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番外:想いニ方(ふたかた)7

「ふーっ、ふーっ」


 荒く息を吐いて横たわる国王のベッドサイドで、ミーチェを囲んで男たちはお茶を飲んでいた。


「いいか、国王の病状については緘口令を引いている。外部に漏らすなよ」


 上から目線で踏ん反りかえっての命令口調だが、ディーダの姿は訓練直後よりもさらにボロボロだった。金髪の髪は完全に乱れ、鳥の巣状態。いつもは皺ひとつない詰襟の軍服もボタンがはじけ飛んでいた。

 当然、ガルグを取り押さえようと飛びかかった護衛兵たちごと返り討ちにあった結果である。


「病状も何も、ただのぎっくり腰なのだろう。寝ていれば治るものではないか」

「ただのぎっくり腰じゃない、心身性のものなのだ。だから回復せず療養が長引いていらっしゃる」

「心身性? さっき言っていた失恋か?」


 ディーダはそうしてちらりとミーチェに目をやった。

 ミーチェは膝の子犬を撫でながら、ゆったりとカップに口をつけている。

 子犬は長距離の逃亡旅ですっかり疲れ切り、ミーチェの柔らかい膝の上で仰向けになってプゥプゥと寝息を立てていた。


「ただの失恋であればいいのですが」


 窓に目を向けてはいるが、その青い瞳は遥か遠くを眺めていた。


「どういうことなのだ」


 子犬を軽く睨みつけたあと、ガルグはベッドに横たわる国王に目を向ける。

 王は青ざめ、脂汗を浮かせていた。腰が痛くて仰向けになれないらしく、腰の下に薄く毛布を敷いて横になっている。薬を飲ませたので寝ているが、痛みのせいで息が荒い。

 ミーチェも父を見る。

 そうして、フッ、と笑いにも似た息を吐いた。


「自分の妻にストーカーして、ぶたれてショックを受けてぎっくり腰になったなど、国民に言えるはずがありませんわ」


 嘲る笑顔と、見下すような視線に冷気が混ざっている。


「陛下……おいたわしや」


 目頭を押さえるディーダとは反応が対照的。

 この温度差はなんだ。

 絶句しながらガルグは戸惑った。


「待て。妻とはどういうことだ」

「わたくしのお母様……つまり王妃ですわ」

「それは分かっている。お前の母は死んだのではなかったのか」


 ガルグとミーチェが出会ったのはミーチェが一歳の頃だった。その頃すでに王妃がミーチェの元に居なかったことは知っている。そして国王が後添えを迎えず、王妃一筋と独り身を貫いていたことも。


「お母様は生きています。だからこそこの城で王妃の話題は禁句なのですわ」

「悪いがイチから説明してくれ」

「……それは」


 とたんにミーチェの口が重くなった。


「……私が説明しよう」


 代わりにディーダが口を開く。


「知っての通り、王妃様は大きな商家の出だった」

「そこまで戻るのか」

「いいから黙って聞け。……陛下は王子時代、当時一般人だった王妃様を見初めた。その後十八歳の時、陛下は貴竜祭闘技大会に自ら出場。優勝し、そこで結婚を申し込んだんだ」

