁が関係あるっていうのか」

「まあ関係ないとは思うけど、いちおう確認しとこうと思って」

 いっちゃんはスマホを出して栗山に渡す。栗山は緊張しながら受け取った。

「北島くん、昨日はお疲れ様」野々宮の声だ。

「あの、ぼく栗山です」声が上ずっている。

「栗山くんなの?北島くんの番号だから、北島くんだと思った」

「携帯借りてるんです、あの…」

「どうしたの敬語なんか使っちゃって」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、時間大丈夫?」

「うん」

「ええと、野々宮の身内の誰かに結子さんっていう名前の人がいないかな」

「ゆうこさん?いないと思うけど」

「じゃあ、身内の誰かが昔、失踪したなんていう話は聞いたことない?」

「失踪?なんかすごく変なこと聞くんだね。失踪した人なんて聞いたことないよ」

「遠い親戚の人とかもいない?」

「たぶん、いないと思う、ねえ栗山くん、これってなにを調べてるの?」

 栗山は話そうかどうか悩んだ。この場はお茶をにごすことにした。

「今はまだ言えないけど、あとでちゃんと話すよ」

「気になるから絶対話してね」

「うん約束する」

 通話を切ってからも、しばらく野々宮との会話の余韻に浸っていた。ほんのちょっと話しただけで心が晴れ渡る感覚があった。

「どうやら関係なかったみたいだな」隣で話を聞いていたいっちゃんが言った。

「やっぱりあの埋められてた腕は捜索願が出された人とは別人だったってことかな」いっちゃんにスマホを返した。

「たぶんな。手がかりがなくなっちゃったな、どうしようか」

「いったん喫茶店に戻ろう。それと、ビーンたちに連絡を取ってみよう」


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