第四話
とある鬱蒼のした森の中にその女はあった
女の名前は無い 名付けるべき者も存在しなかった
しかし今は名がある 私の名前はアリス 突如現われた「父」に付けられた名前
私は父に名前の由来を尋ねた
「とても良い名前だと思ったから」
父は最初に見た時と同じようなニタついた笑顔でそう答えた
それから、父は私の家に居る
「吸収されるのを拒んだんだから、一緒に居るのは当たり前だろう?」
私の問いに父はそう答えた
あれから「それ」を拒んだ私 それから父は私の生活に入り込むようなった
しかし私の世界に介入してきた父が最初に口にしたのは、私の環境への不満だった
私の家は森を開拓して作った手製の小屋のような物
それ故、家具は最低限の物しか置いておらず家の中も狭かった
「まるで犬小屋みたいな家だなーー」
そう言って、父は私が手作りしたテーブルを撫でる
「ザラザラしてる卓だな、ヤスリくらいかけろ」
「それと服装 ボロボロじゃないか…」
眉をひそめ、父が訝しげな口調でそう呟く
「え、えっと……」 静かにうつむく私
今まで生活環境など無頓着だった私は、初めて他人にそんな事を言われて
何を言って良いか分からず、そのまま黙って下を向いた
その姿をマジマジと見つめる父
「髪も、ボサボサだな ろくに手入れしていないのだろう」
父は私の髪を手でほぐすと、その毛先を指でグリグリと撫で回した
所々にフケや埃が染み付いた私の髪からは、弄られた衝撃でボロボロとそのゴミが下に散乱する
それを見て、また顔を歪める父
私はその様子を上目遣いでチラチラと眺めていたが、父の一言でふと顔を上げる
「風呂に入ろう 風呂に」 「え……」
キョトンとした顔で父の顔を眺める私 それを省みる事無く父は続ける
「風呂桶はあるか? あと石鹸 薪も必要だなーー」
父は顎に手をやり、顔を傾けて明後日の方向を見ながらそう呟く
「良いか、お前は「邪龍」である私を拒絶したんだ」
「それなら、お前は人間にならなければいけない」
「お前が人間になるという事は、私も人間になると言う事」
父が笑う その笑顔はとても穏やかで優しそうに見えた
「共に人として生きてみよう お前がそれを望んだのだから」
父がまた私の髪をすく
チリやゴミの感触に混じって、父が私の髪を下へ下へと掻き分ける
そして最後まで汚物に濡れた私の髪をすいた後
油や虱、そしてよく分からない物がまとわり付いた手をズボンに拭いながら
「磨けば光るなんとやら、だ」
父がニヤリと笑う そして垂れ下がっていた私の手を引き
「磨かれた後のお前の姿を見せてやるよ」
そう言って笑う父の片方の手には、いつのまにか真新しいノコギリが握られていた
「さぁ、人間らしくクリエイティブな事をしよう」
「まずは、一緒に風呂桶作りだな」
「…………………」
めんどくさい
とてもそう言える雰囲気では無かった