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それは12年、もうすぐ13年ほど前になるか。
当時、ゲオルグ3世の正妃の座にあったカテリーナは、宰相フェルディナンドに1つ、頼み事をした。
『あなたの娘を、…王家にくださらないかしら』
『それは、どういうことでしょうか』
『あの子が生まれた時にはありえないと思っていたのだけれど、あなたももしやと思ったことはあるでしょう?』
『もしや、ですか』
『えぇ』
『『アーデルベルト殿下に王位に回るかもしれない』』
殿下では、残念ながらよほどの幸運がない限りこの国を統べるのは難しい、ということでしょうか。
フェルディナンドは特段驚く表情をすることなく、淡々と切り返す。
リッカが抱いた、もしやは、当然ながらマティアスも考えたことなのだろう。
ゲオルグ3世はもう長くはない。
そして、上の2人の王子には子はいない。
もし万が一のことがあれば、代が繰り下がるより前に、アーデルベルトとジークヴァルトの前に王位が転がり込んでくるかもしれない。確かに家柄だけ考えれば、アーデルベルトよりジークヴァルトの方が優先されるだろう。
が、もし、万万が一のことがあり、それが遠くない話であれば?
親子ほどの歳の差があるアーデルベルトにジークヴァルトは太刀打ちできないだろう。
アーデルベルトはいい王になるだろう。が、彼の低すぎる出自は貴族社会に波乱を巻き起こすだろう。その時、ジークヴァルトは望むと望むまいと矢面に立たされることになる。
リッカが不問としても、連なる貴族達のすべての行動を押さえきれるか分からない。例えリッカが抑えたとしても、ユーリエの動きが分からない。
アーデルベルトは異端の王子だ。
彼は、王にならない方がいい。
そう思い、ジークヴァルトの後ろ盾に由緒正しく、賢い娘を欲した。
カテリーナの王子の母としてだけではない言葉に対し、
その、抱いた懸念は半分あたり、半分外れた。
あまりに早く、その懸念は起こり、その時ジークヴァルトはまだ未成年で、さらに戦時だった。
戦争の英雄となったアーデルベルトは貴族社会の波乱など引き起せようはずのない強き王となり、即位した。
後継者争いはアーデルベルトの次の世代に繰り下がった。
元々ジークヴァルトを王にしたいわけではなかったリッカは、強き王の子であるエルンストに次代を渡すことに同意し、エルンストの地位を補強するため、マティアスが後ろ盾についた。
このままエルンストが王になればよかったのだ。
そう、エルンストがもう少し利口であれば王太子の地位を失うことはなく、おそらく、どこかで婚約者は入れ替わっていた。娘の気持ちがエルンストにまったくないことを知るフェルディナンドが何も手を打たないわけがなかったからだ。
が、その手は打たれなかった。
エルンストはあまりに愚かだった、王位を失うほどに愚かだった。
手を打たなかったのは彼が自滅すると、悟っていたからだ。
では、現状を前に彼はどういう選択をしているのだろう。
「ゲディング侯爵令嬢あたりでしょうか」
卒業パーティーの後、長時間の会議を終え、ほんの少し屋敷に戻った後、いつもと変わらぬ時間に王宮に出仕した宰相は、午後になって王太后宮に呼び出された。
王太弟となったジークヴァルトの婚約者に頭を悩ましてのことだ。
「リデル嬢とおっしゃったかしら。確かに年頃の未婚の令嬢の中では身分からしてもかなり釣り合いがとれているわ。婚約者だったグルード侯爵子息がエルンストの取り巻きだったのもあり、ちょうどよく空いたとも言えるけれど」
「ゲディング侯爵はユーリエ様のお気に入りの優秀な方ですし、よいと思いますが」
「ちょっと、フェルディナンド!」
「なんでしょう、王太后様」
あまりに淡々とした物言いにいらっとしたカテリーナの口調はつい、荒いものとなってしまう。それも仕方がない、急遽継妃となることになった彼女の妃教育、特に内政の講義はほとんどフェルディナンドが受け持ったのだ。彼が父であるリッカ公爵のお気に入りだったこともあり、人払いしている時はつい気安い話し方になってしまう。
「確かにリデル嬢は悪くはないわ、少なくともマルグリッドよりはずっとまし」
「では」
確かに、リデル=ゲディングは悪くはない。
ゲディング侯爵家はユーリエとも近く、リッカの出の王子の相手として、バランスが取れる。
今回、エルンストを失ったユーリエも溜飲が下がる選択だろう。
令嬢自身も、昨日、婚約を解消したばかりだ。
エルンスト付きだったノーウェンの婚約者だったというのがいただけないが、そんなことにこだわっていては相手の決まっていない令嬢はほとんどいない。ジークヴァルトが既に24であることを考えても、今年学術院を卒業したリデルは具合がいい。
確かにそうではあるの、だが。
「フェルディナンド、あなた」
「当家は、そもそも王妃を出したいとは思っていませんよ。エルンスト殿下の時は、リッカか当家くらいしかいなかっただけです。こんなくだらないことにソフィア嬢を費やさず本当によかった」
フェルディナンドはまったく表情を崩さない。
本当に、イライラする。
この男、娘を道具の1つくらいにしか思っていないのかしらと、つい疑いかけるが、長い付き合いである彼女はそれをぐっと押さえる。
「シェイラは、ジークのことが好きなはずよ。ジークだって」
「王太后様…」
そこまで言って、ようやくフェルディナンドは次の言葉にほんの少し迷う。
そんなこと、言われずとも分かっている。
昨日の卒業パーティーの会場でも見せつけられたではないか。
「臣下に降りられたのであれば、寧ろこちらからお願いしたところでしょうが」
昔から、不文律がある。
リッカの母から生まれた王の妃はユーリエから、ユーリエの母から生まれた王の妃はリッカから、レノの母から生まれた王の妃は多数派から。
とすれば、リッカ直系の令嬢の王子であるジークヴァルトの妃はユーリエ派から出るのが順当である。マティアスは特に派閥に興味のある家ではないが、フェルディナンドを若くして宰相にひっぱりあげたのがギュンターであり、とかく2人はウマが合うのだ。
否定したところで、貴族の大部分はマティアスはリッカ側と思っているだろう。
さらにシェイラはエルンストの婚約者でもあった。妃教育の大半を終えているという点では他の令嬢より相当優位ではあるのだが、エルンストを失ったユーリエが、よりにもよって今回の廃嫡の関係者であるシェイラをジークヴァルトの妃と認めるはずもないだろう。
強行すれば、間違いなく荒れる。
例え、今回の婚約破棄で経歴に傷をつけられ、次の相手探しに難航しようとも、そんな場所に自ら娘を放り込みたい親はいないだろう。
そして、今回は必然ですらない。
12年前、婚約を決めた時、ジークヴァルトの地位が危うくなる可能性があった。有事となることがあらばと差出しはしたが、半信半疑で、公爵夫人となってくれればよいと考えていた。
シェイラはマティアスの3人の子供の中でも特に優秀なのだ。王家に押し込むなど、もったいないではないか。
「王家に入っては、私の手足には使えなくなるでしょう」
かつて婚約を決めた時からそうだ、この男は娘を宰相府に出仕することを望んでいた。
確かに、王妃を役人にすることは出来ないだろう。
カテリーナは思わず肩を竦め、相変わらずねと呆れたように見れば、フェルディナンドは苦笑する。
もちろんです、そう言って、楽しそうに肩を揺らした。




