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王の鈴(旧)  作者: うず
断章 思惑
42/61

38

ヴィリーの言葉に、少しだけと胸の内で言い訳をしながらうなずいたジークヴァルトはシェイラの私室へと向かった。

もちろん年頃の令嬢の部屋だ。屋敷の執事と侍女頭には許可を取ったし、部屋のドアは開かれている。廊下ではシェイラ付きの侍女であるマリーが控えているが、なるべく見ないようにしているのだろう、ちょうどお互いが見えない場所で立っているようだった。

シィエラと会うのは昨日の夜以来だから、まだ半日しかたっていない。

シレジアにいたことを思えばほんの少しの時間だというより、実際よりもずっと長く会っていないような気さえした。

たった半日。

それなのにまた、離れてしまったような気がする。

「シィエラ」

シェイラは眠っていた。

ヴィリーも言っていた通り発熱しているようで、呼吸が荒い。

身体が辛いのだろう、目を閉じたまま顔をしかめている。

ジークヴァルトはそっと手をのばす。

おそるおそる、まるで壊れ物に触れるかものようにそっと、額へと指を落とす。額の熱さに我事のように眉を寄せ、触れれば少しでも痛みを請負えはしないだろうかと真剣に考える。

この熱は、彼女がこの5年間背負って来た痛みなのだろう。

自分が国境の最前線で過ごしたあの時間、彼女と交わることをまったく許されなかった時間の長さを思い出す。

とても長かったと思う。

これ以上は耐えられないと思う。

自分の胸に内に、まったく変わらない彼女への感情を見つける。

やはり彼女が好きだと思う。

「シェイラ…」

眉間の皺に指を沿わせ、少しでも痛みが遠のくようにと願う。



「でん…か…」

起きた時には覚えていないかもしれない。

けれど、撫で続けていたジークヴァルトの指先に穏やかな表情を浮かべたシェイラの睫毛が不意にふるえる。

重力に逆らうように少し開かれた双眸は碧。

取り戻したばかりの両の碧がぼんやりとジークヴァルトを見る。

「ジーク…さま…」

ジークヴァルトは指の動きを止めた。

うるんだ瞳がまぶしそうにジークヴァルトを見上げ、唇がほころぶ。

「お会いしたかった」

もしかしたら夢を見ているのかもしれない。

意識があれば、このような言葉を発しはしなかっただろう。おそらく、ジークヴァルト以上に自身らの立ち位置をよく理解し、自制をしただろう。そんなシェイラが発する声だからこそ、胸を打つ。

彼女も願ってはくれないだろうか。

ジークヴァルトは感情を抑えきれず、彼女の左の手を取り上げ、唇を落とそうとする。

その時、細い腕に巻きつけられた、よく知る革紐を見つける。

「私も貴方に会いたかった、とても会いたかったんだ」

彼女の左腕に頬を寄せる。

彼女の手のひらの内に、自らの守り石を見つけ、泣きそうだ、と思った。



結局、ジークヴァルトがシェイラの部屋にいられたのは15分くらいで、名残惜しいと思ったものの、明日は花を持ってこようとなんとか納得をし、廊下へと出る。

屋敷の中央階段を降りると、そこにマティアス侯爵夫人、テレーゼが待っていた。

「殿下」

優雅にドレスの裾を取り上げた彼女は、足を曲げ、背をまったく揺らすこともなくカテーシーをする。

カテリーナの友人でもあるテレーゼがこういう、格式ばった礼儀を通してくることは、万人の前でしかない。ジークヴァルトがそれを嫌っているのだが、この日ばかりは違った。

「王太弟になられたとのこと、おめでとうございます」

ゆっくりと顔を上げ、唇が緩く弧を描く。

祝いの言葉は、責められているようにも聞こえた。テレーゼの背後にひっそりと控えていたヴィリーが困った表情を浮かべている。

「王太弟ともあろう方が共もつけずに来られたのですか」

「ここは王都だ、問題ない」

「そうは参りません」

いつにない強い口調が続き、早々に降参したジークヴァルトは、では帰りはヴィリーに頼もうと告げると、やはり困り果てていたマティアスの次男はほっとしたようにジークヴァルトの側へと移動してくる。

テレーゼはゆっくりと息を吐いた。

しばらく沈黙が続き、ジークヴァルトはそれを破る。

結局は、そういうことなのだろう。



「そなたも、反対か」

「はい」

「また、奪われよと?」

「殿下」



5年前、王命によって奪われた。

今度は、諦めよと諭される。

しばらく俯いていたテレーゼは顔を上げると、はっきりとした口調で応じる。

「娘は王となられる殿下の役には立ちません。貴族は、…ユーリエは認めないでしょう。我が実家、レノもまた、納得はしないはず」

そんな大きなマイナスを背負ってまで、選んではならないのだと彼女は言う。

「だが、私は」

「殿下」

そして続ける。

本当に、本当に、困っているという表情で。

私は娘の味方となるつもりですの、と。

言われ、ジークヴァルトは目を見張る。



「私、決めておりました。エルンスト殿下との婚約の白紙がかなったら、次はどんな相手であろうとも娘を尊重しようと」



殿下とのことは、それは反対はしますわ。決して楽な道ではありませんもの。

ですが、それでも望むなら、私はあの子の味方となるつもりです。



そう言って、テレーゼはふふと笑った。

楽しそうに、呆れるように。

「テレーゼ?」

「夫も多分、同じ考えですわ。宰相閣下は娘を自身の片腕にしたいようだけれど」

そして、ひどく優しい顔をする。

「殿下、娘を見舞ってくださってありがとうごさいます。おそらく、とても喜んでおりますわ」



ジークヴァルトはその翌日もマティアス邸を訪れ、短い時間だったらシェイラに付き添った。

が、さらに翌日、シェイラが目を覚ました日、彼がやってくることはなかった。

彼女は側のチェストに置かれていた、ジークヴァルトの守り石を握りしめたまましばらくぼんやりとしといた。その日、マティアス侯爵家を含め、年頃の高位貴族令嬢のもとに、王太后主催のお茶会の招待状が届く。

ジークヴァルトの婚約者探しの場だった。そして、夜。

この日マティアス邸を訪れなかったジークヴァルトが、実は向かおうとしていて、途中ならず者に囲まれ引き返したのだと知らされた。

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