ウェル南の決闘
『あたぁーしぃーはー木ぃーをー切るぅー!トントントーン!』
「とんとんとーん。」
『トントントーン!』
「とんとんとーん。」
『ハガーはー矢ーを作るぅー!カンカンカーン!』
「かんかんかーん。」
『カンカンカーン!』
「かんかんかーん。」
『よーさっくぅー!!よー…』
「もうこっち終わったよ。」
『は?どう聞いても今から気持ちよくサビなんですけど?空気よもーぜ?』
「こちとらエンドレスで与作聴かされて若干お脳がおかしくなりそうなんですが。」
『しぃーらぁーなぁーいぃーしぃー!大体さ、か弱い女子に?手斧で?木を切らせるなんておかしくない?おかしいよね?』
「だって、有り金はたいたハンドアックスは貸せないっていうし、エリーさんs=a>v型だから間違いなく俺より力あるし、なんなら俺、木にすらダメージ出せないかもしれないし。」
『ちょぉーっと男子ぃー!じゃあ何?ハガーはなんなの?ハガーとかいうマッスルボディの権化みたいな名前のくせに全くのノーマッスルなの?どうして?え?なんの役に立つの?』
「もともと葉隠であってハガーじゃないんだけどな!まぁ確かに、こんなステータスじゃ何言われても仕方ないんだけど…予定では、アイツを倒せる…はず。」
ウェル南マップ、南東付近にある小高い丘に自生している木を切り倒し、細かく分解しているエリーさんの横で、マップ中央付近で相変わらずド初心者らしい放浪者をぶっ飛ばしているボスひよこを見据え、俺は完膚無きまでに叩きのめされた先日のリベンジを改めて誓っていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
昨日の砦での騒ぎから数時間後ーーー。
『オハヨーッス。』
「ん…あぁ、おはよ…。」
若干ながらお金に余裕があり、宿屋に泊まって風呂に入って足を伸ばせるベッドでゆったり眠ったエリーさんと、例のブツを守るために路地裏で壁にもたれかかり眠っていた俺の間には、どう考えても体の疲労感に差があるような気がするのだがステータス上はなんら問題はなかった。
夜明け前の人々もまばらなウェルトリアに、間もなく朝がやってくる。
今の俺達にとって計画が露呈してしまうことほど面倒なことはない。
朝靄のかかった町の裏路地で、俺達は今日の流れを簡単に、かつ、手早く打ち合わせる。
『で?今日の計画は?』
「木を伐る。」
『アーハン?』
「で、矢を作る。」
『アーハー?』
「ほんでぽむぽむぴよこを討伐する!」
『んー…すんごいシンプルチャートでお送りしてるけどさぁ…無理くね?ほんとにレベル差ひっくり返せる?』
「…イケるよ?…うん…イケるイケる。」
『…目がだいぶ楽しそうに遊泳してるけど…ぽむぴよ帽の件、わかってんでしょうね。』
「もち。コレでだめなら腹案がある。」
『聞かせてみ。』
「ひみつ。」
『ないな。』
「あるし。」
『…ま、いいや。とりあえず木は伐る。けっどっも…ほんとに伐れるのかね??【木こり】じゃないのに。』
「そこが一番のネックなんだけど、やってみるしかない。」
『なるほど。考えてもしゃーないか。よーし、ほんじゃ、さっくりいってみよ!』
布で隠された怪しげなカートを引きながら、門の前に立つ衛兵を笑顔とエリーさんの次々湧いてでる嘘八百でごまかしつつ、足早に俺達はウェル南フィールドへと向かった。
当然、腹案などはハッタリなので、一発勝負で成功させるしかない訳だが、またゲームとしての根底をひっくり返す案件ともいえる「適性がないものが手斧で木を伐採して木材が得られるのか問題」がクリアできるかにかかっている。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
元来、「木を伐採する」という行動は、【木こり】の職業に属している、または過去に属していて一定の熟練度を得ている必要がある、というのがこのゲームの大前提である。
その際に斧系の武器を装備していると伐採の成功率、および、木を一本伐ることで入手出来る素材【木材】の入手本数へのボーナスが入るのという流れである。
の、だがしかし。
そう、お気付きの通り、そもエリーさんは【商売人】で【木こり】ではないし、俺に至っては未だ何の職業にもつけていないバリバリのフリーターなのだ。
つまりこのゲームにおいて「木を伐るための前提」を満たせていないのである。
だが、我々は木の伐り方を簡単にではあるものの現実世界直輸入の「知識」として知っている。
この世界がゲームだった時には「制約」されていた行動を、今の我々には出来る準備がある、ということなのだ。
無論、確定ではないが予感はあった。
エリーさんに初めてあった時の牛乳缶アタックである。
あれもある種のこれまでは「制約」されて出来なかった行動であって、にもかかわらず、しっかりとダメージが入った行動という点で見れば木の伐採も同じような行為にあたると俺は踏んだ。
