ゲーム開始 Ⅳ
「バナナ……俺のバナナ」
そう言って近づいてくるゴリラ。広樹はゴリラと少し距離を取った。近づくといつ踏みつぶされるのか分からない。
ゴリラが歩くたびに床は揺れる。
「早く笛を吹かないと」
赤い笛を持ち鳴らそうとした。
「俺のバナナァ……」
そう言いながらゴリラは腕を伸ばし、遠く離れた広樹の笛を奪った。取り戻そうとするも広樹の腕はゴリラほど長くはない。ゴリラと距離を取りすぎたか、次は近づくことはできない。広樹は何も出来なかった。
その時、広樹はふと、弓矢があれば、外から攻撃出来たのではないかと思った。
「あぁ……。最初に選んでれば……」
そう思うが、弓矢を選んでいたら蛇人間の時に何も出来なかったはずだ。そこで広樹は考えた。
ここはゲームの世界だ。もしかしたらおまけか何かの弓矢が何処かにあるかもしれない。周りを見渡してもゴリラしかいない。他にドアも箱も倉庫も何もない。探しようがない。
「なにかないか……。ここから瞬間移動が出来たら、笛を取り返せるのに」
ボソッと呟いた事で広樹は気付いたのだ。
もしかすると、ここでは魔法が使えるかもしれない。
そう思った瞬間、広樹の体が浮き始めたのだ。瞬間移動では無いが、空を飛んだのだ。
自由自在に動くことができる。
広樹の思い通りに体が動く。
広樹は笛を取り戻そうとゴリラの手を切ろうとした。大きく青い剣を振りかざす。
「うおぉ……おぉ……」
苦しそうな声を出すも、ゴリラの腕は固く笛を持つ力が強くなった。
広樹が笛を取り戻そうと引っ張るが力が強まり取ることができない。
「バナナバナナ」
ゴリラはバナナが欲しいと繰り返す。自分のバナナを探しているらしい。広樹は辺りを見回しバナナを探す。
しかし、ここは体育館のような場所。
バナナなどあるはずもないのだ。
広樹は自分が跳べていることをふと思い出す。ここはゲームだ。バナナだって出せるかもしれない。腕を広げてバナナをここに出すように広樹は願った。
だが、何も起きない。
「可笑しいな。やっぱ無理なのかな」
何か他に策を考えようと頭をひねった瞬間。天井からバナナが降ってきた。それも一つや二つじゃなく大量だ。
その所為で飛んでいた広樹はバナナに埋もれて下へと落ちてしまった。バナナに埋もれたまま身動きが取れない。
「バナナァァ」
ゴリラは叫びながらバナナを皮ごと口の中へ放り込んで行く。それと一緒に広樹はゴリラの口の中へと放り込まれて行った。
辺りは真っ暗だ。
大量にあったバナナはどこにもない。何も見えやしない。広樹の頭に何か小さなものが当たった。
笛だった。自分のあの赤い笛なのかはわからないが、広樹は笛を一つ吹いた。
泥人間はすぐさま現れた。だが、辺りが真っ暗で声しか聞こえない。
「ランプはないのか」
「私は何も持ってないです」
広樹はため息をつき、手を前に出した。そして何か灯りが出るように念じる。
やはり、ここは魔法が使えるゲームなのか、広樹の手から一つの懐中電灯が出てきた。
泥人間は驚いた様子で広樹を見ていた。
「広樹さんは魔法が使えるんですか……!?」
「いや、ここゲームだからそんな能力がついたんだろう」
広樹は笑いながら答えるが泥人間は険しい顔をして言った。
「今まで、誰一人として魔法を使えた人はいないんです。みなさん何度願っても、なんら変わりは出ませんでした」
なんとも簡単にこなした広樹にとっては物凄く不思議だった。だが、広樹は深く考えなかった。
だってここはゲームの世界だから。
魔法使いがここを作ったのなら魔法が使えたって不思議ではないのだから。みんなが使えなかったのはセンスとか願い方に問題があったのだろう。
「まぁ、ゲームの世界だからな。真剣な顔すんなよ。俺魔法なんて使えないしさ。早く先急ごうぜ」
広樹がそう言っても泥人間は何も言わなかった。広樹は立ち上がり奥へと入っていく。
ゴリラに飲み込まれたはずなのに何故か真っ直ぐに道は続いている。暗い大きな洞窟のように感じる。奥からは変な音まで聞こえてくる。行きたくなくなるような音。
「……グゥォァ」
なにか怪物のイビキだろうか。俺は少し足を止めた。
そして、前には二つの分かれ道。音はどちらから聞こえてくるのだろうかと耳をすます。
「……音がしない?」
俺は左の穴の前に立つ。その時だった。
広樹の頭上から何やら臭いのきついべたべたした水が垂れてくる。よだれのようなもの。
恐る恐るに広樹は上を見る。
そこには真っ黒のドラゴンのような怪物が広樹を見つめていた。
「……逃げた方がいいのか」
広樹は後ろに下がろうとするも、泥人間はドラゴンを見つめて動かずに言った。
「じっとしてて下さい」
「こんな状況で……?」
「黙って下さい」
じっとドラゴンと見つめ合う。ドラゴンの臭い鼻息が広樹に当たっている。
「……もう無理!!!」
五分も経っていない。広樹は臭さに耐えられなくなり左の方へと走って逃げて行った。
だがドラゴンが付いてくる。
音がしたり、動いたりするものに反応するようだ。
「広樹さん! 剣に力を込めて切って下さい!」
後ろから泥人間の指示が聞こえた。
ドラゴンはゆっくり歩いて広樹の元へと近づく。広樹は立ち止まり剣に力を込めた。
どんな風に込めればいいものかと分からないままドラゴンを倒すことだけを考えた。
「剣が……光った!?」
ドラゴンを倒すことを考え力を入れると剣が青い光に包まれた。それと同時にドラゴンが広樹を食べようと顔を寄せる。
「今です!」
泥人間のこの声とともに広樹は剣を大きく振りかざした。キシャと嫌な音を立てドラゴンの首がゆっくり落ちる。
広樹は首に近づき、触れてみた。
ネバネバと黒い液体のようなものが広樹の手についてしまう。そして何故か徐々にドラゴンの顔は溶けていった。