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かけがえのないもの  作者: 滝元和彦
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帰郷


 栗山圭は複雑な心境だった。会社を退職したので、嫌な職場に二度と行かなくてよいという解放された気分と、また職探しをしなければならないという面倒くさい気分。まあ、とりあえず数日はゆっくりしようと思った。今まで営業の仕事をしていた時は朝から晩まで働き通しで慢性的な疲労状態だった。成績を上げなければならないというプレッシャーや会社の人間関係で、肉体的にも精神的にも限界だった。はなから自分には営業は向いてないと思っていたが、何度も転職を繰り返しているうちに選択の幅がなくなっていった。次は何をしようか。

 そんなことを考えながらワンルームのアパートに帰ってきた。鍵を開けて中に入る。部屋は散らかっていて、ものがあちこちに乱雑に置いてある。小さな丸テーブルの上は空き缶やコンビニ弁当のゴミでいっぱいだった。そこに買ってきた弁当を置く。万年床の上で着替えをして食事をすることにした。

 食事を終えてタバコを吸って一服していると気分が沈んできた。次は何の仕事をしようか。どうせ、ろくな仕事にありつけない。テーブルの先にある本棚に視線を向ける。マンガや小説が並んでいる。それらの中に単行本サイズの本が端に並んでいた。タイトルは『自殺マニュアル』。精神的に病んだ時、手にとっては読んでいた。今もその本に手が伸びかける。栗山はひとつため息をついてから、シャワーでも浴びてこようと思い、浴室へ向かう。

 何気なく玄関ドアのポストを見ると、郵便物がいくつか入っていた。それらをまとめて取り出す。公共料金の支払い請求書、不動産や宅配寿司のチラシ。その下に白い封筒があった。封筒が届くなんて珍しい。誰からだろう。怪しげな宗教団体の勧誘かなと思い、差出人を確認する。そこに書かれてあったのは予想外の名前だった。北島一生。名前を見た瞬間は誰だろうと思ったが、すぐに思い出した。中学時代の同級生で親友だった。北島一生という名前を見ているだけで当時の懐かしい記憶がよみがえってくる。中学卒業から20年以上経つ。彼らとは成人式で会ったきりだった。みんな元気でいるかな。栗山はシャワーを浴びるのを後回しにして封筒を開けてみた。同窓会の案内だった。しかも日付が明後日に迫っていた。だいぶ前に投函されていたらしい。

 明後日か。どうしようか。同級生には会いたかった。と同時にあまり会いたくないという気持ちもあった。会えばいろいろ聞かれるだろう。仕事は何をしてるの?結婚してるの?子供は何人いるの?栗山は高校までは前途有望な青年だった。県内の進学校から都心の大学にいった。人生が狂いだしたのは大学を中退してからだった。それからは人生の底辺をさまよいながら今に至っている。それを聞かれたくなかった。明日いっぱい考えてから結論を出そう。封筒をテーブルに置いて浴室に入っていった。

 それから2日後の午後2時、栗山は彼の地元であるF市の駅前に立っていた。同窓会に参加しようと思ったのは何か決め手があったわけではなかった。きのうはほとんどの時間を『自殺マニュアル』を見て過ごした。栗山自身、自分がどうしてここにいるのか不思議だった。体がかってに動いたような感覚だった。

「マロン」

 問いかけるような声が横の方から聞こえた。栗山はその声が自分に向かって発せられているとは思わず、その場に立っていたが、再び、

「マロンだろ」と呼びかけるので声のする方を向くと、グレーの背広を着た中年の男が近づいて来るところだった。その顔には中学時代の面影があった。垂れ目でネコのような口もと。学生のころはがりがりに痩せていたが、今は中年太りしている。北島一生きたじまいっせい、通称いっちゃん。

「いっちゃん?」探るように聞く。

「やっぱりマロンだな、久しぶり」

 北島一生は仲良しグループのリーダー的な存在で、中学時代には生徒会長を務めていた。

「マロンってすぐにわかったよ。中学から顔変わってないな」

「いっちゃんも変わってないよ」

「オレはすっかりおっさんだよ、頭だってこの通り」薄くなっている頭部をなでる。

「みんなもう集まってるの?」

「ほとんど来てる。車はあそこ」

 2人は駅前ロータリーに停めてある軽乗用車に乗りこんだ。車は駅前を離れ、10分ほど走ったところにある居酒屋の駐車場に入っていった。車を停め、店に向かって歩いていくと、店の入り口の喫煙所でタバコを吸っている2人の男性がいた。栗山が近づくと、

