表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/35

初めの一歩

 私は悩んでいる。

 天界の女神である私、エルミラは今、とある世界の魔王討伐における勇者召喚の儀を任されている。ところが、これがどうにもうまくいかない。なぜか。そこには明白な理由があった。

 素質がないのだ。勇者候補の資料を読んでも、勇者たる資質を持つ者がなかなかいないのだ。


 勇者は基本的にその世界とは違う世界から転移させて送る。つまり、一応の知識は与えられるものの、まったく別の世界で勇者として生きろといわれて、素直に順応できる存在などそうはいない。現に私も、勇者召喚を何度か失敗した経験がある。失敗とは、召喚した勇者が異世界という環境に適応できず、記憶を消して元の世界に戻す、ということだ。この失敗は天界でも手痛いミスだ。あまり失敗したくはない。


 何とかして勇者を見つけようと、投影された画面に映る勇者候補たちを流しながら見ていると、ふと一点だけ目に留まるものがあった。


 攻撃力:15000


「なっ!」

 なんでしょう、この数字は。

 勇者召喚に際しては、基本パラメーターで判別する。だが、攻撃の値は通常は100や200、多くて500などが常だ。しかし、この数値は明らかに異常である。今まで見たどの数値よりも高い。

 これなら、ほかのスキルなど必要としないくらいに、魔王と互角に戦えるはずだ。もしくはそれ以上か。

 詳しく確認するため、画面を拡大して詳細を見る。


勇者候補

 王田(おうだ) 故露栖(ころす) 17歳 Lv.168

 HP:12000

 MP:1000

 攻撃力:15000

 防御力:10000

 スキル

  打撃武器強化(激) 敏捷(激) 物理攻撃強化(激) 破壊の血

  超回復 眷属服従 狂乱(激) 物理障壁 全属性魔法耐性(激)


 えええぇぇぇ!! なんなんですかこのスペックは! というか『破壊の血』なんてスキル名聞いたことないんですけど! 激のスキルが多い! それに名前! 殴打!? 殺す!? 物騒すぎる!


 激とはそのスキルの最終形態のようなものだ。極めるには一生を費やして一つ、よほど才ある者でも二つが限度だと聞き及ぶ。


 彼の所在地は地球の、日本。こ、こんな人物がこの世界にいたんですか。いったいどうしたらこんなことになるのでしょう。皆目見当が付きません……。逆にMPが低すぎる気がします。いえ、普通でもこんなには無いのですが。


 とっ、とにかく! 勇者として召喚するには十分すぎるほどです。

 早速、召喚の儀にうつりましょう!



― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 



「あ”あ”~、だりぃ~」


 そう言って彼、王田故露栖は屋上に寝ころんだ。王田が寝ている屋上は朴薩(ぼくさつ)高校の屋上の一角、支配下に置いた上級生に掃除させた比較的きれいなスペースだ。その周りには、あらゆる色で描かれた落書きや文字、誰かの宣戦布告など様々な彩が施されている。

 屋上の囲いは用途としてもはや全く役に立たないほど、ぐにゃぐにゃに曲がっていたりベコベコに凹んだりしていた。一部には支柱を混凝土(コンクリート)から引き抜いたような跡すらある。


 王田故露栖は、朴薩高校の2年生にして、進学早々に学校の天下を取った風雲児である。彼の人生をかいつまんで説明するとこうだ。


 生後、初めて握ったものがナイフ。初めて口にした言葉が「ころす」。ナックルダスターを付けてのはいはい。幼稚園入園後の天下統一。うさぎ組が頭を下げる中、ぞう組の(かしら)として堂々と卒園。陀撃(だげき)小学校入学。低学年の支配。クラス演劇発表会におけるボス役。中学年にして小学校の天下統一。運動会のリレーで屋台を組みさせ堂々の一位。高学年にして進学先の中学校の生徒と対峙。しかし敗北し、姿をくらます。康撃(こうげき)中学校入学式、再び姿を現す。初日から中学を仕切る3年に宣戦布告。姿を消していた間の修行の成果により、見事王の座を手中に収める。中学2年、他中との抗争が頻繁に起こる。中学3年、周辺地区の中学生から悪魔の称号を得る。卒業式、他中からも押し寄せた配下に見送られ卒業。制服のボタンは全部男にとられた。朴薩高校入学式、やはり宣戦布告。天下を取ると宣告したものの、中学までとは一味違い思うとおりに行かない。高校2年。ようやく3年に上がったばかりの上級生が慢心し、無事勝利を収める。現在に至る。


 彼の親は、生まれてからすぐに母親が死別。父親に育てられ、多大なる影響を受けて育った。しかし彼は父親を恨んではいない。むしろ感謝しているくらいだ。これほどまでに強く育ててくれてありがとうと。


 こうして、王田故露栖は次の目標である周辺の高校の統一化を目指し、始める前の休息期間として今は屋上で休んでいるのである。抗争が始まれば、こうもゆっくりとしてはいられない。彼は天下統一も好きだが、こうした安寧の日々も好きなのである。


