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Body and Soul

 minaのパスケースの中に入っていた写真。

 

 それをしばし見つめる、オレ。


 minaとの様々な思い出が、記憶の中からよみがえってくる。



 外房の海辺で星空の下、嬉しそうに将来の夢を語るmina。



 目黒川の桜の木の下で、minaと初めての口づけを交わした時のこと。


 minaを巡ってイケメン俳優と決闘した時の、オレの勝利を信じ切ってくれた真剣な表情。


 初めてminaと想いを遂げたあの夜。


 マネージャー見習いをして、minaの機嫌を損ねてしまった時のすねたような歌姫の横顔。


 一緒に曲作りをして、minaの家族の絆を取り戻した日のこと。


 そして、別れを切り出した時の、「こんなにつらい思いをするなら、私達、出会わなければ良かった!」というminaの泣き顔。


 minaの本心は、どうなんだろう?

 minaの外見は変わってしまって、すれたような言葉を放っていたけど、本当はあの時の素直なままなんじゃないだろうか?


 そんなことは、単なるオレの都合のいい解釈だろうか?


『Honesty is the best policy , Better late than never』

~正直は最大の美徳、遅くなってもしないよりはマシ~ か。


 オレの正直な、気持ち……

 オレはminaのことをどう思っているんだろうか?


 やっぱりminaには幸せでいて欲しい。

 笑っていて欲しい。

 そして夢を追い続けて、それを叶えてくれていたら。


 もし許されるなら、歌姫の隣にオレはずっと立っていたい。

 そして、minaを見守っていたい。

 彼女の支えになりたい。


 ……………………………


 行こう! minaの部屋へ!

 オレの思い上がりでもいい!

 自分の今の気持ちをminaに伝えよう! 

 引っ叩かれたって、玉砕したっていいじゃないか!

 

 幸運にもルームキーに刻印されていたminaの部屋の番号をオレはきちんと覚えていた。

 スイートルームが並ぶホテルの最上階。

 自分の履いている革靴が心地よく沈むようなふかふかの絨毯のフロアを、オレは早足で歩いた。


 minaの部屋のドアの前に立ち、ベルを鳴らす。

 ベルは思いの外、よく響いた。


 重厚な木目調のドアが音もなくスッと開き、minaが顔を出した。


「あら……カ、カズくん……」

 minaは動揺を隠しきれていないように見えた。


「mina……来たよ」


「い、今さら泣き言いっても遅いんだから……でも、ここで喋ってても周りの迷惑になるから、とりあえず中に入りなさいよ」

 minaはそう言って、オレを手早く部屋の中へと招き入れた。


 高級ホテルの最上階のスイートルーム。

 上質のカーテンから覗く、窓一面に広がるニューヨークの夜景。

 夜の遅い時間帯だが、宝石箱をひっくり返したかのような夜の街のきらめきはまだまだ眠る気配がなかった。

 はるか遠くを行き交う車のヘッドライトが夜の情景にさらに彩りを添えている。


 天井のシャンデリアは、オレたち二人を優しく照らすようにキラキラと輝いていた。

 ダークブラウンの書斎机には、楽譜が散らばっている。

 相変わらず、片付けるのがあんまり得意ではないんだな。


「mina、これ、忘れ物」

 オレはそう言って、ピンク色のパスケースをminaに差し出した。


「あっ、バーに忘れてたんだ。ありがとう……」


「mina、あの、さ……」


「ねえ、このケースの中身、見た?」

 minaはジト目でオレの方をにらんできた。


「み、見たよ……」


「そっか……」


 オレたち二人の間に、しばしの沈黙が訪れた。

 でもそれは、何か新しいものを予感させるような、どこか心地よい沈黙であった。


「じゃあ、私の本心も、だいたいわかったんじゃない?」


「うん、それは、そうだけど……」

 オレはそこで一旦言葉を切った。


「例えminaの本心がどうであっても、やっぱりオレはminaとずっと一緒にいたい! 自分からフッといて虫のいい話だけど……ずっと間近で、minaのことを……」


「カズくん……」

 minaの表情が、真剣なものに変わる。


「今度こそ、二度とminaを離さない! 約束する! だからもう一度だけ、オレとやり直してください!」

 オレはそう言って、minaに頭を下げた。

 恥ずかしくて、minaの目をまっすぐに見ていられなかった。


「今度こそ……私を捨てたら、もう許さないんだからね……だから……今回は……」

 minaの声は震えていた。


「今回は?」

 オレは、彼女の言葉の続きが聞きたくて顔を上げた。


「許してあげる……やり直そう、私たち」

 そこには、目に美しい涙をいっぱいに浮かべた歌姫が立っていた。


「mina……」

 オレはたまらず、彼女の背中に腕を回し、華奢な歌姫の身体を抱き寄せた。

 久し振りの愛おしい人との逢瀬。オレの体は忘れていたはずのその温もりを、まだちゃんと覚えていた。


「ひっ……ひっく……カズくん、やっとだね」

 minaは涙で肩を震わせながら、嬉しそうな声を出した。


「mina……辛い思いをさせて、本当にごめんな」


「ううん……私の方こそ、素直になれなかった」


「この前会った時は結構、キツイこと言われたね。でも、しょうがないか。オレが悪いんだから」

 少し照れながら、そう告げるオレ。


「本当は、知ってたの私。カズくんが私のためを想って、私と別れたって」


「そうだったのか……」

 意外だ。minaはオレを恨んでいるとばかり思っていた。


「雨宮さんや真由ちゃんが、直接は言わなかったけど、そのことに気付かせてくれた」

 東和銀行の先輩と後輩。大切な人達。オレ達の仲を知らない所で取り持ってくれていたのか。


「最初はね、泣いてばかりいたよ。あなたにフラレてから。でも、それだけじゃダメだって思った。これは、芸能界を追われた私に残された最後のチャンス。みんながくれた希望。だから、私は思ったの」

 minaの言葉が熱を帯びてきた。彼女はそのまま続けた。


「必ず、このチャンスをものにして、もう一度華やかなステージで歌うんだって! そして、カズくんがいるニューヨークへ行くんだって! その一心で、がむしゃらにやってきたんだよ!」


