初めの一歩
私は悩んでいる。
天界の女神である私、エルミラは今、とある世界の魔王討伐における勇者召喚の儀を任されている。ところが、これがどうにもうまくいかない。なぜか。そこには明白な理由があった。
素質がないのだ。勇者候補の資料を読んでも、勇者たる資質を持つ者がなかなかいないのだ。
勇者は基本的にその世界とは違う世界から転移させて送る。つまり、一応の知識は与えられるものの、まったく別の世界で勇者として生きろといわれて、素直に順応できる存在などそうはいない。現に私も、勇者召喚を何度か失敗した経験がある。失敗とは、召喚した勇者が異世界という環境に適応できず、記憶を消して元の世界に戻す、ということだ。この失敗は天界でも手痛いミスだ。あまり失敗したくはない。
何とかして勇者を見つけようと、投影された画面に映る勇者候補たちを流しながら見ていると、ふと一点だけ目に留まるものがあった。
攻撃力:15000
「なっ!」
なんでしょう、この数字は。
勇者召喚に際しては、基本パラメーターで判別する。だが、攻撃の値は通常は100や200、多くて500などが常だ。しかし、この数値は明らかに異常である。今まで見たどの数値よりも高い。
これなら、ほかのスキルなど必要としないくらいに、魔王と互角に戦えるはずだ。もしくはそれ以上か。
詳しく確認するため、画面を拡大して詳細を見る。
勇者候補
王田 故露栖 17歳 Lv.168
HP:12000
MP:1000
攻撃力:15000
防御力:10000
スキル
打撃武器強化(激) 敏捷(激) 物理攻撃強化(激) 破壊の血
超回復 眷属服従 狂乱(激) 物理障壁 全属性魔法耐性(激)
えええぇぇぇ!! なんなんですかこのスペックは! というか『破壊の血』なんてスキル名聞いたことないんですけど! 激のスキルが多い! それに名前! 殴打!? 殺す!? 物騒すぎる!
激とはそのスキルの最終形態のようなものだ。極めるには一生を費やして一つ、よほど才ある者でも二つが限度だと聞き及ぶ。
彼の所在地は地球の、日本。こ、こんな人物がこの世界にいたんですか。いったいどうしたらこんなことになるのでしょう。皆目見当が付きません……。逆にMPが低すぎる気がします。いえ、普通でもこんなには無いのですが。
とっ、とにかく! 勇者として召喚するには十分すぎるほどです。
早速、召喚の儀にうつりましょう!
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「あ”あ”~、だりぃ~」
そう言って彼、王田故露栖は屋上に寝ころんだ。王田が寝ている屋上は朴薩高校の屋上の一角、支配下に置いた上級生に掃除させた比較的きれいなスペースだ。その周りには、あらゆる色で描かれた落書きや文字、誰かの宣戦布告など様々な彩が施されている。
屋上の囲いは用途としてもはや全く役に立たないほど、ぐにゃぐにゃに曲がっていたりベコベコに凹んだりしていた。一部には支柱を混凝土から引き抜いたような跡すらある。
王田故露栖は、朴薩高校の2年生にして、進学早々に学校の天下を取った風雲児である。彼の人生をかいつまんで説明するとこうだ。
生後、初めて握ったものがナイフ。初めて口にした言葉が「ころす」。ナックルダスターを付けてのはいはい。幼稚園入園後の天下統一。うさぎ組が頭を下げる中、ぞう組の頭として堂々と卒園。陀撃小学校入学。低学年の支配。クラス演劇発表会におけるボス役。中学年にして小学校の天下統一。運動会のリレーで屋台を組みさせ堂々の一位。高学年にして進学先の中学校の生徒と対峙。しかし敗北し、姿をくらます。康撃中学校入学式、再び姿を現す。初日から中学を仕切る3年に宣戦布告。姿を消していた間の修行の成果により、見事王の座を手中に収める。中学2年、他中との抗争が頻繁に起こる。中学3年、周辺地区の中学生から悪魔の称号を得る。卒業式、他中からも押し寄せた配下に見送られ卒業。制服のボタンは全部男にとられた。朴薩高校入学式、やはり宣戦布告。天下を取ると宣告したものの、中学までとは一味違い思うとおりに行かない。高校2年。ようやく3年に上がったばかりの上級生が慢心し、無事勝利を収める。現在に至る。
彼の親は、生まれてからすぐに母親が死別。父親に育てられ、多大なる影響を受けて育った。しかし彼は父親を恨んではいない。むしろ感謝しているくらいだ。これほどまでに強く育ててくれてありがとうと。
こうして、王田故露栖は次の目標である周辺の高校の統一化を目指し、始める前の休息期間として今は屋上で休んでいるのである。抗争が始まれば、こうもゆっくりとしてはいられない。彼は天下統一も好きだが、こうした安寧の日々も好きなのである。
キーンコーン……。昼を告げるチャイムが鳴った。王田は携帯を取り出す。
「カップ焼きそば、コーラ。1分以内」
彼の昼食は配下の人間に準備をさせる。しかし、お湯はこんなところにないので、普段から使っている、一斗缶の焚き火で自分で火を起こす。水は屋上にひいてこさせた蛇口を使う。これが彼の流儀だ。
電話してから58秒当たりで、制服を着崩した男たちが走ってきた。手には袋を持っている。
「へい、ボス。買ってきやした」
「ごくろう」
それだけねぎらうとさっさと追い返した。この屋上は王田が許可した人物でないと入れない。それが彼の決めたルールだ。
お湯が沸騰したので、ふたを開け小袋を取り出しかやくを開ける。お湯を注ぎ3分待つ。
カップ焼きそばを持ち、屋上の囲いが無くなっている端の方へお湯を捨てに行く。
この容器はどうやら旧式(?)で、お湯だけを捨てるための二重ふたが付いていない。ここは慎重にやらねば……。麺がこぼれないようにそっと容器を傾ける。ちょろちょろとお湯がこぼれていく。この分なら失敗はしないだろう。
そう思ったとき。
「熱っつぁぁ!!」
なんと勢いが弱かったせいで、容器をつたいお湯が手にかかってしまったのだ!