「その話は聞いたことがある」


 王子と娘の恋愛、そしてロマンチックなプロポーズに、当時国中がその沸いたと聞く。

 そのせいで「王女の結婚相手も、十八歳になる今年の貴竜祭で探そう」という流れになってしまったことがガルグにとって気に入らない出来事だったのだが。

 しかし、王と王妃の馴れ初めのこの話が、一体国王の失恋に一体どうつながるのだろう。


「王妃様は、陛下との結婚を望んでいなかったのだ」


 苦しそうに胸を押さえ、絞り出すディーダの声は苦渋に満ちていた。


「……は?」

「だから、この結婚は、王妃様の希望ではなかったのだ」

「待て。ミーチェの両親は相思相愛ではなかったのか?」


 ドラマティックなプロポーズ、その後の結婚……流れだけなら熱愛の末だと思うには充分だ。間違いなく国民の大半はそう思っているのではなかろうか。……それが違うとは。

 遠くを見つめたまま、虚ろな笑いでガルグに答えたのは、当の両親から生まれたミーチェであった。


「ご想像できるでしょうか……嫌だと言っているのにしつこく求愛してくる猪突猛進で人の話を聞かない愛情深い(冷笑)王子。勝手に出場した大会で優勝し、聴衆の面前で求婚され蒼白になる娘。大歓声の巻き起こる会場、断れない空気。諸手を上げて喜ぶ両親と親戚一同。逃げることもできずに迎えた婚義はまるで自分の葬式のよう。嫌々床を共にした末なんとか後継ぎを産むことができ、これで役目は果たしたと旅に出る王妃……」


 ふふふ、と笑う王女の眼は全く笑っていない。いや、得体の知れない怒りにもまみれている。


「この事実を知った時のわたくしの気持ち……お分かりになりますでしょうか」

「いや……なんとも言えんな……」


 気まずく眼を逸らすしかガルグにはしようがない。

 しかし小姓として、幼い頃から王に仕えていたディーダはまた違った立場にいるようだった。


「陛下、おいたわしや……」


 目頭を押さえ、首を振る。

 それをキッ、と睨んでミーチェは立ち上がった。


「ディーダ! 貴方は昔からお父様に同情的ですけれど! こんなのただの気持ち悪いおっさんですわよ! 政略結婚するなら堂々と権力を振りかざせばいいものを、気持ち悪い一方的で無自覚な愛情でお母様に迫って逃げ場を無くすなど! しかもお母様の居場所をしつこく嗅ぎまわって再度求婚するなんて情けない!」

「ミーチェ様、陛下の気持ちをお汲みください。好きな女性と共に生きたいと居所を探るのはそれほど罪でしょうか!」

「逃げて身を隠す女性の居所を探ったら立派なストーカーです!」


 びしいっと指を差すミーチェの言い分は圧倒的に正しい。


「わたくしを産んでくれた両親には感謝していますし、国王としてのお父様は尊敬していますけれど、これは到底許容できませんわ。男としては最っ低です」

「ぐっ」


 と、ベッドから喉に何かを詰まらせたような声が聞こえた。見れば寝ているはずの国王が眉をしかめて胸を押さえている。


「……お父様、寝たふりしないで起きなさいませ」


 相変わらず父に厳しいミーチェの声。

 渋々といった風に薄く目を開けた王は、娘の言葉の矢が刺さった胸を抑えながら、苦し気に漏らした。


「父の心、お前には分からぬのか……!」

「貴方を崇拝しているディーダがいるからと、今さら口調を戻す浅はかな王の心はわたくしには分かりませんわ」

「さっき気持ち悪いって言ったくせにー!」

「うっさいですわ! ミジンコに食べさせても栄養にならない恋心など忘れてさっさと復帰なさいませ! 仕事が滞って大臣たちも大迷惑ですわよ!」


 親子喧嘩が再発した。

 それどころか、王妃の話題で父への嫌悪感を表面化させたミーチェはさらに容赦なくなっている。


「嫌だもん! 腰が治ったらまた王妃に会いに行くんだい!」

「! 凝りもせず……! 王として責任を全うしなさいませ!」」

「僕、もう退位する! 娘も婿をもらったし、これからは愛に生きるんだい!」

「何を血迷ったこと、を……!?」


 目を吊り上げたミーチェは途中で驚愕に言葉を切った。

 退位する、と迷い事を発した王が力強く拳を握った、その手にあるものを見たからである。

 それは、手のひらサイズの、割れて欠けた鏡。


 魔鏡。


 その正体をミーチェが理解した瞬間、鏡から青い光がほとばしった。


「……しまっ……!」


 同時にミーチェたちは思った。


 ――魔鏡のこと、忘れてた。

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