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キングウルフ

 山に入ってから1時間が経過した。それほど大きな山ではないにもかかわらず、狼一匹見当たらない。

「まさかこの山ではないのか?」

 いいや、それはあり得ない。ここに来るまでにすれ違った幾人かから、キングウルフについての情報を少し得られた。まずこの山で間違いはないだろう。とすると、もしかしたら山の裏手にいるのか寝ているのかもしれない。それでも、群れが完全に一個の集団として動いているとは到底思えない。見回り用の別動隊などがいてもおかしくないはずだ。


 さすがにそろそろ見つけないと、帰路の時間も含めて暗くなってしまう。王田は明りなど持ってきていない。いくら勇者で強くても自然の脅威には勝てないのだ。

「しかたない。あれを使うか」

 撲殺丸を肩に担ぎ、肺いっぱいに空気を吸う。王田がこの行動をとるとき、やることは一つだ。


「あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 声が振動という物理的な圧力を伴って、周囲を揺さぶった。


”スキル『咆哮』を獲得しました”


 残響が途切れないうちに、王田の視界に小さなステータス画面が現れた。スキルを獲得? 王田にしてみればただ獲物をおびき寄せるために咆えただけだ。それだけでスキルが手に入った。

「なるほど。何回か同じことやってりゃ、スキルが手に入るってわけか」

 そう解釈しておく。


 咆哮が轟き、おそらく山を一周したころ変化は起きた。現在いる山の中腹よりも上。その方向から、痺れるような威圧感が王田を襲った。

「来たか」

 この感覚は知っている。自分のように強い奴が放つ特有の殺気だ。

 王田は撲殺丸を構え腰を低くし、いつでも戦闘に入れるように周囲をうかがう。狼は群れで行動する生き物だ。人間よりよほど集団での戦い方が身についている。背後にも警戒しつつ、殺気を放つ主を待つ。

 そして、見えた。


 それは雪のような白銀と光沢を放つ灰色の毛を持った、全長7メートルはあろうかというまさに狼の王だった。低いうなり声を上げる口からとび出すほどの長い牙に、一本一本が剣のように鋭い爪。そして一睨みされただけで呼吸が止まりそうになるような殺気だった瞳。どれをとっても普通ではない。

 周りにいる取り巻きの狼がチワワにみえるほど、それは際立って異常だった。


「ほう。まさかこれほどとは……」

 さすがの王田も、異世界に来て初めて出会う真の魔物に身がすくむような思いがした。だが、それと同時に興奮もしていた。元の世界の人間の誰よりも強い。それが当たり前のように闊歩する世界。いい。いいぞ。力を存分に振るうだけの価値がある。王田の考えは誰よりも力を求める特有のものだった。


 王田はキングウルフをにらみ続けたまま殺気を放ち続ける。キングウルフも王田をそれなりの強者だと思ったのか、同じように殺気を放ち動かない。取り巻きの狼は二つの殺気を鋭敏に感じ取り、ここが強者同士の決闘だと本能で悟っていた。


 先に動いたのは王田だった。


「だああああああああああ!!」


 手に入れたばかりのスキル”咆哮”で叫びながら、ほかのスキルも使えるものすべてを稼働させ飛び掛かる。キングウルフはほんのわずかに怯んだが、それでも一瞬。迎え撃つように瞬足の動きで爪を立ててきた。


 王田はそれを撲殺丸で受け止めようとしたが、力で押し負け後ろ側へ吹っ飛ばされる。空中で無理矢理受け身の態勢を取り、何とか地面への直撃を避ける。直後、攻撃が当たり油断したキングウルフへ向けて全力の”敏捷”を使い、横っ腹に撲殺丸を叩きつける。


「だるぁああああ!!」


 本来は硬い毛皮だが、強化スキルを使うことによりダメージを与えられた。だがキングウルフも振られた軌道に合わせて身をかかがめて跳躍。撲殺丸が掠って肋骨にひびが入ったが、この程度の傷で怯むほど弱くない。


 すかさず追撃を仕掛ける王田だが、横薙の攻撃をキングウルフは大きく後ろへ跳ねて追撃をかわす。そのまま木を足場にして、こちらの番だと言わんばかりに牙を光らせ襲ってきた。あまりの衝撃に足場にした木が大きな音を立てて倒れる。


 王田も避けようとはせず、迎え撃つ姿勢を取った。撲殺丸を振りかぶり、二つの殺傷武器が交差する瞬間、王田の姿がかき消えた。

 素早く王田の姿を探すキングウルフだが、前足の着地と同時に後ろの左足に衝撃が走った。


『ギャンッ!』


 思わず鳴き声を上げる。それでも背後を確認せず、他の足だけで前方に跳躍する。空中で向きを変え、王田の姿を認めると、負傷した左足をかばうように体の右側を前に構える。


 今の攻撃は、相手の後ろに回り込むためのフェイントだったのだ。しかし、この一撃の為に王田はスキル”狂乱”を使ってしまった。”敏捷”だけでは敵の目にとらえられる可能性があったからだ。

 現在、狂乱状態の王田はすべての攻撃能力が上がる代わりに、致命傷になりうる攻撃以外を無視する危険な状態にある。”超回復”があるものの、腕を噛みつかれでもしたらちぎられることは間違いない。


「うぅぅう……」


 瞳が赤く染まり、低い唸り声を出す王田はまさに獣のようだった。それでも今までの戦闘の経験から最後の理性だけは手放さない。


 キングウルフも姿勢を低くし、王田に向かって飛び掛かった。同時に王田も最大速力で突進する。かたや牙、かたや釘バットでお互いを引き裂くため己が獲物を振りかぶる。


 王田は”物理衝撃”と”超回復”を信じて、キングウルフは自らの硬い毛皮を頼りに、両者防御を取らず攻撃をした。


「ぐらぁあああ!!」

『ガフゥウ!!」


 攻撃の雄叫びと獲物が食い込む痛みのうめきが両者の口から出る。お互いの獲物が左肩に食い込んだ。スキル持ちの王田の方が強かったのか、出血はキングウルフの方がひどい。

 しかし王田も左肩をやられたことで、回復までの間両手で振りかぶることができず攻撃力が落ちる。


 食い込ませた獲物を離し距離を取る。

 もはやお互いが肩で息をしている状態だ。怪我の具合はキングウルフの方が上だが、王田は”物理障壁”以外は生身である。

 一撃一撃が強い王田と、一発が致命傷のキングウルフ。

 これ以上の負傷はお互いにとって最悪だ。もはや決着のときである。


「うおおおおおおおおおおお!!!!」

『グガァァァアアアアアアア!!!!』


 最後の咆哮を上げ、一人と一匹が突撃をかける。王田は全身全霊の一撃を。キングウルフは獣の王たる渾身の一撃を。


 最後の一撃同士が交錯する。


 王田の撲殺丸が、キングウルフの頭に――。

 キングウルフの爪が、王田の胸に――。


 両者最後の攻撃をもって、森に静寂が訪れた。

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