さらに、今朝、宿屋で休んでいなくとも、路上で寝泊まりした俺のステータス状態は、個人的な気分はともかくすこぶる快調だった。
これは、宿屋でしか出来なかった「寝る」という行動が、その辺の路上でやってもちゃんと成立したということを指すのではなかろうか。
まぁ、今の俺が雑魚すぎたからこのような結果になっただけで、高ステータスになった時に野宿と宿泊の間に差異が生まれるのかもしれないが。
やや話が脱線したが、以上のことから導き出された新たな仮説は、【ゲーム時代には設定されていなかった、又、前提を満たしていない『行動』であっても、やれば出来ることはやれば出来る】である。
なんか見たことない薬草の調合や、魔法の行使などといった現世の知識では実行できないことは無理だとしても、今回のキーとなる「木を伐る」「矢を作る」は出来る…はず。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
予測は半分当たり、という形だった。
木を伐る事はできたがアイテムとしての【木材】にはならなかった。
バターン!と木は倒れたっきり、アイテム欄に【木材】としては出現せず、ただ、そこにある「倒れた木」になったのだ。
アイテムとしては入手していないが、実際にそこには存在している、という現象が起こったわけである。
無論、そこからそれっぽい矢を創り出すこともできた。
だが、これにより、ぽむぽむぴよこ討伐のロードマップが完成した。
【設定が存在しているものは、例え「将来的」に実装されるものだとしても、使用はできる】。
【実装の有無を問わず、攻撃の一環として行った行動には内部的にダメージ判定が入っている】。
ぽむぽむぴよこを倒すにあたって、我々の最大の課題はダメージソースであった。
現環境で最強の武器、エンシェントファングがあればあるいは、というところだが、まず近づいた時点でどうやってもぽむぽむぴよこの反撃に耐えられない。
前衛に分類されるエリーさんの体力で一撃耐えられれば御の字、神様丈夫な体をありがとう、というところだろう。
もし、俺が格闘技の達人で、勝手に動いてくれるこの体の限界を超えた動きが出来れば、攻撃すべてを捌くなんて真似事が出来るのかもしれないが、さすがにそのハードルは何百回死んで学習したところで越えられそうもない。
ぽむぽむぴよこに、現在の極低レベル極低ステータスで、有効な打撃を与えたうえで、さらに反撃を受けないで済む「遠距離武器」。
これが俺の導き出した最適解であり、それを可能にするのが、今荷台に積まれているトリデカラチョットオカリシタバリスタである。
第5期アップデート【沈黙せし機工都市】からの実装となる【砦防衛戦】イベント。
アップデートを重ねるごとに強くなっていく魔物達の手は時にウェリスタにまで迫ることが増え、聖騎士団の砦を中心とした防衛戦が定期的に行われるようになる、その時に使える防衛施設の1つこそが、かのバリスタである。
本来、イベント中に砦に近づいてくる敵を、どんなクラスや職であっても、一定のレベルで削れるというクラス・職業間の有利不利を是正するための施設であり、コレがあればどんなに育成を偏らせたとしても遠距離攻撃を行うことができ、イベントに貢献できるわけだが、そんな便利なものであるが故にもちろん持ち出しは出来ないし、移動させることも出来ない。
ただし、【先の未来で実装】され、【武器として使用】される=使えればダメージを通せる、という仮説から、フェルディナンド様に消し炭にされそうになりながら時間を稼ぐ間にエリーさんに盗ん…ちょっと借りてもらったというわけだ。
宿敵・ぽむぽむぴよこを、これから四期先のアップデートで実装が予定されている武器?を、想定とは違う使い方で、実在しない弾薬を使って討伐する。
俺の長年の経験と勘は「イケる」と言っているが、確証は何もない。
何もないけど、『おもしろい』。
そうだ、これこれ、この感じ。
俺は、この瞬間、かつてないほどこのゲームへの新たな可能性を感じていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『わかってええぇぇぇ!いたけどさああぁぁぁぁ!!やっぱりぃぃぃ!!!こうなるのよねぇぇえええぇえ!!!!』
某イニシャルで有名なお豆腐屋さんもかくや、という勢いで車輪が回る。
比較的平坦な草原の上を、カートを引いたエリーさんが放浪者の有り余る体力を利して縦横無尽に駆け巡る。
カートには我等が秘密兵器バリスタとお手製の矢、あと、俺。
カートの後方、俺の正面には、土煙をあげながらドスドスとした見かけより俊敏な動きでこちらに迫る、明らかな怒りの色がはっきり見て取れるぽむぽむぴよこ。
『そりゃ、さ!本来、さ!防衛戦の、兵器だから、さ!どう運用すんのかな、ってさ!思ってた、さ!』
遠距離から撃てば反撃は受けない。
だが、その場から動かなければ当然反撃のために敵は接近してくる。
こちらの武器は設置してしまうと動かすことができない。
ならばどうするか?
