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第三話 初めから今までずっとゼロだったんだ


『今日夜九時、パーティー募集掲示板の前に来てほしい。二人だけで話がしたい』


 段ボールだらけのボロアパートの一室、パーソナルカードで作成したボイスメールを河波琉璃に送った。


 今までありがとう。白崎丈瑠と幸せになれよと最後に直接言うつもりだった。


「……くっ。畜生……」


 気付いたら涙が勝手に溢れ出ていた。俺はとうとうあのパーティーを離れるんだ。どれだけの間俺はあの場所にいたんだろう……。


 人は悲しいことばかり覚えているというが、このときばかりは良い思い出も次々と浮かんできた。


 メールか電話で全部伝えようかとも思ったが、最後の言葉だけは直接伝えるべきだと考え直したんだ。あのとき俺を庇ってくれた河波琉璃にだけは、礼儀として伝えるべきだと。


 白崎丈瑠や水谷皇樹は俺のことを快く思ってないだろうし、琉璃を通じてお礼を伝えればいい。納得できないことも多かったが……俺たちはもういい大人だ。今までありがとうと、それを伝えるだけでいいんだ……。




 ◇◇◇




 夕食もシャワーも済ませた。あと10分ほどで琉璃との待ち合わせの時間だ。


 俺は自分に《加速》を掛けてアパートを飛び出し、駅前ダンジョンのすぐ近くにあるパーティー募集掲示板を目指して走り始めた。


 そこはダンジョンの探求者が待ち合わせのときによく使う目印のようなもので、パーソナルカードによってパーティーメンバーの募集要項、伝言等を読み書きすることもできる。


 ボロアパートからそこまで5キロくらいあるが、俺の《加速》の錬成度は最高のSに次ぐAランクだから大体5分ほどで着く。


「……あ……」


 しばらくして待ち合わせの場所に待っている琉璃の姿が見えてきてスピードを落とす。パーティー募集掲示板の前で街灯に照らされた彼女は、まるでスポットライトを浴びているかのように一層美しく感じた。もう二度と仲間として会えなくなるからってのもあるんだろうけどな……。


「……?」


 あれ、丈瑠が琉璃の側にいる。なんであいつが……。しかも腕を組んだ状態で見つめ合っている。わかっていることではあったが実際に見るときついな。でも、幸せになれよと直接二人に言えるわけだしこれでいいのか。


 そうだ、からかうわけじゃないが、最後に二人を驚かせてやるか。急に近くから俺が出てきたらびっくりするだろうな……。というわけで、二人に気付かれないように隅のほうからこっそり駅に入って後方に回り込んでやった。ちょうど掲示板を挟む形だ。


「……丈瑠、そろそろ隠れてよ。もうあいつ来ちゃう~」


 ん、あいつって俺のことだよな。なんか、俺の知ってるいつもの琉璃じゃないような……。


「でも心配でよ」


「何がぁ?」


「真壁って拒否られたらストーカーになりそうだからな」


「もー、怖いこと言わないでよー」


 拒否……? なんのことだ。まさか、俺が愛の告白でもするために琉璃を呼び出したと思っているのか……?


「琉璃も悪いんだぞ。あれに懐かれるようなことを言うから」


「だって、あまりにも可哀想でしょ。あんなのでも一応生きてるんだし」


「んだな。あれでも一応生き物だからな」


「あはは!」


 あんなの……? あれ……? なんだよ。俺ってなんなんだよ……。


「まあ安心しろ。断ってるのにしつこく迫って来たら俺がボコボコにしてやる。あれってひ弱だしすぐ死ぬかもな」


「うん! ってか、あんなの別に死んじゃってもいいけどね。さすがに本人の前じゃ言えないけど、虫けらみたいなもんでしょ!」


「ははっ、言えてら。それなら、そのうち事故に見せかけて殺してやるか? 逃げる振りして溜まったモンスターをやつに押し付けるとかさ。水谷も支援役は可愛い女の子がいいから、いつか真壁を追い出したいって言ってたし」


「女の子の仲間かあ……琉璃も欲しい! でも、浮気しちゃダメだからね!」


「しねーよ。俺は……琉璃一筋だから」


「うん……丈瑠だーいすき!」


「俺もだよ、琉璃」


「丈瑠……」


「……」


 俺の手は震えていた。


 これは単純に怒りとか悲しみから来るものじゃなかった。負の感情の中には虚無感も多く混じっていた。俺が今まで築いてきたと思っていたものは、全部なかった。初めから今までずっとゼロだったんだ……。


『急に具合が悪くなったから行けなくなった。本当に申し訳ない……』


 俺は僅かな迷惑料とともにボイスメールでこの内容を琉璃に送信して、その場から急いで姿を消した。とにかく逃げたかった。一秒でも早く辛いことから距離を置きたかったんだ……。

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