ミョリョノの村へようこそ
俺は勇者が来るのを待っている。
ただひたすら。
勇者が来たら俺は伝えなければならない。
「ミョリョノの村へようこそ」と。
今日も待つ。
いつ来ても良いように練習は欠かさない。
「ミョリョノの村へようこそ」
「ミョリョノの村へようこそ」
「ミョリョノの村へようこそ」
「ミョリョノの村へようこそ」
一日千回。
それが俺が自分自身に課したノルマだ。
今日もひたすら練習する。
いざという時に緊張して噛んだら大事故も良いところだ。
「ミョリョノの村へようこそ」
「ミョリョノの村へようこそ」
ふと気が付くと、凶悪そうなゴブリンが俺の前に立っていた。
何故、村の中に?
だが俺にはどうすることも出来ない。
ゴブリンは辺りをキョロキョロしている。
そして俺に近づいてくる。
恐怖で心臓が破裂しそうだ。
「ミョリョノの村へようこそ」
「ミョリョノの村へようこそ」
「ミョリョノの村へようこそ」
「ミョリョノの村へようこそ」
「ミョリョノの村へようこそ」
「ミョリョノの村へようこそ」
俺は念仏のように唱えた。
心を無にし、ただひたすら唱えた。
ゴブリンが俺の鼻先三寸にいる。
そしてクンクンと俺の臭いをかぐ。
「ミョリョノの村へようこそ」
「ミョリョノの村へようこそ」
「ミョリョノの村へようこそ」
「ミョリョノの村へようこそ」
「ミョリョノの村へようこそ」
「ミョリョノの村へようこそ」
今度は神に祈りながら唱えた。
それが神に届いたのか、ゴブリンは俺から興味を失い、どこかへ行ってしまった。
助かったのだ。
それから長い年月が流れる。
俺は毎日の日課をこなしながらも、半ば諦めていた。
勇者など、この村には来ないのでは無いかと。
・・・しかし。
来た、勇者が来た。
キタァァァァァ。
ついに、ついに勇者がこの村へやってきたのだ。
そして俺はついにあの言葉を言う時がやってきた。
「ミョ」
勇者は俺が言葉を言い切るよりも早く、颯爽と素通りして行った。
終わった。
・・・俺の役目は終わったのだ。
ん?
勇者の仲間だろうか?
一人の少女が俺を見ている。
俺の役目は終わってはいなかったのだ。
「ミョッ冷たい!」
俺は水鉄砲をくらいその場から立ち退かされた。
その後、俺が勇者を見かけることは無かった。
勇者はこの辺境の村での些細なイベントを、あっという間に済ませたのだろう。
だが、俺は今日も日課を欠かさない。
「ミョリョノの村へようこそ!」