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What is this thing called love?

 一週間後、オレはmina(であろう女性)から貰ったチケットを握りしめて、ライブ会場の入り口に立っていた。


 二千人以上は収容できる大きなコンサートホール。

 入り口には『mina』という文字と、挑発的にこちらに目線を向けるminaの写真がでかでかと貼られていた。

 

 チケットを持ってうろうろしていると、警備員の格好をした大柄な黒人男性に呼び止められた。

「ミスター、サエキ、ですね?」

 オックスフォードの学生あたりが話しそうな、訛りのない綺麗な発音の英語。


 オレは思わずうなずいた。


「minaさんがお呼びです、こちらへどうぞ」

 黒人の警備員はそう言って、オレの手を掴んだ。


 案内するというよりは、拉致という表現の方がふさわしい気がするけど。

 なんという馬鹿力だ。

 彼とは体の作りというか、バネが違うかのようだ。


 オレはコンサートホールの奥にある、控室のような場所に通された。

 

 黒人の警備員がドアをノックをすると、中から女性の声がした。

 そしてオレは部屋の中に放り込まれるように、強く背中を押された。


 室内には壁に備え付けられた大きな鏡があり。鏡に向けられた机にはメイク道具が置かれていた。そして、椅子が数脚。


 そしてオレの目に飛び込んで来たのは、入り口に貼られたポスターの通りに白いタンクトップに濃いデニム地のショートパンツという露出の多い格好をしたmina。

 長い黒髪は出会った当初のままだが、アイラインと頬の化粧も濃いめで小さな背丈とのアンバランスさもあり、実年齢よりもさらに若い印象を受けた。

 今年で二十九歳のはずだが。


 そしてその隣にはスーツ姿のダニエルが!

 なぜ!?


 浮ついた話ひとつないダニエルだが、こうしてminaの隣に立っていると美男美女のお似合い国際カップルという感じがする。

 オレは、複雑な思いで二人をじっと見つめた。


「僕は、席を外すよ……二人で積もる話もあるだろう」

 

 オレと目が合うと、ダニエルはすぐに視線をそらし、ドアの方へと歩いていった。


 建て付けの悪そうなドアがバタンと、重苦しい音を響かせる。


 そして、minaとオレは二人きりになった。


「mina……」


「久しぶりね、カズくん」

 minaは慣れ親しんだ日本語で話しかけてきた。透き通った聞いていて心地よい声、それは別れた二年前から少しも変わっていなかった。


「mina……いきなりのことでびっくりしちゃったよ」


「ちっとも変わってないわね。カズくん……いや、佐伯さんって呼んだほうがいいかしら? 私達はもう、ただの他人だものね」

 minaはそう言って、いたずらっぽく笑った。


「えっ、あっ……まあね……」

 オレはあいまいにうなずいた。


「私は、つらい治療とレッスンに耐えて、ニューヨークへやってきた……」

 minaはそこで言葉を区切って、オレの方へ近寄ってきた。

 甘い香りのする香水が、間近でオレの鼻を刺激する。


「あなたにもう一度会うために!」


「えっ!?」


「とでも言うと思った?」

 minaの声色が少し変わった。


「ち、違うのか……」


「そんな訳ないでしょう……あなたの方からこっぴどく振ったのに、まだあなたのことを想ってるなんて。相変わらずのお人好しね」

 minaの濃いアイシャドーの奥の瞳が、オレを睨みつけているのがよくわかる。


「そっか……そうだよな」


「私はもう一度華やかな舞台に立ちたかった。あとはね……」


「あとは……」


「あなたへの復讐」

 minaは、オレの耳元に近寄ってそう言った。オレの知っている彼女からは想像もつかないほど、低く冷たい声。思わずオレはぞっとした。


「結婚の約束までして、しかも私が一番ツライ時に私のことをボロ布のように捨てたあなたを絶対に私は許さない! 必ず復讐してあげる!」


「復讐って、全米デビューしても別に復讐にはならないだろ。むしろ喜ばしいことのような……」


「何もわかってないのね。あなた。例えばさっきの彼……ダニエル……あなたと親しい人だって聞いたけど?」

 minaはオレの体から離れて、ひとつひとつ噛みしめるかのように言葉を発した。

 彼女の長い黒髪が、その動きに合わせてふわりと舞う。


「うん、そうだ。うちのニューヨーク支社の社員で、いつも一緒に仕事をしている」


「私があの人と特別なパートナーだって知ったら、あなたはどう思うかしら?」


「!?」

 やはりそうなのか……

 オレの胸の辺りがヒリヒリと痛んできた。

 

