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五話 憎い恋

 牡丹雪と言えば聞こえは良い。だが、あの日の雪はただの大雪だ。交通網に著しい打撃を与え、朝昼晩のニュースでは、事故を起こした車が何度も報道されていた。でも、あの日以降、天気が崩れることはなかった。ずっと、嫌味なくらいに晴れが続いて、冬を思わせるのは冷たい空気だけだった。マフラーで顔を覆い、コートのポケットに手を入れて歩いても、背中からじんわりと汗をかいてしまう、そんな日が長く続いた。

 人々は口を揃えて「あぁ、太陽が気持ちいいですね」なんて言うが、俺にとっては晴れの日なんてつまらない。だからといって、ずっと雪が降っていればいいのか、ずっと雨が降っていればいいのか、と聞かれたそうではない。

 俺が言いたいのは、変わらない毎日にただの晴れの日なんて味がないということだ。


 今日も今日とて、やっぱり晴れだ。朝のニュースでは、お天気お姉さんが太陽をデフォルメした札を両手でパタパタと振り「今日も、一日頑張りましょう!」と不自然なくらいまぶしい笑顔を浮かべている。

 俺は、そんな笑顔を鼻で笑う。

 それから次は、星座占いのコーナーが始まった。いくつかの星座の発表が終わり、残すは、乙女座と射手座の二つだ。ちなみに俺は、射手座だ。

 占いコーナーの十秒が長く感じるドラムロールがなる。

「ごめんなさい。 射手座のあなた、今日は、残念な一日かも……ラッキーアイテムは珍獣!」

 バッグを肩にかけ、テレビを消した。

 リビングを出て、靴を履き、玄関を閉めて、庭をでる、その間、ずっと占いのラッキーアイテムが気になって仕方がなかった。決して、最下位だった結果を心配しているわけではなく、珍獣などというラッキーアイテムが不思議で仕方がなかった。

 俺にとって、朝、ニュースを見るというのは、一種のルーティンのようなものだ。七時前に起きて、一分のシュールなショートアニメを見ながらパンを齧り、歯と顔を洗ったら最近のニュースを見ながら着替えをし、占いを見て登校。この一連の流れを数年間続けてきて何度も占いを見ているが、その中のラッキーアイテムは、青色のハンカチだとか、えんぴつだとか、新品の消しゴムとかだ。それなのに、珍獣って……

 今日の朝は、神社の狛犬を撫でてから学校に向かった。

 晴れの日のつまらない日くらい、占いに従ってみよう。ただ、それだけだ。


   *


 変り映えのない今日が、あっさりと終わってしまった。放課後を告げるチャイムと共に帰り支度を始め、日が短くなってしまった冬の外を見る。すっかり、外は深い青に染められてしまい、昇降口に建てられている一本の街灯の白い明かりが少しだけ不気味に感じる。

 冬が好きな俺にとって、日が短いというのは、唯一のデメリットなのかもしれない。

「ねぇ、ショウヤ」

 この嫌というほど聞き覚えのある声を聞く羽目になるからだ。

「なに?」

 偽善な笑顔を向けながら、俺の机に両手をつくアヤナの声に答える。すると、アヤナは、辺りに目を配りながら俺の耳元で可笑しな話を囁いた。

「私、みちゃったんだ」

 耳にかかる吐息に体をゾクリとさせ「何を?」と尋ねる。

「誰にも言わない?」

「あぁ」

「本当に?」

「本当に」

 アヤナが生唾を飲んだ音が聞こえた。そして、一度、浅く息を吸ってから、小声だけどもさっきより大きな声量で言った。

「私……ドラゴンみたかもしれない」

 辺りの音がぱたりと途絶えた。決して、ドラゴンという言葉を鍵に、異世界へと飛ばされるなんてファンタジックな物ではない。

 あくまで錯覚。アヤナの口から出た「ドラゴン」という言葉をゆっくりとかみ砕いているだけだ。

 ドラゴン――巨大な体に硬い鱗、全てを切り裂く爪に、どす黒く輝く牙、口からは炎を吐き出し全てを焼き払う。

「何言ってんだ、お前」

 アヤナから一歩体を引き、冷めた目で見る。だけども、アヤナはイタズラに笑っているわけでも、好奇心に目を輝かせているわけでもなかった。

 唇をぎゅっと閉じ、どうしていいか分からないかのように目を泳がせている。

 その姿には、一種の苛立ちを感じた。いろいろな色を混ぜ合わせ黒ができるように、様々な感情が入り混じって苛立ちという淡白な感情が現れた。

「信じてよ、本当なんだって」

 俺は、バッグを肩にかけ、席を立つ。

「じゃ、色は? 大きさは? どこでみたの? 匂いはした? 良く殺されなかったね。 警察には通報したの? あ、自衛隊の方がいいんじゃない?」

 俺は、吐き出したい言葉の暴力を嫌味な質問に置き換えて、べらべらと一方的に言い放った後、教室の引き戸へと向かった。教室を出る少し前に、泣いてしまいそうに思えるほど小さな声で一つだけ答えが返ってきた。

「翼が折れた竜だったよ」

 答えを聞いても、俺の苛立ちの底に隠れた感情を知ることは叶わなかった。

 昇降口の扉を開けた時、冬の冷たい風が俺を拒むかのように強く吹きつけた。その時、朝のテレビで見た占いを思い出す。

 ラッキーアイテムの珍獣は、狛犬なんかではなかった。

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