「すごいな! mina……ほんとよく頑張ったよ。ライブ、素晴らしかったよ」

 オレの賛辞にminaはへへっと笑って応えた。


「シンガポールのエージェントのつてで、私はダニエルと知り合って。でも素直になれなかった。正直カズくんとちゃんと向き合うのが怖かった。カズくんが私のことを想ってくれているなんて私の勘違いかもしれないし、心変わりしてブロンドヘアの素敵な彼女が出来ているかもしれないし」


 そうか……恋は押せ押せの彼女にしては珍しい。

 それだけ二人が別れた二年間は長く、そしてシンガポールとニューヨークとの距離は物理的にも精神的にも遠いということだろうか。


「だから、あなたを試しちゃった。ツライ言葉を投げかけても、あなたが受け入れてくれるかどうか……」


「確かに、アレはちょっとつらかったな」


「ごめんね、でもカズくんはちゃんと私の言葉を受け止めてくれた。逆に私に言い返すようなこともなかった。ああ、この人は素直で優しいあの時のままなんだって。二人に運命っていうものがあるとすれば、それをもう一回信じてみたくなったの」


「ありがとう、mina。でもminaの過去がどうであれ、今度こそちゃんと大事にするから」

 言葉に力を込めて、オレはもう一度minaを抱きしめた。


「心配しないで、カズくん以外の人とは……その……二人っきりになったり、特別な関係になってないから」


「なんだ、それもウソか。演技……うまくなったな。グラミー賞だけじゃなくて、アカデミー賞も狙えるんじゃないか?」

 オレはそう言って彼女を茶化した。

 そんなやりとりもこうして全てが上手くいった今だからこそ、できることだよな。


「ふふっ、ダニエルに嫉妬しなかった? ちょっとは妬いてほしかったけど」


「いや、彼の方がオレよりもminaにお似合いだなって、そんなことを考えていたよ」


「えっ、カズくん知らないの? 彼って、ゲイよ……」


「そ、そうだったんだ!」


「ちなみにカズくんは、結構ダニエルの好みのタイプだったらしいわね。『カズにその気がなさそうで残念だ……』って私にこぼしていたわ」


「い、いや……ちっとも気付かなかったよ」

 そう言えば、やけに馴れ馴れしく話しかけてくるなとか、よく飲みに誘ってくるなと思っていたのだが、まさかそうだったとは。明日からダニエルを見る目が少し変わってしまいそうだ。

 日本の男子って、海外のゲイにモテるっていうからな。


「例の会社の会長とも、何もないから安心して。でもね」


「でも?」


「会長は私の歌と才能を買ってくれているみたいだから、私がお願いしたらカズくんと会うくらいはしてくれるかも。今回のニューヨーク講演でも、とてもお世話になったの。だから、仕事の方もうまくいくといいね」


「そっか、ありがとう……mina」


「ねえ、カズくん……昔話もいいけど、そろそろ、ね」

 minaはそう言って、何かを促すようにつま先立ちをして、目をつむった。

 歌姫の小さな愛くるしい顔立ち。

 彼女のみずみずしい淡い口紅がシャンデリアに照らされて視界に飛び込んでくる。


「mina……」


「カズくん……」


 地球の裏側よりも遠い距離、そして離れ離れになっていた二年間を埋めるかのように、minaは情熱的な口づけをしてきた。歌姫の柔らかなくちびる、そして甘い刺激がオレの脳をジーンとしびれさせる。

 そして、お互いの舌を絡ませ合い、もう離さないという想いを込めながら、きつく抱き締め合う。


 どれくらいの間、そうやってお互いを求めていただろうか。


 たまらず、オレはスイートルームの柔らかなベッドにminaを誘った。


 シーツのなめらかな肌触り。

 確かにそこに存在する、愛しい歌姫のぬくもり。

 ほのかな、化粧の香り。


「カズくん……来て……」


「うん、mina……mina!」

 オレはminaの柔らかな首筋を優しく愛しながら、彼女のピンク色のワンピースに手を掛けた。



 その夜、オレとminaは何度もお互いの名前を呼びながら、求め合い、愛を確かめあった。


 眠らない街ニューヨークの夜景は優しく、そんな二人を見守っていた。




 数ヶ月後、minaは見事に全米デビューを飾った。


 そしてそれから一年後、生活の拠点をニューヨークに移したminaとオレは、二人きりの結婚式を挙げた。

 



『Honesty is the best policy , Better late than never』


 これは、オレと歌姫のほろ苦くも甘い物語。


 何かを始めるのに遅すぎるとかそんなことは決してなくて。


 一途な想いがあれば、やがて運命は微笑んでくれる。


 きっと、誰にでも。





- fin -



 

 

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