「あとはあなたが今売りこんでるアミューズメント会社……そこの会長と私が親しい関係にあるとしたら? しかもあなたが想像している以上の、特別な関係」

『特別』という所にアクセントを置いて、minaは妖しく微笑んだ。 


 もしや、あの会社への売り込みが上手くいかないのも、minaが裏で糸を引いているせいか……ダニエルも一枚噛んでいるとしたら

 気づけばオレは、しかめっ面をしていた。


「そう、ようやくわかってきたみたいね。これが私の復讐。あなたは同僚にも裏切られ、仕事も失敗して、こんなことが何回も続けばそのうち職も失うかもね……」


「mina……」


 違うんだ、あの時minaと別れたのは、minaのためを思って!

 minaの成功のためにはそれしか無いと思っていたから。

 だから……オレは!! わざと下劣なヤツを演じたんだ。


 そんなセリフが自分の喉まで出かかった。

 でも言えなかった。


 minaはオレの沈黙を、失意ととらえたかのようだった。

 口元に満足げな笑みを浮かべていた。


「ライブ、ちゃんと見ていってね。私の成功した姿を目に焼き付けながら、自分のしたことを後悔するといいわ! 今さら謝ったって、絶対許してあげないんだから」


「さあ、お客様のお帰りよ……ポール!!」

 minaは入り口に向かって大声で警備員の名前を読んだ。


 黒人の警備員が無言でやってきて、オレの手を掴んだ。


「いい、自分で歩ける」

 さらに、警備員が強くオレの手をつかむので、イラついたオレはとっさに身体を捻って、彼の肘関節を極めた。

 そして、ドーンという音と共に、彼は床に転がっていた。


「Oh! Ouch!」


 目を丸くしている警備員と、少し驚いた表情のminaにチラリと目をやって、オレは控室をあとにした。




 minaのライブは大盛況だった。

 会場は総立ちでminaのパフォーマンスに酔いしれ、minaも力強い歌声でそれに応えていた。


 客層を見るとやはり若者が多い。

 腕の太さがオレの二倍くらいある黒人の男性がステージに熱い視線を送っているかと思えば、その隣にはブロンドヘアで眼鏡をかけた落ち着いた服装の女の子がminaの方を指差しながらリズムに乗っていた。


 男性と女性、ちょうど半々くらいか。


 歌詞も「あなたとはもうサヨナラ、未練なんてこれっぽっちも無いわ」とか

「私は生まれ変わったの、世界中の男を魅了してあげる!」

 などと、どこか挑発的な英語が多い。

 そんな所は女性の支持を集めているのだろうか。


 一方、相変わらずのキュートなルックス。

 透明感のある歌声、タンクトップとショートパンツから伸びたすらりとした手足、長い髪を振り乱しながら時折見せる大人の色香。そんな所は男性のファンの心を掴んでいるのだろう。

 日本人女性は、海外に行くとモテるって言うしな。


 オレの席はちょうどステージと出口の間の真ん中ほどの位置だった。久々に聴くエレキギターのサウンドと会場の大勢の人の熱気に酔ったせいか、なんだか頭痛がしたので、途中で帰ろうか、そう思っていた時だった。


 聞き慣れた、ギターのアルペジオの音色。

 今までの重低音のサウンドとは違った、落ち着いた響き。

 この曲……


 minaが紅白歌合戦初出場を果たした曲、『大切な人達へ』だ。


 もちろん歌詞は英語だが、しっとりとしたバラードの調べ。

 オレが何十回と聞いた曲。


 遠い異国の地で、minaはどんな想いでこの曲を歌っているのだろうか?

 なぜか、センチメンタルな気分に浸る、オレ。


 さっきminaに並べられた辛辣な言葉の一つ一つを、思い出す。

 minaはここまで数々の試練を乗り越えて、この舞台に立っている。

 オレへの『復讐』が目的だと言っていたが……


 例え、オレを憎んでくれていても、それでも構わない。

 minaが、こうして元気に歌えるようになったんだ。

 それはとても素晴らしいことじゃないか。


 そう自分に言い聞かせながら、オレは歌姫が歌う華やかなステージにそっと背を向けた。

 

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