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番外:想いニ方(ふたかた)3

「うわぁ……きっと軍から情報が回ったのね。ガルグ様、大会後はは姿を見せなかったから」

「てことは、今ここに、ガルグ様を狙う女性たちが大集合……?」


 中庭のあちこちに隠れる女性の姿に、女官たちは引いた。

 しかし仕方のないことだった。


 キチューゼルでは強いものが好まれる。

 大会の優勝者など、婿にしたい候補ナンバーワンの代表格であった。

 強さだけではない。女性が夢中になったのは、何といっても彼の人目を惹くその容貌。

 大会で見せた人の域を外れる筋力とは対照的に、彼の造形は美しく精悍に整っている。

 端整で美しい顔立ちなのに、煌びやかさとは無縁である理由は、瞳。

 宝石のように透き通った琥珀だが、瞳の光は冷たく、そして吸い込まれる程に力強い。彼の姿を芸術作として形にしようとしている芸術家たちは、ガルグの瞳を「氷炎の琥珀」と密かに呼んでいた。

 めったと変わることのない表情は、揺るがぬ精神を象徴しているかのように恐れられ、止まない憧れを抱かせる。


 また大会の優勝賞品として、自己の利益でなく国と王女の利益を求めた精神は、老若男女問わず支持された。

 計算ではないことがはっきり分かる、恬淡で誠実な言葉はあのとき会場にいた民衆全員がしっかりと聞いている。

 強さ、美しさ、精神。

 この優勝者が誰であろうと、どんな出生を持とうと構わないと思わせるほどの魅力。

 有力者はこぞって彼の身元を探り、手元に置こうとした。目端の利く商人もそうでない商人も、なんとか繋がりを持とうとした。


 しかし、大会後、優勝者は名前も公表されぬまま、煙のように姿を消してしまった。

 王族を除く人々が必死に彼の行方を捜す。

 口から口へと伝えられていくうちに彼の強さは誇張され、美談化されていった。弥が上にも高まるガルグの価値。


 そんな彼に、結婚相手を探す女性たちが食いつかない訳がない。


 今回、王家を通じて彼が軍に呼び出され、それに応じたという情報はおそらく一般の兵から漏れたのだろう。

 城には一般の者でも入れるエリアが存在する。今ガルグがいる回廊は、軍の演練場からも繋がる、一般に開放された唯一の場所であった。


「見えるだけでなかなかの数よね……他にもかなり隠れてそう」

「獲物を狙う獣みたいな目をしてるわ……」


 魔獣の王を狙う獣の女たち。

 笑えない構図に女官たちの頬は引きつった。


 そんな『獲物』のガルグだが、ミーチェたちからその表情を伺うことは出来なかった。

 ただ、嬉しそうに笑う相手の女性の顔が見えるだけ。

 蔭でひしめき合う令嬢たちの存在は当然分かっているだろうが、ガルグの背中には警戒した様子は全く感じられない。


 ミーチェは黙って女官の肩の向こうに見える恋人の背を見つめた。

 一体、彼はどんな顔で彼女と会話をしているのだろう。


 彼の、自分への気持ちは疑っていない。けれどミーチェは、異性と言葉を交わすガルグも、異性から明らかな好意を向けられているガルグも見たことがない。

 階下の令嬢は、女のミーチェでもときめいてしまいそうな可憐な恥じらいの笑顔をガルグに向けている。

 嫉妬ではない、と思う。けれどどうしてか胸のあたりがもやもやする。 


「おうじょー、顔が不細工になってますよー」

「……うるさいですわ。わたくしの顔は元々こんなのです」


 ぷいとそっぽを向いた。

 そして窓に背を向けた。

 王女の仮面を剥がした顔を外から見られる訳にはいかなかった。きっと今、自分は、女官の言う通りすごく不細工な顔をしている。


「……あの方は、わたくしのですのに」


 ぽつりと零れた言葉は、女官に聞かれることはなかった。