「お、やっと来たかマロン」とそのうちの1人が手を振ってきた。

 栗山は目をこらして相手を見たが、誰だかわからなかった。

「ええと…」

「ははは、20年ぶりの再会だな。マイネームイズユウエンドウ。プリーズコールミー、ビーン」

「ビーン!」栗山は思わず叫んでしまった。遠藤雄、通称ビーン。人を笑わせることが大好きで、将来の夢はお笑い芸人になることだった。グループのムードメーカー。栗山と自宅も近く、最も親しく遊んでいた。

「これで全員そろったんじゃないか」ビーンの隣りにいる男性がそう言ってタバコの吸い殻を捨てた。栗山はひと目で誰かわかった。森山歩もりやまあゆむ、通称ウッド。中学の時から早熟で身長が高くイケメンで、クラス中の女子に人気があった。そのイケメンぶりは20年経っても健在で、男の栗山でも見とれてしまいそうになる。

「じゃあそろそろ入ろうぜ」いっちゃんを先頭に仲良し4人組が店に入る。

 入口には、R中学同窓会貸切と貼紙がしてあった。いっちゃんは店内奥にあるお座敷に向かって歩いていく。ふすまを開けると、すでに40人近い同窓生が集まっていた。男女は半々くらい。卒業生は百数十人いたはずだから、だいぶ少ないなと栗山は思った。出席者をざっと眺めて、つい野々宮美南を探してしまった。栗山の初恋の女性。目が印象的で、流し目というか色っぽいというか、初めて会った時、その目を見て一目惚れしてしまった。今でも当時の面影は残ってるんだろうか。

「野々宮のこと探してんだろ。彼女ならあそこ」ビーンに図星をさされて栗山はドキッとする。ビーンは話に夢中になっている女性5人組を指さす。

「あの一番右端」

 そこへ目を向けると、栗山たちの視線を感じたのか、右端の女性が振り返った。野々宮だ。20年という月日でおばさんになっているが、あの流し目は変わっていない。野々宮は栗山たちに向かって微笑んだ。

 栗山の足は無意識に野々宮たちの方に向かっていった。

「マロンが20年ぶりにお帰りだ」ビーンが女性陣に向かっておどけた調子で言う。

「やっぱり栗山くんだったんだ。顔、中学の時のまんまじゃん」近くで野々宮の顔を見ると、またあの時のトキメキがよみがえってくる。

「お久しぶりです」緊張からか、なぜか敬語になってしまう。

「今どこに住んでるの?」

「S県A市ってとこ」

「あ、そこ知ってる、おっきな遊園地あるとこだよね」

 野々宮の隣りにいる美人な女性が話しかけてきた。

「栗山くん、たまには地元に帰ってきなよ」

「そ、そうだね、ええと…」栗山は記憶をフル回転でたどっていった。目の前のこの美人は誰だろう。古賀レイかな、それとも古谷えみり?

「あ、わたし国分結美。20年ぶりだからわかんなかったかな」

 栗山は心の中で『マジか』と叫んだ。栗山の国分のイメージは、分厚いメガネをかけていつも1人で本を読んでいる地味な子。あの国分がこんなに綺麗になってる。もともと美人な子だったのか、それとも…。栗山がそんなことを考えていると、またしてもビーンが、

「マロン、国分が美人になってるって思ってんだろ。国分は中学の時は地味だったけど、高校に行ってから変わったんだ。そして今はオレの嫁だし」

「ビーンと国分、結婚したの?」

「おまえ以外、みんな知ってるよ」

「栗山くん、今、仕事何してるの?」国分が何気なくたずねる。

 早速きた。一番聞かれたくない質問。無職だなんて言いたくないから、返事を考えておいた。

「最近、会社を立ち上げたんだ」

「すごいじゃない、どういう会社なの?」

「海外の古着を買い取って、ネットで…」

 背後から、

「じゃあ、みんな集まったみたいだから、そろそろ始めよう」いっちゃんの声がした。そのかけ声で一同は座席についた。

 同窓会は実に和気あいあいとした飲み会になった。栗山以外の参加者は普段から交流があるらしく、地元のことや子供の成長などの話がメインで、会話に入っていけないことも多かったが、それでもみんな20年ぶりに会う栗山をあたたかく迎えてくれた。栗山は自分のことを忘れないでいてくれたことを嬉しく思い、時おり涙ぐみそうになった。

 そしてあっという間に3時間が過ぎた。同窓会はお開きになったが、それぞれグループをつくって二次会に行く準備をしている。栗山たちの4人組もどうしようか話し合っている。

「じゃあ、オレの行きつけの飲み屋でいいんじゃないか」ウッドが提案すると、

「そうだな、あそこは落ち着いてて雰囲気もいいし、かわいいママもいるしな」ビーンが同意する。

「よし、そこに行こう。マロンもまだ大丈夫だろ」いっちゃんが気遣う。

「ちょっとなら」

 4人は車に乗りこんだ。


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