第10話
日
カチカチと時計の音とやはり定期的にめくられる紙の音が響く文芸部の部室
私と先輩は何をするでもなくただ本を読んでいた。
「そうだ、そういえば昨日左枝に大事な話をすると言ったね」
「え?そうでしたっけ…?」
「ほら、僕が収入源があるって言った時に」
「あぁ、忘れてました」
本当に忘れていた。
昨日は本当にいろいろな事があり過ぎてすっかりと忘れていた。
「まずはこの本を読んでもらえないかな?」
「この本…読んだ事ありますよ、作風がすごい私好みなんです」
「そうかそうか…」
「はい、それでこのヒロインがすごい可愛くてでもちょっとドジなところもあって大好きです」
「ほう」
「この本多分私が読んできた中でも上位に入るくらい大好きな本ですね、一番好きなのは同じ作者さんの恋愛小説なんです」
「そうか、ありがとう、嬉しいよ」
「ん?なんで先輩がお礼を?」
「これを書いたのは僕だから…かな?」
時間が止まり私の一切の動きが止まる。
一回心臓も止まった気がする、それほど驚いた。
声が出ず、何も考えられない。
「おーい左枝ー戻ってこーい」
手の前で目をひらひらさせる先輩
あ、逆だ、目の前で手をヒラヒラさせる先輩。
それを見てようやく動き出した。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!?????」
「うわっ!びっくりしたぁぁ!」
「それの作者が先輩ってどういう事ですか!?」
「そ、そのままだよ、これを書いたのが僕なんだ」
「え?でも先輩まだ高校生で…え?」
「今時高校生作家なんて珍しくもないよ、左枝がさっき読んでいたその本も私と同じ高校生が書いたものさ」
「これが!?」
因みに今読んでいたのも恋愛小説である。女の子と女の子の。
「僕は人が近くにいるとどうも文章がかけなくてねぇ…だから一人暮らしをしているんだ」
「そ、そうなんですか…」
「だからってわけじゃァないけどお金もそれなりに持っているよ」
「は、はぁ」
もう頭の容量が足りない、煙が出てきそうだ。
「なんというか、その、ファンです」
「ありがとう、僕も君のファンだ」
「あ、ありがとうございます」
なんというか、この人はわからない人だ、そう思った。
「そこで左枝、ものは相談なのだが…もし左枝がよければ左枝の作品を持ち込んでみないかい?」
「え?」
「明日ちょうど僕と編集さんとの打ち合わせがあるんだ、そこに左枝も同行してきて作品を出してみないかい?」
「で、でも…」
「僕が読んで自信を持って左枝は作家としてやっていけると判断をした。書くスピードもさる事ながらあの完成度は正直驚いたよ…しっかりと伏線回収やストーリーに芯が通ってて登場人物もわかりやすかった…悔しいけど恋愛小説に関しては僕は左枝に負けると思う」
「そ、そんな!」
「本当さ、あの作品を読んだ時、初めてここまで感動したんだ、知り合いの作品を読んで」
「先輩…」
「だから、僕は君の作品が本になるところを見てみたいんだ…無理強いはしない、でももし少しでも興味があるのならぜひ、明日一緒に行こう」
先輩の目は宝石のようにキラキラと光っていて多分嘘は言っていない。
昔から小説家は私の夢だった。
それこそ小学校の低学年にはもう小説家を夢見ていた。
それがこんな形で叶うかも知れないと突然言われ、混乱しないほうがおかしい
でも嬉しかった、ずっと憧れていた人に会って、その人が大好きな人で、それで作品を褒めてもらった。それだけで幸福感と興奮といろいろな物が混ざり合ってもう訳がわからない。
「今日あったことを君のお母さんとお父さんとお姉さんにしっかり相談をして家族で決めてほしい、本を出すというのは否応なしに目立ってしまう、だからこそ家族で話し合ってほしい」
「はい…」
「因みに出版社には昨日のうちに話は付けてある。どちらにしろ君の意見が最優先だ、今日はこれで終わりにするがぜひ考えてみてほしい」
そう言うと先輩は部室を出て行った。
いろいろな事がありすぎてもう訳がわからない。
とりかく今は家に帰ろうと部室の鍵を閉めた。
読んでくださりありがとうございました。
次話もどうぞ、よろしくお願い致します。