 キーンコーン……。昼を告げるチャイムが鳴った。王田は携帯を取り出す。

「カップ焼きそば、コーラ。1分以内」

 彼の昼食は配下の人間に準備をさせる。しかし、お湯はこんなところにないので、普段から使っている、一斗缶の焚き火で自分で火を起こす。水は屋上にひいてこさせた蛇口を使う。これが彼の流儀だ。


 電話してから58秒当たりで、制服を着崩した男たちが走ってきた。手には袋を持っている。

「へい、ボス。買ってきやした」

「ごくろう」

 それだけねぎらうとさっさと追い返した。この屋上は王田が許可した人物でないと入れない。それが彼の決めたルールだ。


 お湯が沸騰したので、ふたを開け小袋を取り出しかやくを開ける。お湯を注ぎ3分待つ。

 カップ焼きそばを持ち、屋上の囲いが無くなっている端の方へお湯を捨てに行く。

 この容器はどうやら旧式(?)で、お湯だけを捨てるための二重ふたが付いていない。ここは慎重にやらねば……。麺がこぼれないようにそっと容器を傾ける。ちょろちょろとお湯がこぼれていく。この分なら失敗はしないだろう。

 そう思ったとき。


「熱っつぁぁ!!」


 なんと勢いが弱かったせいで、容器をつたいお湯が手にかかってしまったのだ!

 反射的に手を引っ込めてしまう。ああっ、カップ焼きそばが!


 そのときは、すべてがスローモーションに見えた。


 手から離れていく容器。こぼれ出るお湯。飛び出した焼きそば。


 だが、すべて遅かった。


「ああああああああああああああああああ!!!!!!」

 ――カッ!


 悲痛な叫び声とともに眩い光が彼の全身を覆った。



― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 



「…………うぅ」

「気が付きましたか」

「……う、俺は、いったい――焼きそば!」

「え?」


 彼は何を言っているのだろう。まあいいでしょう。勇者召喚は無事成功しました。あ、いや、召喚に失敗とかはありませんよ? こほん。ここ、転移門の間に連れてこられたのだから私の勝ちです。


「よく来てくださいました。勇者・王田故露栖よ」

「……あ”あ”ぁ? なんで俺の名を知ってんだ」

「ひっ」

 なんて恐ろしい目を向けてくるのだ、彼は。わかっていないとはいえ、仮にも女神の私にガンを飛ばすなんて。女神じゃなくても初対面の相手にそんなことをするのか。


「突然の招きで申し訳ありませんが、あなたは勇者として選ばれました」

「何を言っているんだお前は。頭がどうかしているのか?」

「なっ、失礼な! 私は女神エルミラ! あなたを勇者として召喚したものです!」

 本当に失礼極まりない男だ。確かにいきなりこんなこと言うのもなんですが、なにも罵倒しなくてもいいじゃないですか。


「よく聞いてください。あなたは勇者として、これから異世界へと転移します。あなたの役目は人に害をもたらす魔王を倒すことです。あなたの能力の高さを評価して連れてきたのですから、これは光栄なことなのです」

「はあ? 異世界? 魔王? マジで何言ってんだ」

「とっ、とにかく! あなたには魔王を倒してもらいたいのです!」

「ふーん。ま、いいぜ。別に。その魔王とやら、倒してやっても。抗争前の準備運動だ」

「本当ですか!」

「ただし条件がある」

「じ、条件?」

 何でしょう、条件とは。まさか私の体とか言わないでしょうね?


「俺の武器を持ってこい」

「あなたの武器、ですか?」

「ああ、そうだ。俺の愛用してる釘バットだ。名前は撲殺丸。それをとってきたらやってやるよ」


 なんて野蛮な名前! あなたにお似合いですねっ!

「わ、わかりました。ここは転移門の間ですから、向こうの世界へ送るときに、一緒に送りましょう」

「それと、もう一つ条件だ」

 ま、またですか?

「一応、聞きましょう」

「俺の撲殺丸は壊れやすい。あんた、女神なんだってな。なら、撲殺丸を壊れないようにしろ」

「わ、わかりました。あなたの武器に『不壊』を付与しましょう」

「よし、これで何回も直さなくて済む」

 うわぁ、あの凶器を何度も直すほど使っているんですか……。


「最後に私から一つ。魔王を倒すまであなたは元の世界に帰れません」

 本当は帰せるけどそれは教えない。

「はっ、上等。デスマッチだ、皆殺しにしてやる」

 うう、やりにくい。

「あなたの意思はしかと受け取りました。これよりあなたは異世界にて、魔王討伐の任についてもらいます。覚悟はよろしいですね」

「いいぜ、やってやんよ」

「わかりました。では転移を始めます。どうか、ご武運を」

 はー、やっと終わる。疲れたー。


「――あなたに、女神の御加護があらんことを」

「いらねーよ、んなもん」

 きーっ、本当にやりにくい!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