第5話 姉さんとの稽古Ⅲ
近距離戦の狭い視野から、遠距離の広い視野に変えることはできないだろ!
コントロールはバッチリだ。
もしもの時のために、俺は隠しナイフを服の袖から出そうと、視線を袖に移す。
一瞬で隠しナイフを取り出して、自信気に視線を元に戻したその時だった。
・・・・居ない!?
本来は、そこに居るはずの姉さんの姿がない。
俺がナイフを取り出したあの一瞬でどこに移動したんだ!?
まさか!
「後ろか!!」
取り出したナイフを後ろに振る。
「そんなに私の視野は狭くないわよ」
振った腕を誰かにガシッっと掴まれる。
ナイフの鋭い鋭角が眼下に見える。
ちょうど部屋の光が反射して、きれいな光沢を見せる。
あ・・・・・・終わった。
「ギブギブ。こんなん無理じゃん」
両手を上げて降参する。
完敗だ。まあ、いつもと同じだけどさあ。やっぱり悔しいな。
「少し油断したでしょ。それがアユの敗因よ」
俺は姉さんに、アユと呼ばれている。歩夢を略してアユだ。
決して魚の鮎ではない。馬鹿にしたら俺は怒るぞ、プンプン。
それに対して俺は、姉さんって呼んでいる。そのままでごめんなさい。
俺と姉さんは姉弟だが、ここに居るたくさんの先輩は、俺の先輩ってだけだ。うん、先輩は先輩だよな。
「けどさあ、あの距離をどうやって一瞬で詰めたの?」
この稽古の中で最も疑問に思っていることだ。俺が袖からナイフを取り出すために、視線を一瞬。そう、ただ一瞬だけ下にずらしただけだ。
その間にどうやって俺の後ろに回り込んでたんだ?
そのまま突っ込んでくるんなら分かるけど、後ろに回られてるってのは予想外すぎた。
「あれは、歩き方を工夫しただけだよ。1歩目は短く、2歩目は長く。こういう風に不規則に歩くと見ている方からしたら、どう見える?」
実際に姉さんがやって見せてくれる。
俺はそれを見ている内に、何か頭がくらくらしてきた。マジで頭痛い。
「・・・・・気持ち悪くなってきた」
「あっ、ごめんごめん。それで、結果を言ったらアユが距離を詰められていないと思っていても、実際私はしっかり距離を詰めてたってこと。どう、分かる?」
さすがは俺の姉さんだ。いつもいつも、新しいことを教えてくれる。
勉学は苦手な方だが、大体姉さんの言ってることは理解した。
「つまり、眼の錯覚を起こさせてた訳?」
「そうそう! これは、私が1週間で習得したテクニックだから、アユならすぐに習得できるはずだ。けど、1つ注意点!」
右手の人差し指を立てて、俺の方にグイッと寄ってくる。
「何?」
「ちゃんとマスターしてからじゃないと、相手に大きな隙を見せることになるから、そこは絶対に覚えててね!」
「了解しました! 由紀隊長!」
左手は腰に、右手はおでこに、足は閉じる。敬礼のポーズだ。
ここはコンクリートの部屋なので、足を閉じるときのバシッとしたきれいな音が、反響して静寂の雰囲気を醸し出す。
「それでは、これで朝の稽古を終了する。部屋の戻りたまえ」
「はい!」
姉弟の遊びのようなものだ。姉さんは優しいから、いつも乗ってくれる。
稽古部屋を出るときは、満面の笑みで「バイバイ!」と手を振って出た。
姉弟だからと言って、ずっと一緒に居られる訳ではない。姉さんは仕事が忙しいのだ。
俺はお昼の時間まで、自分の部屋で自主トレーニングをすることにした。
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