 それは、突然の風に開かれた窓と、女官たちの小さな悲鳴にかき消されたからだ。


 緩く巻かれた青い髪が、ミーチェの顔と身体を囲うに風に舞い、思わず目を閉じる。

 風が収まり、薄らと目を開いたミーチェの視界に見えたのは、青い髪の隙間から延びて自分を包む、見慣れた腕。


「ミーチェ」


 背中に当たる体温と、甘い声。

 ミーチェは反射的に顔を染めた。

 自分のことをこんな声で呼んで、触れてくるのは一人だけ。


「……一階にいらしたんではなかったんですの?」


 胸がじわりと温まった気がしたのは、きっと先ほどまで心に隙間風が吹き込んでいたせいだ。不細工な気持ちを知られたくなくて、返事ではなく質問を口にして誤魔化した。


「声が聞こえた」


 だから来た、と彼は言う。

 階下では、唖然とした令嬢たちがミーチェたちがいる窓を見上げていた。


「ここまで、結構高さがあったような気がしますけど……?」

「大したことはなかった。一度地面を蹴れば届いた」


 二階とはいえ、階下の回廊の天井は高い。ここの床は、普通の二階の天井の位置になる。普通なら三階分にもなる高さのここまで一蹴りとは。


「人前でそんなことしていいのかな……」

「人じゃないってバレない……?」


 女官は階下の女たちの様子を見下ろしながら囁き合っている。


「このくらいやってのけると初めから思わせておいた方がいい。――それより、先ほどの話だが」


 どきりとした。「灸を据える」と囁かれた彼の低い声を思い出す。


「魔道具の保管庫ことだ」

「……魔道具の?」

「ああ」


 意外な単語に思わず聞き返してしまった。

 城の東には魔鳥討伐でも使った魔弓など、魔道具が保管されている倉庫があった。何やらそこを確認したいということで、彼は先ほど一人で向かったのだ。

「案内しますわ」と申し出たミーチェに、ちゃんと休憩を取るように言ってさっさと彼は出て行ってしまった。


 ただの狼と思われている彼に、当然ミーチェは入庫の許可を与えていない。兵も、狼が見学に来るなどとは思っていない。つまり、彼は勝手に保管庫に入ったのだ。

 国王直属の近衛兵に厳重に警備されている保管庫なのに、何とも複雑な気分だ。


「警備体制の見直しが必要ですわね」

「人には有効な警備かもしれぬが、獣には無効だな。穴だらけだ」

「そんなもの想定していませんわ……」

「まあいい。聞きたいのはそれではない。ミーチェ、あそこに保管されているのは、魔弓だけではないだろう?」

「ええ、過去に作られ王家に納められたものが全て集められていますわ。どんな小さな物でも、普通の人間には理解できない作用を及ぼすものですから」

「そうだな。対処としては正しい。あやつもそう言っていた」

「あやつ?」

「――ミーチェ様!」


 張りつめた声が廊下に響き渡った。

 見れば、ボロボロの姿のディーダが階段を上り、ミーチェに駆け寄って来るところだった。


「ディーダ! どうしましたのその恰好!?」

「恰好は関係ないのです! それよりもミーチェ様、大変です。魔道具が――保管されていました魔鏡が持ち出されました!」

「なんですって。一体誰が」


 まさかガルグが? と振り返ったが、視線で否定をされた。

 ディーダは一度答えるのをためらったように息を止めていたが、覚悟を決めたように口を開いた。

 緊急事態に悩んでいる暇はない、という様子にミーチェも無意識に唾を飲み込む。


「盗み出したのは――城で飼っている子犬です」

「――は?」


 思わぬ言葉に、ぽかんとしてしまったミーチェのことは、誰も責められない。


 思考は停止したが、とりあえず警備体制について、獣の侵入を想定したものに即変更せねばならないということは頭の片隅で理解した。



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