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左近の桜、右近の橘。  作者: みんくん
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第37話

旧部室棟に入った私と先輩が見たものは、ひと目でわかるほどに変わり果てた部室棟の内装だった。

正面ホールには赤い絨毯が一本敷かれ、奥の裏庭への出口へと続いていて、その両脇には多数の丸いテーブルや四角いテーブル、そしてアンティークデザインの椅子であった。

さらに入口のすぐ脇にはカウンターに本格的なレジが置かれている。


「先輩…これは…」

「あぁ…これはまるで…」


これはまるで、大正時代をイメージさせるような内装の喫茶店だった。

元々大正ロマン香るこの旧部室棟は好きだったのだが、この喫茶店風の内装はさらに気に入った。

どこの部活がやっているのかはわからないが、正直常時営業して欲しいとも思う。


「うわぁ!すごい!将校さんと着物美人さん!」


私と先輩に気づいた店員さんが声を上げると、それに釣られて奥からゾロゾロとたくさんの人が出てきた。


「うわぁ!本当だ!海軍さんだ、しかも夏服!」

「しゃ、写真撮ってもいいですか!?」


「僕は構わないけど…左枝は?」

「そ、その…大丈夫です」


先輩のこの美しさを写真に残せるのなら安いものだ、後で送ってもらおう。


すると奥へ携帯を取りに行った子が戻ってくると、肩からはゴツい黒い鞄が下げられており、三脚をカシャカシャカシャと信じられないスピードで組たて、さらにレンズを吟味して一瞬で付け替え、カメラを三脚にセットする。


ほかの人も傘型のフラッシュや手持ちのものを準備して居る。


写真部の喫茶店だったのか…。


パシャッパシャッと光るフラッシュに私と先輩は要求される色々なポーズをとっていく。

どうしてこうなったとさっきの自分を恨みたいと思う。


ようやく撮影会が終わり、カメラ一式が撤収されると、奥から美味しそうな匂いのケーキや紅茶、クッキーなどが運ばれてきた。


「こちらは撮影のお礼です、本当にありがとうございました…家庭部も紅茶菓子研究会もこういう大正ロマンが好きな人ばかりが集まってしまって…ここを使おうとずっと計画していたんです」


あ、写真部じゃないのね…


「後日台紙付きのしっかりとした形でお写真をお渡ししますので、お名前とクラスをお聞きしても大丈夫ですか?」


メモを取り出し私の方を見てくる給仕さん。


「えっと、僕は立花右葉、それでこの子が桜左枝、どちらも文芸部だからそこの部室に持ってきてくれれば多分居ると思うよ」


そういい先輩はすぐ近くにある文芸部の部室を指さした。


「え?おふたりは文芸部の方なんですか!?」

「え?、う、うん…」


あの先輩が少し引いていた。

その言葉を聞き、またぞろぞろとたくさんの人が出てきた。

「この度はこの旧部室棟を使わせていただいて、本当にありがとうございました!」

「「「「ありがとうございました!」」」」


もしかしたら家庭科部も菓子紅茶研究会も運動部なのかもしれない。

そう思うほどに綺麗に皆揃った角度のお辞儀をする。


「い、いや、許可を出したのは僕たちではない、多分山ちゃん…山倉先生だろう?僕たちは特に何もしていないよ?」


「え?でも山倉先生からはここは文芸部では使わないらしいから使ってもいいって許可が出たって…?」


ホワホワホワと山倉先生と部誌を販売する場所を確認した時のことを思い出す。


「え?部室棟使わないのか!?本当だな!?本当に使わないんだな!?」

「な、何だいそんなに食いついて…使わないよ別に、あそこじゃお客さんが来てくれるかわからないしね、もし使いたいって変わった人がいるなら喜んで差し出すよ」


ホワホワホワと回想が終わる。

うん、確かに先輩許可してるわ、これ


「先輩、たしかあの時もしここ使いたい人がいるなら喜んで差し出すって言ってましたよ…そういえば」

「え!?そうだったかい!?いや、済まない、どうやら僕たちが忘れていただけらしい…」


頭を掻く先輩は恥ずかしいといったような苦笑いをしている。


「ここを使わせていただいてるおかげですごいお客さんが来てくれるんですよ、本当にケーキが間に合わないくらいなんです」


フフフと笑う給仕さん。

その旨には宮村と言う名札が下げられていることに気づく。

これからは宮村さんと呼ぼう。


「あ、そういてば、こちらのケーキは当店イチオシのショートケーキになります、是非食べていってください、お代は先ほど頂きましたので」


そう言うとゆっくりと綺麗なお辞儀をして、宮村さんは特殊部室へと戻っていった。


「じゃぁ左枝、頂いてしまおうか」

「ですね」


そういう先輩と私はケーキをフォークで切って口に入れる。


ふわっとしていながらしっとりしている甘いスポンジと甘さ控えめな生クリームが非常に美味しい。

そしてこのスポンジはどうやら普通のスポンジではないみたいだ。


カラカラカラと台車にティーセットを載せてきた宮村さんはニコニコとしている。

「気づきました?実はそのスポンジ、カステラでできているんですよ」


そうか、カステラか、この味は。

しっとりとしたカステラと甘さ控えめ生クリームがここまで合うとは思わなかった。


「そうか、だからこのケーキだったんだね、いやはやスポンジにカステラを使うとは驚いたよ」

「ありがとうございます、当時のお菓子の再現にするかそれとも創作菓子にするかで迷った結果、創作菓子を作る事になったんです、それでカステラをスポンジにしたらと言う部員がいて、試してみた結果美味しくて、昨日だけでも相当な数が売れました」


丁寧に紅茶を入れる宮村さんの姿はまさに大正時代の給仕さんをイメージでき、何とも言えない感動を覚える。

文字書きとして、この雰囲気を、この時間を脳内に、網膜に焼き付ける。

「うん、紅茶ともすごいよく合うし本当に美味しいね」

「ありがとうございます」


「ん?左枝、ちょっと動かないでね」


そう言うと先輩は席を立ち、私の方へと歩いてくる。


「左枝、まだ動いちゃダメだよ?」

だんだん近づく顔と顔、そして先輩は私の口の端にキスをする。


「ほら左枝、クリームついているよ」


こちらを見ていて部活の人たちが黄色い悲鳴を上げる。

「こ、こら!静かにしなさい!!」


必死に止めようとする宮村さんの顔も真っ赤で、口元がニヤついていた。


「先輩!人目のあるところでなんてことするんですか!!」

「怒った左枝も可愛いね」


顎をクイッとし、次は正真正銘唇へと触れるような軽いキスをする。


パシャパシャと言うカメラの音が聞こえてくる…

さっき大きなカバンにしまって居て、それで今さっきカメラを持っていなかったはずなのに何故か彼女はカメラを手に写真を撮りまくっている。


嗚呼何故コウナッタ…

フフフと笑う先輩と黄色い悲鳴を上げる部員たち、そして服と同じく真っ白になった私がそこにはいた。

読んでくださりありがとうございました。

次話もどうぞ、よろしくお願い致します。

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