答えは、「設置せずに移動砲台にする」だ。
「エリーさん!」
『あぁん!?』
「できるだけ、まっすぐ走って!」
『わかって!るっつー!のぉ!』
「よろしく!」
俺は次の矢をつがえる。
カートの上は揺れも激しく、そのカートの上に素人が見様見真似で固定したバリスタの照準は当然べらぼうにブレる。
だが。
一切の筋力を犠牲にした、俺なら。
その代償として、初期値最大の器用さを得た、俺のステータスならば。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『ねぇねぇ、ハガー!』
「はい。」
『あたしは前衛スキーだからこのままファイター路線確定だけど、ハガーはどんな感じでいくつもり?』
「そう、ですね…正直よくわからなくて。なんとなくガンナー?とかやってみようかなー、って。」
『ほうほう。』
「わかる限り調べてみたんですけど、魔法クラスは詠唱とか属性とかSP管理とか考えること多そうだし、ガンナーはシンプルに火力が出しやすくて、支援もある程度こなせるっぽかったんで。」
『お、いいじゃんいいじゃん。2人して前衛で突撃するよかバランスよさそう!』
「まぁ、そのかわり基本的に打たれ弱いし、堅い敵とはあまり相性よくないみたいですけど。」
『そんなん言い出したら前衛なんて遠距離から狙われたら蜂の巣か火だるまにされるんだから、お互い様っしょ。後は職業だわね。』
「職業…一番の悩みどころですよね。」
『あんまり難しく考えなくていんじゃない?』
「ところでエリーさんはなんで商売人にしたんですか?」
『そりゃ一番お金の匂いがするからでしょ!』
「に、匂い…。」
『職業選択、ってことは、お金の稼ぎ方どうします?ってことじゃん?それなら一番稼げる仕事やるのがいいじゃん?』
「え、でも、武器とかも職業で決まるんですよね?となると、お金だけじゃないような…。」
『いい?ハガー。お金はね?正義なのよ。お金があれば、装備できる中で一番スペックの良いものを買える。クラスに合ってる竹槍や木の棍棒よりも、多少ズレてても鋼鉄の物干し竿やクリスタル製の花瓶ってことよ!』
「例えがわかるような、わからないような…。」
『もちろん、やってて楽しくないんじゃお金稼いでも意味ないから、楽しく、かつ、お金が稼げるじゃなきゃダメだけどね。その点、商売人は近接武器そこそこ得意だから、自分のスタイルにもあってそうだし。武器にドリルとかあればもっといいんだけどねー。ロマンがあってねー。』
「楽しく、かつ、稼げる仕事…かぁ。」
『ま、職業はクラスと比べて比較的自由が利くみたいだし、ステータスだけ間違わなきゃ今んとこ大丈夫っしょ。』
「まずは器用さあげてく感じみたいですね、ガンナーは。」
『ビルドにもよるだろうけど、遠距離攻撃力にも命中率にも直結だからあげといて損はないでしょ。ほれ、ステータス画面を開くのだよー!』
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『ハガー!今どんなー!?』
「手応えはあります!でも!」
『でも!?』
「HPが見えないんでなんとも!」
『おっけー!しゃーない!全弾かましたれー!』
「あいあいまむ!!」
弾んだ、もっといえば、まるで祭でも楽しんでいるかのような声でエリーさんが叫ぶ。
こんなバカみたいな作戦に乗ってくる時点で相当にアレではあるのだが、やはり彼女は、俺の識る限りで間違いなく、エリーさんその人であり、俺の識る限りエリーさんとは間違いなくそういう人である。
いくら放浪者の身体が頑丈で、頑健で、規格外の身体だとしても、300キロは優にあるカートを引いて走りつづければ流石に疲れもするし、息も上がる。
だが、それでも。
今まで誰も試したことのない方法で、恐らく誰も倒せていないこのボスに挑んでいるこの瞬間を、彼女は、エリーさんという傑物は楽しみ尽くそうとしている。
加速がつき、なんなら戦闘開始時点よりスピードが上がっている気すらするカートの上で。
提案者として。
同じ祭りの参加者として。
十年来の仲間として。
これから十年を共にするかもしれない仲間として。
共に、楽しみ尽くすために。
俺はありったけの矢をでかいひよこにたたき込み続ける。
手応えは感じる。
イケる。
俺の、十年に渡る知識と勘がそういっている!
