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Stella by starlight

 拙作『歌姫と銀行員 第二幕 ~二人の恋の協奏曲~』の第五十五話「サヨナラ、mina」から分岐するアナザーストリーです。


 二人が別れてから二年後、佐伯くん三十三歳、minaちゃん二十九歳という設定です。


 つらい過去を経験したせいか、この小説の佐伯くんとminaちゃん、かなりやさぐれてます。

 でも、根っこの部分は、素直なままの二人だと思うんですけどね……


 かつてオレは、歌姫と付き合っていた。


 紅白歌合戦出場経験のある、若い女性に人気のシンガーソングライター。

 光沢のある長い黒髪、ガラス細工のように輝くアーモンドアイ、愛くるしい口元。

 オレの肩にようやく届くくらいの小さい背丈。


 ある事情で日本の芸能界に居られなくなった彼女は再起を図るため、シンガポールで静養ののち音楽のレッスンを受けることになる。そしてオレは勤めている都市銀行のニューヨーク支社に転勤になった。


 お互いに望んだ別れではなかったが結局、オレが彼女を振った形になった。

 しかもこっぴどく、彼女の信頼とプライドを傷つけるようなやり方で。

 

 ニューヨークへ赴任した当初は、目まぐるしく動く生活の中でも、彼女のことばかり考えていた。

 元気でやっているだろうか……

 失った歌声はきちんと取り戻すことができたのだろうか……

 さびしくて泣いていないだろうか…… 


 しかし、別れてから二年経った今では、そんな彼女の姿も記憶からだんだんと薄れてきた。

 あまりにつらい経験だったから、もう心の感覚がマヒしてしまったのだろうか……

 そしてオレがまた誰かを愛する、そんなことが再びあるんだろうか。


 シンガポールとニューヨーク、地球のちょうど反対側。

 もう、二度と会うことはないだろう。

 そう、思っていた。




 ニューヨーク、マンハッタン地区、ミッドタウン。

 世界一のビジネスの街。世界中の富が集まる場所。


 様々な形のビルが競うように、青空に向かって頭を伸ばす。

 エンパイア・ステートビルで有名なこの街は、世界的に有名な企業の本社や誰もが知るような高級ブランドの本店が所狭しと並んでいる。


 アメリカン・ドリームを夢見る誰もが、一度は目指す街。


 その一角。

 ガラス張りの壁に覆われた、白いタイルのオフィス。

 天井は吹き抜けになっていて、曇りがちな空から漏れた光がタイルを照らしていた。


「せめて、貴方のボスに一度合わせていただけないでしょうか?」

 オレはだいぶこなれた英語で必死に先方に語りかけていた。


「いいえ、それには及びません。この件は私に一任されています」

 ブラウンの髪の毛を短く分けた小太りのドイツ系の男性は、食い下がるオレを無表情で冷たくあしらった。


「そこをなんとか、せめて、一度プレゼンだけでも……」


「くどいですよ、ミスターサエキ。今日の所はお引き取りください」

 相手はもう話は終わりだとばかりに、目線で出口の方を示した。


 はあ……

 この所、かなり売り込んでいた新規開拓先だったんだが。

 しょうがない、今日の所は帰ろうか……


 四月のニューヨークは思いのほか寒い。

 海辺から流れる風が、肌に冷たく突き刺さる。

 オレは、スーツに包んだ身体を丸めながら、オフィス街をとぼとぼと歩いた。




「カズ、その調子だとダメだったみたいだな」


 オフィスに戻ると、すでに外訪から戻っていたらしいダニエルがオレに向かって流暢な日本語で語りかけてきた。


 濃いブルーのブリテッシュスタイルのスーツをそつなく着こなし、丁寧にスタイリングされたブロンドの髪を手で触れながら、こちらに向かって笑いかける。

 過不足無く筋肉がついているのがスーツ越しにもよくわかる。

 そのまま世界的なファッションブランドの広告塔にでも乗りそうなくらいの整った顔立ち。

 オレが女性だったら、例え日本人でも外国人だったとしても、惚れてしまうだろう。

 国際A級クラスの完璧な外見を持った男。


「その通りだ、ダニエル。まるで打開策がない……」

 オレは肩をすくめながら、ダニエルに向かってため息をついた。


「例のアミューズメント会社か……確かにあそこはタフな交渉になりそうだ」


「キーマンの上司に会いたいんだが、取り付く島もないんだ」


「カズ、君も日本じゃ『将来の頭取候補』と言われてたんだろ? そう言いながら何とか切り開いていくんじゃないか?」

 ダニエルはそう言って、いつもするようにフレンドリーにオレの肩を叩いた。

 

「その呼び方はよしてくれ」


「まあ、勝敗は兵家の常だ! 健闘を祈るよ」


 それにしても、ダニエルは難しい言葉を知ってるな。

 東和銀行にとっては現地採用の社員だが、仕事もソツがない。

 アイビーリーグの大学を優秀な成績で卒業したとかで、人脈も豊富でそこから高額の融資や預金の契約を獲ってくることもしばしばだ。


 ダニエルの仕事の腕と人脈なら、もっと大きな会社も望めるはずなのに。

 なんでウチで働いているんだろう。


 さて、そんなことを考えている場合ではない。

 例のアミューズメント会社の案件以外にも、やるべきことはたくさんある。

 オレはダニエルとの雑談に終止符を打って、自分のデスクのパソコンに向かい始めた。




 ニューヨーク、タイムズスクエア。

 観劇、音楽、そして映画など。

 ミュージカルで有名なブロードウェイを筆頭とした、世界中のエンターテイメントが集う街。

 企業の広告やディスプレイ。夜の街に揺れるネオンサイン。

 眠るヒマを与えないほどの娯楽を提供し、訪れる観客を魅了する。


 すっかり日は落ちたが、電光看板がまたたく街は昼のように明るい。

 星空もかすんでしまうほどだ。

 オレは仕事を終え、帰路についていた。


 やかましい映像広告に混じって、人々の喧騒が聞こえる。

 そして時折耳に入ってくる歌声と、甘いリキュールの香り。

 観光客の間をすり抜けながら、オレはゆっくりと歩いていた。


 ふと、聞こえてくる、力強い女性のボーカル。

 どこかで聞いたことのある、透明感のある歌声。


 ん?? この声は、聞き覚えが……


 反射的に音がする方向の大きなディスプレイを見上げる。


 『Pop Princess from Singapore!(シンガポールからやって来た歌姫!)』


 そして、『mina』という大きな文字。まさか!


 そこにはエレキギターのエッジの効いたサウンドに負けないくらいに力強い歌を歌う、小さな女性の姿が映し出されていた。もちろん、歌詞は英語だ。少しシンガポール訛りがあるか?

 アジア系の顔立ち、背丈こそ小さめではあったが、長い黒髪を振り乱してリズミカルにパワフルに自分の想いを届ける姿。


 以前会っていた時はナチュラルメイクの清楚な顔立ちだったんだが、ピンクのアイラインを濃く引いており、それがエキゾチックな魅力を引き立てている。

 白いタンクトップにデニムのショートパンツ。

 前は女の子っぽいワンピースとかが多かった気がするんだけどな……


 少し格好は変わっているけど、間違いない!

 オレがかつて付き合っていた歌姫、mina(ミナ)だ……


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