反射的に手を引っ込めてしまう。ああっ、カップ焼きそばが!
そのときは、すべてがスローモーションに見えた。
手から離れていく容器。こぼれ出るお湯。飛び出した焼きそば。
だが、すべて遅かった。
「ああああああああああああああああああ!!!!!!」
――カッ!
悲痛な叫び声とともに眩い光が彼の全身を覆った。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
「…………うぅ」
「気が付きましたか」
「……う、俺は、いったい――焼きそば!」
「え?」
彼は何を言っているのだろう。まあいいでしょう。勇者召喚は無事成功しました。あ、いや、召喚に失敗とかはありませんよ? こほん。ここ、転移門の間に連れてこられたのだから私の勝ちです。
「よく来てくださいました。勇者・王田故露栖よ」
「……あ”あ”ぁ? なんで俺の名を知ってんだ」
「ひっ」
なんて恐ろしい目を向けてくるのだ、彼は。わかっていないとはいえ、仮にも女神の私にガンを飛ばすなんて。女神じゃなくても初対面の相手にそんなことをするのか。
「突然の招きで申し訳ありませんが、あなたは勇者として選ばれました」
「何を言っているんだお前は。頭がどうかしているのか?」
「なっ、失礼な! 私は女神エルミラ! あなたを勇者として召喚したものです!」
本当に失礼極まりない男だ。確かにいきなりこんなこと言うのもなんですが、なにも罵倒しなくてもいいじゃないですか。
「よく聞いてください。あなたは勇者として、これから異世界へと転移します。あなたの役目は人に害をもたらす魔王を倒すことです。あなたの能力の高さを評価して連れてきたのですから、これは光栄なことなのです」
「はあ? 異世界? 魔王? マジで何言ってんだ」
「とっ、とにかく! あなたには魔王を倒してもらいたいのです!」
「ふーん。ま、いいぜ。別に。その魔王とやら、倒してやっても。抗争前の準備運動だ」
「本当ですか!」
「ただし条件がある」
「じ、条件?」
何でしょう、条件とは。まさか私の体とか言わないでしょうね?
「俺の武器を持ってこい」
「あなたの武器、ですか?」
「ああ、そうだ。俺の愛用してる釘バットだ。名前は撲殺丸。それをとってきたらやってやるよ」
なんて野蛮な名前! あなたにお似合いですねっ!
「わ、わかりました。ここは転移門の間ですから、向こうの世界へ送るときに、一緒に送りましょう」
「それと、もう一つ条件だ」
ま、またですか?
「一応、聞きましょう」
「俺の撲殺丸は壊れやすい。あんた、女神なんだってな。なら、撲殺丸を壊れないようにしろ」
「わ、わかりました。あなたの武器に『不壊』を付与しましょう」
「よし、これで何回も直さなくて済む」
うわぁ、あの凶器を何度も直すほど使っているんですか……。
「最後に私から一つ。魔王を倒すまであなたは元の世界に帰れません」
本当は帰せるけどそれは教えない。
「はっ、上等。デスマッチだ、皆殺しにしてやる」
うう、やりにくい。
「あなたの意思はしかと受け取りました。これよりあなたは異世界にて、魔王討伐の任についてもらいます。覚悟はよろしいですね」
「いいぜ、やってやんよ」
「わかりました。では転移を始めます。どうか、ご武運を」
はー、やっと終わる。疲れたー。
「――あなたに、女神の御加護があらんことを」
「いらねーよ、んなもん」
きーっ、本当にやりにくい!