と、思った瞬間。
俺は何が起きたかわからぬうちに中空に投げ出されていた。
「いっ…てぇー…。」
体感から言って結構な高さから受け身もとれず落下したため、流石に頑丈な放浪者の身体といえど、俺のステータスウィンドウのHPゲージはまたもや赤く光っている。
なんとか上体を起こし、辺りを見回してみると、そこには派手に横転したカートと、バラバラになったバリスタ。
そして、派手にすっこけたのであろう、草と泥にまみれた姿で立ち上がるエリーさんと。
明らかにブチ切れて仁王立ちしているぽむぽむぴよこの姿であった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
かなりの速度で走っていたから、草原の草に隠れて見えづらくなっていた大きな石にでも乗り上げてしまったのだろう。
自動車事故の現場のような物々しさが漂うこの場所に立つひよことエリーさん。
かなりの数を用意していた矢も8割は打ち込めたし、外してしまったり当たりが浅かったものも考えると5-6割はしっかりダメージが入ったと思う。
だが、本来存在しえない攻撃方法の代償として、本当にダメージが入っているかは全くわからなかった。
もし、ダメージが与えられていなかったら?
そもそも、俺のステータス不足で当たっているお思っていた矢が、内部判定的には外れていたのだとしたら?
最早、ことここにいたっては考えても詮無いことだが。
ここで倒しきれなかった。
万事休すだ。
ぽむぽむぴよこがスキルの予備動作に入った。
エリーさんが狙われてる。
ここからじゃ間に合わない。
『…きら…ない。』
ぽむぽむぴよこの身体が光る。
『あ…きら…たま…か。』
ぽむぽむぴよこが一歩踏み出す。
『諦めてなんかやんねーからなあああああ!!!』
エリーさんの絶叫。
ぽむぽむぴよこが加速する。
『ハンドォ!アックスゥゥゥ!!!』
エリーさんが斧を振りかざす。
ぽむぽむぴよこは目前に迫る。
エリーさんがトルネード投法の投球フォームに入る。
…トルネード投法…?
『ブゥゥゥメランンンンン!!!』
放浪者の高い身体能力が作り出す完璧な投球フォームから放たれたハンドアックスが、高速でぽむぽむぴよこの額に投げ込まれた。
「42」
のダメージ数値のポップアップ。
ぽむぽむぴよこの足が止まる。
西部劇の早撃ち勝負のような、一瞬の間。
その間を受けて、スローモーションで前のめりにどっちゃりと倒れるぽむぽむぴよこ。
高らかに鳴り響くファンファーレ。
ボムッ、と音を立てて消えたぽむぽむぴよこ。
消えたと同時に現れた大きめの宝箱がバカン!と開くと、箱の中身が光りながら俺の手の中に飛んでくる。
おもむろに俺の頭上に浮かぶ派手な『MVP』の文字。
俺の手の中に飛んできた光はすっかり帽子の形に姿を変えていた。
倒せた。
たおせた。
たおせたあああああああ!!!!!
『うおおおお!!!かったあああああ!!!』
「やったよ!ハガー!いええええい!!!」
俺達は、しばらくの間、草原で大の字になり、若干騒がしめのボリュームで、難敵の撃破を喜び合うのであった。