第40話
「ユウ、左枝さん、今ちょっといいかしら?」
「あぁ、入っても大丈夫だよ」
今回は珍しくドアから来た宮古先輩。
「お邪魔するわね…何だ、何もしてないみたいね…残念」
「別に僕と左枝はそんな毎日毎日一日中乳繰り合っているわけではないよ!!」
「乳くっ…もう!右葉さん!!」
先輩のことを先輩から右葉さんに変わっていることに気づいたのか驚いたような顔で私の方を見る宮古先輩。
「左枝さん、あなたユウの事右葉って名前で呼ぶようになったのね」
「き、昨日からですけど…」
「そ、そうだね」
昨日の事を思い出して赤くなる私。
「アンタ達やっぱり乳繰り合ってるんじゃない…ってまぁそれはいいわ、それよりもね、昨日駅前の本屋さんに寄ったのよ」
「小桜堂書店かい?」
「うん、そんな名前だった気がする」
どうやらうちのお客様らしい。
「ありがとうございます」
「え?いきなりどうしたの?お礼なんか」
「あぁ、あそこはね、左枝の実家なんだ」
「え?・・・え?」
「おっとヒラ、三点リーダーが大きなままだよ、ちゃんと…ってしないと」
「ちょっとメタい発言やめてよ!そうじゃなくて驚いたわ」
「先輩も初めて来た時には驚いてまして…フフフ」
思い出し笑い、あの時の先輩は本当に驚いていた。
「それでね、そこで買った小説なんだけど、昨日発売らしくてね…すっごい面白くて」
宮古先輩がカバンから取り出したのは、私の小説だった。
「それは…」
「昨日発売らしいんだけど正直タイトルと表紙が綺麗で買ったんだけどね、内容がすごいの!こう、もう女の子の夢を全部詰め込んで更にロマンチックを入れたみたいにキュンキュンするような感じでね!」
私の小説を熱く語る宮古先輩。
大抵の人は恥ずかしがるのだろう、でも私は違った。
嬉しかった、本当に嬉しかった。多分私が書いたとは知らないのだろう、それでなおここまで褒めるというのは本当に思っていたことなのだろう。
「それでね、近々ユウ、あなたの本と一緒に図書室の方に置こうと思ってるのよ、それで一応ユウに確認に来たの」
「僕にかい?」
「えぇ、あなたの著書を図書室に置くわけだからね、一応確認を取っておこうと思ったのよ」
ニヤニヤとする先輩と、それを見てあーまたこの人はと眉を八の字にする私。
「僕の小説は構わないよ、それでヒラが進めると言うのは珍しいね、どんな感じだい?」
「えとね、基本的にはここと同じ、文芸部室の中で話は進むのよ」
「文芸部の物語なのかい?」
「えぇ、とある共学高の文芸部に見学に来たヒロインが本を読んでいる主人公に一目惚れするところから物語は始まるって感じね」
「そうかいそうかい…左枝、この話どこかで聞いたことがあるねぇ」
そう来るか…
「ですね、私もすごい聞いた事がありますねぇ」
「あら?もう二人共この本読んでた?どう?すごい良くないかしら!?」
「僕は好きだよ、僕はね」
ニヤニヤとこっちを見てくる先輩。いつものお返しだという感じで私を攻める。
「私も好きですよこの話、何よりも後半の先輩に告白をするシーンとか」
「わかる!あのシーンは本当にやばかったわ!もうニヤニヤしすぎて鏡を見て驚いたもの!私小説読んでここまで心が動くのって初めてで…」
「そうそう、そしてラストシーンで感動?」
「そうなの!恥ずかしい話なんだけど昨日読みながら泣いちゃった…それくらいすごい好きなの!ほかに本出してないのか調べたんだけどあんまり情報がないのよ…どんな人なのかしらねぇ、小桜恋華先生って…」
本を胸に抱きまだ見ぬ小桜恋華と言う人を思い浮かべる宮古先輩の前に立つ。
「ヒラ、前を見てみな」
「ん?左枝さん、何してるの?」
「何を言っているんだい?君が言ったんじゃないか、小桜恋華はどんな人なのかって」
「え?え??」
「えっと、改めまして、小桜恋華です…一応プロの小説家やってます」
「…」
「ヒラ?おーい…ダメだ、固まってしまったね」
「ですね…」
「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!????」
「うわぁ!びっくりしたぁぁ!!」
「きゃぁっ!!」
いきなり大声を出した宮古先輩に驚く私と先輩。
「い、いきなり大きな声を出さないでおくれ…心臓が止まるかと思ったじゃないか…」
「し、心臓に悪い…」
驚いてバクバクとせわしなく動く心臓。
「えっ、あっ、えっえぇ!?」
「フフフ、混乱しているね、でも事実だよ、この本の著者はここにいる桜左枝だよ」
「え?え?」
宮古先輩が語彙力を取り戻すのに約10分を費やした。
「いや、でも本当に驚いたわ…左枝さん…あなた本当にすごいわね…」
「あ、ありがとうございます」
「すごいだろう?この分野に関しては、僕は彼女に確実に負けている、そう感じるよ」
「そうね、こういっちゃ悪いけど…正直左枝さんの小説を読んでからじゃユウの小説読んでも満足できないと思うわ…」
「僕もそうだったから気にすることはないよ、でも本当に初めて左枝の小説を読んだ時は悔しかったよ…これは負けたって、レベルが違うって言うのを一瞬で理解してしまったからね」
「えっと、とりあえず左枝さん、おめでとう、本当に最高だったわ」
「あ、ありがとうございます…」
「えっとね、それでね…サイン、あるの?」
「一応は…」
「じゃぁね、この本に…サインしてもらえないかしら…?」
やはりこの人もミーハーなところはしっかりとあるのだなと思う。
「これでいいですかね?」
「えっと…ここに名前入れてもらってもいいかしら?」
平安宮古様へ、小桜恋華より
宮古先輩の顔は満面の笑みで、目は輝いていた。
「ありがとう!大切にするわね!」
ここまで喜んでくれると私も嬉しい…。
こうして私の本は無事発売された。
ちなみに、余談ではあるが、私のはじめてのサイン本は実家でもなく宮古先輩でもなく、右葉先輩へと贈った。
愛をこめて、小桜恋華そして桜左枝よりと書いて。
読んでくださりありがとうございました。
次話もどうぞ、よろしくお願い致します。




