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かけがえのないもの  作者: 滝元和彦
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再会


 ウッドの行きつけの飲み屋はこじんまりとしていたが、清潔感があって、おしゃれな店だった。ウッドを先頭にして店に入るとカウンターから、

「いらっしゃいませ、あら森ちゃん久しぶり」と可愛らしい声がした。

「こんばんは、ママ」いっちゃんとビーンも顔見知りらしく気さくにあいさつする。

 ママは40代前半くらいの小柄で目鼻立ちが整っている美人で、着物を着てカウンターに立っていた。そのママが栗山に視線を向ける。

「こいつも中学時代の同級生で栗山っていうんだ」

 ウッドに紹介されてどぎまぎしながら、

「栗山です」と照れながら言うと、

たちばなです、よろしくね」と笑顔で迎え入れてくれた。

 ママが出してくれる料理はどれも家庭的な味付けで、長らくそういう料理に飢えている栗山には涙が出そうなくらい美味しかった。他の連中もどんどん酒がすすんでいる。一次会で近況報告的な話はさんざんしたので、話題はもっぱら過去の思い出話に移っていった。美人ママも料理を作りながら4人の話に聞き耳を立てている。

「音楽室のあれ覚えてる?」ビーンがにやけ顔をしながら訊く。

「音楽室でなんかあったっけ?」いっちゃんが記憶をたどる。

 栗山も遠い記憶を呼び戻そうと懸命になった。ビーンが言うことだから、なにか愉快なことだろう。

「なんだ、みんな覚えてないのか」ビーンはグラスに入っている日本酒を飲み干すと、

「音楽室って、偉い音楽家の肖像画が掛けられてんだろ」

 ビーンが肖像画というと、

「ああ、もしかして」

「お、ウッドは思い出したか。あれってベートーヴェンとかバッハとかだろ。その肖像画の1枚をオレのじいさんのやつにすり替えておいて、音楽の先生が気づくかどうかっていう賭けをしたじゃないか」

「ははは、そういわれて思い出した。たしかショパンのと替えたんだよな」いっちゃんも思い出したようだ。

「そんないたずらしてたのー」ママも楽しそうに聞いている。

「結果はどうだったんだっけ?」栗山が訊くと、

「先生には気づかれなかったけど、女子の1人が気づいちゃって騒ぎ出そうとしたから、その女子を買収したんだよ。アイドルのポスターをあげるから黙ってろって」

「そうだった、懐かしいなあ」

「みんな、あれ覚えてる?」いっちゃんが今までよりも低めのトーンで言った。

「オレたち4人で学校の裏山に秘密基地を作っただろ。秘密基地っていっても、おっきな木の上に段ボールとかベニヤ板で作ったもんだったけど。ちょうど今みたいなゴールデンウィークにそこに行って遊ぶ計画をしたんだ」

「そういえば、そんな基地作ったなあ」ウッドが懐かしむように言った。

 いっちゃんは話を続ける。

「基地までは獣道みたいなところを歩いていかなくちゃならないんだけど、そこを歩いてたら地面に人の手のようなものが埋まってたのを見つけただろ。あれを見つけたのって確かビーンだったよな」

「うん、オレは木の枝を持ってふざけながら歩いてたんだ。そしたら木の枝がなにかにひっかっかって、見てみたら人の手だった」

「ひぇー」ママが小さくうめき声を発する。

 栗山はこの話を聞くまで、こんなエピソードがあったことをすっかり忘れていた。しかし、いっちゃんやビーンの言葉を聞いていると、その時の状況が鮮やかによみがえってきた。腕らしきものはほとんど埋まっていて、手首から先だけが見えていた。その手がなにかを握っていることも思い出した。

「その手ってなんか握ってなかった?」栗山が訊くと、ウッドがすぐに、

「紙を握ってた。そしてその紙に暗号が書いてあったんだ。どういう暗号だったかは忘れたけど。マロン、おまえがその暗号を解いたんだよ。それで鳥居を捜したと思うけど」

 栗山は自分が暗号を解いたことは忘れていたが、みんなで町はずれにある鳥居に行ったのは思い出した。

「鳥居に行ったけど、結局何もなかったんだよね。そもそもあの暗号ってどういう意味があったんだっけ?」

 いっちゃんが、

「断定はできないけど、あの当時、地元のテレビ局でお宝探しみたいな番組をやってたじゃないか。お宝っていってもそんなに貴重なもんじゃなくて、家にある使わなくなったものとか、でも現金で何千万なんていうのもあったな」

