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王の鈴(旧)  作者: うず
2章 5年前
11/61

10

隠されたヴィリーの右目が露わになった後、しばらくジークヴァルトは言葉を失った。

湖畔の色のような碧。緑に青を溶け込ませたような深い色彩の瞳をヴィリーは持っていた。

侯爵家の色なのだろう。

シェイラも同じ色彩だ。改めて見るとシェイラの方がより青みががっているようなのだが、マティアス侯爵家の色だ。

瞳の色に合わせ、侯爵家の者は守り石としてエメラルドを持つ者が多い。その通り、ヴィリーの右耳にはエメラルドの耳飾りがあるのだが、隣にある右の瞳の色彩はジークヴァルトが知っていたものと異なっていた。

揶揄するかのようにヴィリーの右目のアンバーは細められ、腕がちりりと鳴る。

そういえば殿下とヴィリーは口を開いた。

妹から預かり物をしているんですよ、と。



ヴィリー兄様、お願いがあるの。

シェイラがヴィリーの部屋を訪れたのは、彼がシレジアに出発をする前夜のことだった。

「シェイラ、お前」

「大丈夫」

ヴィリーに促され椅子に座ったシェイラは淡く微笑む。

明るい笑顔がかわいいヴィリー自慢の妹の疲れたような笑みは、ひどく彼女を大人びて見せる。

3週間前に行われたという、円卓会議が始まりだった。

大人達の思惑によりいきなり婚約者を取り替えられたうえに、王太子妃候補として多くの者のやっかみや諂いに晒され、さらにはその新婚約者との仲は最悪ときたものだ。

気持ち悪いと言われたわ。

王宮で初めてエルンストと対面した日、そう告げたシェイラは諦めたような顔を浮かべた。

この見た目じゃ仕方がないという諦めと、自分だって望んだわけではないという反論と、それでも従わなければならないという忠誠心は、彼女から一気に少女らしさを奪ってしまったようだった。

初対面からずっとエルンストとの関係は改善していなかった。彼自身がシェイラを気に入らないのは自由だ。が、王が決めた婚約者に

対して最低限の礼儀を守ってもらわなければ困る。嫌だとわめいたところで無駄なことだし、それで婚約が解消できるのならばシェイラの方がとっくの昔にしている。さらに問題はエルンストだけではない。彼の母である王妃マルグリッドもだ。子爵家出身の王妃は高位貴族家の義娘候補が気に入らないらしい。陰気臭い娘だったか。彼女が女官にした陰口はシェイラにも聞こえるような大きさのものだった。

そんな鬱々とした日々と身体の不調の前に、シェイラは一気に10は歳を取ったようにも見えた。

こんな状態の妹を置いて王都から離れるのが不安だったが、ヴィリーにも命じられた役目がある。元気を出せと肩を抱いてやると、おずおずと腕をのばしたシェイラは縋るように兄に抱きついた。

そして、告げたのが「お願い」だった。



「私に、預かり物?」

「えぇ」

ヴィリーは困ったように笑みを作りながら、胸にしまっていた小さな巾着型の袋を渡す。生地は柔らかで厚い、宝石を保存するのに使うものだ。

受け取ったジークヴァルトは、しばらくして小さく声を上げた。続いてひどく傷ついたような表情をし、生地の中の石の感触も気にせず握りしめる。

「殿下」

「しばらく1人にしてくれないか」

温度のない声でそう呟いた後、ジークヴァルトは自身の身の回りのことを頼んでいた兵士の名を呼んだ。部屋の前で控えていたのだろう、ジークヴァルトとそう年の変わらないだろう男に砦内を案内してやってくれと頼み、ヴィリーを追い出した。

袋を受け取ったジークヴァルトが何に気づいたかを知ったヴィリーもまた、特に反論もすることなく、兵士に従った。

ヴィリーもまた、ジークヴァルトと同様の想像をした。

エルンストの婚約者になったのだ。ジークヴァルトが渡したという守り石を返したと思って当然だろう。

中に入っているのはそれに違いないと思ったジークヴァルトは袋の中を開けようとはせず、けれど、袋のまま軍服の内ポケットの中にしまい込み、放り出すこともできなかった。



エルンストが立太子しその婚約者として有力貴族の一でリッカ公爵家に近いマティアス侯爵家の令嬢が立ったこと、そして対抗馬であったジークヴァルトがシレジアに落ちたことで、国内は一定の安定が得られた。

アーデルベルトはまだ若く、あと20年は王位に在ることも可能である。

エルンストはまだ成人してない中、強い王者の子が次代であることは民衆の圧倒的な支持により後押しされた。

しかしながら、貴族社会はそうではなかった。

円卓の結果を漏らす者はいない。が、言葉の端々を読むことに長けた貴族達は、この国の実力者達が何事もなくエルンストを選んだわけではなく、それはマティアス侯爵令嬢が婚約者となっていることからも深読みさせた。

あのフェルディナンド=マティアスである。

巷では、宰相が次期王妃の地位に目がくらんだとか、権力欲を隠さなくなったなどと揶揄され、エルンストと年の合う令嬢を持つ貴族の間では特にそう決めつけられたものだが、侯爵夫妻は完全に口を閉ざした。カテリーナの実家であるリッカ公爵家も同様の反応で、思惑は隠れた場所で錯綜していた。

翌年、13になったシェイラは学術院に通うようになった。

エルンストの入学に1年遅れてのことだった。

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