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二話 居場所

  いつもなら午前中だけをこの公園の東屋で過ごすのに、今日は学校に行く気すら失せてしまい午後一時になるころには、自宅のアパートへと戻っていた。

 駅から自転車で三十分はかかる場所にあるアパートは、淡い黄色の壁で、一階に大家さんの部屋を含め四部屋、二階に四部屋ある小さなアパートだ。

 「ただいま」と言って扉を開ける。だが、誰からも「おかえり」は帰ってこない。

 カーテンを閉め切っている部屋は、薄暗く、付けっぱなしにしていたテレビの明かりが不自然に部屋の中を照らしている。

 この部屋に戻ってくるといつも殺風景な部屋だなと思う。一人用のこたつとテレビ、小さな本棚いっぱいに詰められた本があるだけの部屋だ。

 本当なら、幼馴染がプレゼントしてくれた観葉植物が本棚の上に飾ってあったのだが、気づいたときには枯れていた。

 制服から部屋着に着替えるのも億劫に感じて、コタツに入り、流れているバラエティー番組に文句を溢していた。

 分かっている。高校二年生にとって、今いるアパートの環境が、精神的にも肉体的にも不健康であることくらいは。

 でも、仕方がないのだ。十七歳である俺になくてはならない存在が欠けてしまっている以上、俺は、不健康な社会から抜け出すことはできない。

 愛を知らずに生きることが、こんなにも惨めで、憐れなことだと幼いことの俺は知らなかった。

 もう、これ以上、説明する必要もないだろう。

 俺に両親はいない。ただ、それだけのことで――そのせいで、俺は、社会からのけ者にされている。

 

 プルルル――


 俺の思考を遮るようにして、スマホの着信音が鳴る。画面を見ると<瀬戸 アヤナ>の文字があった。電話を取ろうか悩んでいるとプツリと着信音が途絶え、数秒後再び鳴り出した。

 俺は、スマホをソファーに投げて、目を瞑った。

 耳鳴りのように鳴り続ける着信音は、俺を意味もなく苛立たせた。


   *


 目を覚ましたのは、辺りが黒に染められてからだった。最初は、カーテンを閉めっぱなしにしているから暗いのかと思ったが、カーテンを開けても室内を照らすのは、テレビの白い明かりだけだった。

 すると、家のチャイムが鳴った。そして、玄関の後ろから小さな声で「ショウヤ、いるの?」と声が聞こえる。

 この時間に俺の家まで訪ね、名前を呼ぶ奴など一人しかいない。寝すぎで気怠い体を無理やり起こし、玄関を開けると、やっぱり、想像していた通りの奴が立っていた。

 ボブショートの黒髪に、中学生のような身長と見慣れた高校の制服を着て、猫のようなつり目で俺を睨みつける<瀬戸 アヤナ>だ。

「なんで、電話なかったの!」

「うるさいな。 充電なかったんだよ」

 その時、ピロリンと場に合わない軽快な電子音でメールを告げる通知音が鳴り、アヤナが頬を膨らませる。

「充電あるじゃん!」

「別にいいだろ。 なんのようだよ」

 俺は、こいつが嫌いだ。初めて出会ったときからずっと嫌いだった。

 小学生の頃、不愛想で誰も相手にしなかった俺にべったりとくっつていて離れなかったこととか、血縁関係でもない俺を家族の一員としようとするところとか、俺に文句を言われると目に涙を浮かべるところとか、全てが嫌いだ。

 ほらみろ、今だって、目に涙を溜めて、あと一押しすれば大泣きする。だが、俺もそこまで、鬼ではない。彼女を泣かして、冷酷にドアを閉めるほど嫌ってはいない。

 大きくため息をつきながら、部屋に彼女を招き入れる。

「入れよ、そこに居てもあれだろ」

「……うん」

 アヤナは、涙を拭いながらトボトボと部屋に入り、定位置であるベッドに腰かけ、また、俺を睨む。

「はぁ……で、今日は、なんだよ」

「学校、何で来なかったの?」

「行きたくなかったからだよ」

「駄目だよそんなの」

「誰が決めたんだよ」

 俺の言葉に、アヤナは、思い切り枕を投げつけてくる。

「いつも屁理屈ばっか! 私が決めたの! 学校には、来なさいって言ったじゃん!」

「は? 俺は、お前の所有物じゃねーんだよ。 それに、俺は、施設の人間じゃないんだ」

 本当は、もっと早くから一人暮らしをしたかった。でも、周りはそれを許してはくれなかった。一人暮らしでさえ許してくれないのに、俺にも膨大な量の縛りを与えられた。それが、憎くて仕方がなかった。

 だから、こうして高校生になって、ある程度のことを自分の力で解決できるくらいにまでなってから、一人、という道を選んだのだ。

 もう二度と、施設の人間、などという肩書を持ちたくなかった。

 俺は、続ける。

「もう、嫌なんだよ。 誰かから縛られるのは、誰かから哀れられるのは」

 アヤナは、黙って唇を噛みしめていた。

 彼女が、俺にべったり懐いている理由ややけに家族を強調してくる理由が、優しさからであることは十分に分かっている。

 十数年前は、その優しさに甘え、彼女に好意を寄せていた頃もある。だがそれは、ずっと遠い過去のことで、今となっはよく思い出せない色あせたものになってしまっていた。

 俺は、投げてあるコートを着て、玄関のドアを開ける。

「送っていくよ。 明日は、学校に行くから」

 彼女は、何も答えないで玄関を出た。

 今日の夜は、いつも以上に冷たい空気が吹いていた。クリスマスに近づき、街並みは色鮮やかに彩られているというのに、冬の灰色を根本から消すことはできていない。

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