 いっちゃんの話でまた栗山の記憶がよみがえった。地元のテレビ局が、お宝提供者を番組内で募ってそれを公開する。提供者は素人から有名人まで様々で、お宝が決まったら、それを町内のどこかに隠す。提供者はそのお宝の場所を示す暗号を考える。それをテレビで公開する。視聴者は暗号を解読してお宝の場所を特定する。暗号は1つとは限らず、2つ3つ解かなければならない時もある。誰かが暗号を解いてお宝を手に入れれば、次週からは別のお宝探しが始まる。

「鳥居に何もなかったってことはオレたちの探し方が間違ってたのか、それともマロンの解読が間違っていたのか」ウッドが独り言のように言うと、

「マロンが間違えるとは思えないから、誰かが先にみつけちゃったんだろう」いっちゃんが冷静な口調で言う。

 会話が一旦途切れた。めいめい過去の思い出にふけっているようだった。ママの包丁で食材を切る音だけが聞こえている。沈黙を破ったのはビーンの言葉だった。

「あの」ビーンはどこか言いにくそうな感じだ。

「どうしたビーン、なんか思い出したか?」いっちゃんが訊くと、

「じ、実は」

「なんだよ、ビーンらしくない」

 ビーンの生つばを飲みこむ音が聞こえた。

「オレあの時、あの手が握ってた紙をすり替えちまったんだ」

 ビーンの発言で、他のみんなの動きが止まった。ママの包丁の音もやんだ。数秒間は時間が止まったようだった。

「すり替えたってどういうことだよ」ウッドが詰め寄る。

「言葉の通りだよ。別の紙とすり替えたんだ」うつむきながら言った。

「なんでそんなことをしたんだ?」いっちゃんが訊く。

「申し訳ない」ビーンは深々と頭を下げた。

「おまえを責めてるわけじゃないよ、もう20年も前のことだしな。理由を聞きたいんだ」いっちゃんは優しさのこもった声で言う。

 ビーンは頭を上げると、

「オレには4つ上の兄がいるんだ。当時、兄は高校3年で大学受験を考えてたんだけど、オレの家は母子家庭で貧乏だったから、兄は大学進学をあきらめようか悩んでいたんだ。そんな兄を見てたから、なんとかしてやりたいと思ってた。そこに一千万円が手に入るかもしれないというテレビ番組が目にとまった。番組では、参加者の何人かは裏山を探しているという。あの埋まってた腕が握っていた暗号はその一千万円の暗号だと思って、別のものとすり替えたんだ」

「じゃあ、オレたちが見たのは、おまえが考えた暗号だったっていうのか」いっちゃんが訊くと、

「そうだよ。オレも細かいことは忘れちゃったけど、鳥居を探すようにという暗号はオレが作ったんだ」

 栗山が疑問を口にする。ビーンがあの腕を見つけた時、オレたちはすぐにそこに駆けつけたよね。それなのに紙をすり替える時間なんてあったの?」

「オレは前日にあそこを歩いていて、あの腕と紙を見つけてたんだ」

「それでお宝はみつかったの?ビーンさん」ママは今ではすっかり話に聞き入っている。

「それが暗号が解けなくて、みつけられなかったんですよ」

「そうなの、じゃあ一千万円は誰か別の人が手に入れたのかしら」

「よくわからないんです。あの番組はまもなく終了しちゃいましたから」

「オレの記憶だと、誰も一千万円を手に入れたっていう話は聞かなかったような気がする」いっちゃんが言うと、

「そうすると、まだどこかに眠ってる可能性があるってわけか。ビーン、それはどんな暗号だったか覚えてるか?」ウッドが声を弾ませる。

「ごめん、全然覚えてないんだ。その紙もどっかいっちゃったし」

「ちょっとでもいいから、なにか思い出せないか」

「うーん、なんか数字がいくつか書いてあったのは今思い出したけど、具体的にどういう数字だったかはわからないな」

「何桁の数字だったの?」栗山が訊く。

「二桁くらいの数字が十何個書いてあった気がする」

「他になんか特徴あった?」

「忘れちゃったよ」

 いっちゃんはグラスに残っている酒を一気に飲み干した。それから立ち上がった。

「よし、ゴールデンウィークの残りで、その暗号を見つけてお宝ゲットしようぜ。ビーン、ウッド大丈夫だろ、マロンもやるよな」

「う、うん」栗山はどうせ失業中だからいいかと思った。

 いっちゃんはビーンの方を向いた。

「ビーン、紙をすり替えたって話は本当なんだろうな」

「それは本当だよ」

 ウッドが冷静な口調で、

「ちょっと待てよ。ビーンが拾った紙が一千万円の場所を示す暗号とは限らないじゃないか。ビーンを疑うわけじゃないけど、全く別のものっていう可能性はあるぞ」

「一千万円の暗号の可能性もある」と、いっちゃん。

「やるか、どうせゴールデンウィークなんて暇だからな」

「よし、これで決まりだ。明日から活動開始だ」


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