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王の鈴(旧)  作者: うず
1章 12年前
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01

4月、春爛漫だった。

長い冬を終え、呼び起こされるように次から次へと花が咲く、この国で最も美しい季節、先月5歳の誕生日を迎えたばかりのシェイラは母のテレーゼに連れられ、初めて王宮へと足を踏み入れた。

テレーゼが彼女の夫であるマティアス侯爵に頼まれ、現国王ゲオルグ三世の継妃カテリーナの元を訪れることになったためなのだが、大人達の思惑などまだ理解できようはずもない少女は、母とカテリーナの会話など少しも理解できるはずもなく、出されたケーキを食べ終わるとほぼ同時に椅子から飛び降りた。

「まぁ、シェイラ」

貴族の令嬢らしからぬ振る舞いにテレーゼが眉を潜めるが、子供なんてそんなものだわとカテリーナは微笑む。

王妃様に失礼なことのないようにと昨夜、散々諭されたのだが、柔らかな笑みを向けれれたことにほっとし、お願いをする。

「王妃さま、庭をお散歩してもいいですか」

ケーキを食べている間中、視界に入っていた色とりどりの花が気になっていたのだ。

「シェイ、」

「構わないわ」

テレーゼが少し強い口調で名を呼ぶのを遮るように、カテリーナは笑みを崩さないまま承諾する。

彼女の母との話はもう少し続きそうだし、その間5歳の子供をずっと椅子に座らせておくのもかわいそうだと思ったのだ。

「ですが」

「私の宮の内ならば問題ありません」

テレーゼに告げた後、私達に見える場所にいてちょうだねと諭すと、シェイラは屋敷で教えられた礼をする。自分でもうまくできたと思える礼ににこりとすると同時に、庭へと出る。

言葉通り、彼女の宮殿内で何か起こることはないと思われたが、念のため女官に気配りするよう呼び鈴を鳴らす。

「あら」

が、それはすぐさまいらぬ気配りだったと気づくことになる。

この宮殿のもう1人?の主人、国王の愛犬であるリューネがどこかからのっそりと現れ、シェイラにまとわりついている。

リューネが見ていてくれるなら安心ね、そう呟くと、カテリーナは改めてテレーゼを向き直る。

「ではお受けくださるのね」

「カテリーナ様」

テレーゼは、姉のように慕ってきた10歳年上の王妃の名を一度呼び、姿勢を正す。

「いいえ、王妃様。王妃様の思し召し、我が夫フェルディナンド以下、当家にはまこと喜ばしい話だと思っておりますわ」

テレーゼはゆるりとそつのない笑みを唇に刻んだ。



ティトゥーリアというこの国は別名「青の国」と言われる。

この地域の部族集団を従え国を興した初代国王ヴィルヘルム一世が青とも藍とも言える瞳を持っていたというのがその由来だが、王宮にもその色彩は多く使われている。

深い青は落ち着きをもたらすが、寒々しい印象もあり、庭へと出たシェイラは大きく息を吐いた。

寒かったというわけではないが、あぁ、緊張していたのかもしれない。

差し込む暖かな日差しと、庭を飾る明るい色彩の花々に目を細め、ついつい足取りも軽くなる。

「え?」

そんなシェイラの足が止めるように、大きなベージュのかたまりがのそりと後を追ってくる。

「あ」

少女の表情に今までにない、笑みがこぼれる。

追いかけてきたのは彼女よりも大きな犬だった。幼い子ならば何よりもその大きさに驚いてしまうのだが、彼女は特に怯えることもなく、そっと触れる。

とても、やさしい目をしていたのだ。

「あなたがリューネ?」

国王の愛犬の名がリューネということをシェイラは兄から聞いたことがあった。

だから、きっとその犬だと思い切って名を呼んでみると、正解とばかりにすり寄ってくる。

「リューネ、王妃さまの庭を案内してくれるかしら」

よい考えだと手を叩いたシェイラは、リューネとともに歩き出す。

彼の後を追っていったところにとりわけ花々に囲まれた場所を見つけ、歓声をあげた。



カテリーナが生んだ唯一の息子、現国王の第4王子にあたるジークヴァルトはこの時12歳だった。

王妃の子とはいえ、カテリーナは前王妃の亡き後の継妃であり、上の3人のうちの2人は隣国セドナの王女だった前王妃の生んだ王子である。更には、上の2人とは15歳以上、一番年の近い第3王子とも10歳以上年が離れており、王位が自身の手中に迷い込んでくることなどまずあり得ない、気楽な立場に在った。

そのジークヴァルトに、あなたの婚約者にと考えている娘がいるのと、カテリーナが言ってきたのが3日前。

将来王宮を出、新たな公爵家を立てることになる身は、同年代の令嬢にとってそれなりに優良物件であると認識はあったが、母の口から出てきたのがマティアス侯爵の一人娘だった時には本当に驚いたのだ。

現マティアス侯爵であるフェルディナンドは、この国の宰相の地位にある。更にはその夫人のテレーゼがレノ公爵家の出身。国内でも指折りの大貴族の令嬢が王位につく予定もない第4王子の婚約者となることなどまずあり得ないことだった。

実際ところ、王太子である第一王子夫妻にはまだ子供がおらず、その次の代の王妃候補になるには年齢的にずれてしまったというのもあるのだが、そこに目をつけたカテリーナがマティアス侯爵に話を持ちかけたということだった。

確かに家柄というより優秀な人材を輩出することで今の地位を築いてきた侯爵家の令嬢であれば、新公爵家の管理にも手腕を発揮してくれるかもしれない。しかしながら、現在未婚の王女がいない王家にあって、上位貴族の令嬢は他国への政略結婚の具として欲されることもあり得る。

まだ、5歳というその令嬢の婚約相手を今決めることが果たして最良なのか。

まだ12歳のジークヴァルトでさえ抱く気がかりを大人達が考えていないはずがない。

婚約者となったところで、何かあれば取り上げられることになるかもしれない。

そんなことさえ想像したジークヴァルトは、いずれにせよ所詮は政略による婚約に過ぎないだろうと、わずかながらその令嬢に哀れみを抱きこそすれ、興味が湧くことはなかった。

そんなことよりも、翌日の剣の稽古の方がずっと重要事だった。

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