鋼鉄のシスコン聖騎士団長
聖騎士団団長、フェルディナンド・ロックウェルは底知れない強さを持っている。
どの位強いかというと、設定上のレベルがすでに50もあり、以後は誰も気にしないトリビアとしてアップデートの度にひっそりとレベルが10ずつ上がっていくという立派な公式チートキャラなのだ。
50という数値について、【seven wonders】のサービス開始段階で最強の敵はアルフォリア大陸東の果て、【鏡の迷宮】の中にいるエリアボス【エンシェントウルフ】であり、そのレベルは40。
つまり、現時点で紛うことなく世界最強の称号に相応しいのは彼、ということになる。
ちなみに、エンシェントウルフを討伐した際に入手出来る、【エンシェントファング】という同じく現時点世界最強の片手剣が悩みの種のレベル差を覆しうる可能性のある武器なわけだが、当然そんなバケモノ倒せないし、レベル1ではそもそもエンシェントウルフの生息域に辿り着くことすらできない。
とまぁ、今後もこの聖騎士団団長・フェルディナンドは、第一期アップデート【騎士王ラウールの凱旋】のキーキャラクターとして登場するハチャメチャゴリラこと【ラウール・バスカーウィル】と双璧を成す人間界の最強ツートップなのだ…設定上では。
繰り返しになるが、考えてみて貰いたい。
古今東西、未熟な若造が主人公として活躍する物語に出てくる猛者は、やれ古傷が開いたとか、やれ膝の裏に矢を受けただのと、何かにつけて言い訳をして戦わないことが多い。
何故なら彼らが活躍すれば若造=未来の勇者の活躍無くとも話が片付いてしまうからだ。
先にも触れた通り、フェルディナンドが本気をだせば少なくともアルフォリア大陸内で彼に勝てるモンスターは存在せず、恐らく件のエンシェントウルフですら条件如何によってはソロ討伐してしまうだろう。
だからフェルディナンドは戦わない。
放浪者達の物語を成立させるために。
少なくともプレイヤーに、彼が前線の指揮こそすれども、実際にモンスター相手に戦っている姿を見たものはいない。
いないはずなのだが…。
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「話せばわかる!話せばわかるんだって!」
『問答無用!逆巻け、雷霆!【ライトニングアサルト】!』
昔、新聞配達やってた苦学生の頃、真近くに雷落ちた時こんな感じだったなー、という明らかに人を消し炭にできそうなリアル落雷と同等、どうかするとそれ以上の出力の雷を纏った文字通り必殺の剣戟、ライトニングアサルト。
ファイタークラスをかなり極め、そこからさらに剣士系職業を一定レベル極めて、クラスと職業両方の条件をクリアしなければ使えない上位クラスの大技。
そんな燃料切れの車型タイムマシンも思わずタイムスリップしてしまうような大技が猛然と逃げる俺の後ろで何の迷いもなく発動し、その爆風で枯れ葉もかくやの勢いで吹っ飛ばされた俺は、丁度胸元あたりの高さに切り揃えられた庭木に頭から突っ込んだ。
爆心地付近にあった騎士の彫像は木っ端微塵で跡形もなし、もうもうと立ち込める土煙の奥に、フェルディナンドの宝石のように綺麗だが、どうみても怒りの色が強い碧眼がギラリと光り、ただでさえデカくてバキバキのマッスルボディーに白金のプレートメイルの重量感を加えたずっしりとした足音が一歩、また一歩と近づいてくる。
これはあれだ、完全に殺る気満々マンだ。
『放浪者、か。世界を救世するだかなんだか知らんが、所詮は出自も得体も知れぬ者だな。こうも簡単に馬脚を現すとは。』
「そんなことはー、ぜーんぜんないんだけどなー…。」
『出て来い賊め。ここが誰の治める砦であるか、知っていて踏み込んだのだろう?』
「ウェリスタ聖騎士団団長フェルディナンド・ロックウェル、溺愛する妹はアリッサ・ロックウェル!」
『溺愛しているわけではなぁい!』
好きな娘の名前をズバリ指摘されてムキになって怒る小学生のような低廉さで、フェルディナンドはサラサラの金髪ロン毛を振り乱し、八つ当たり気味に【ソニックエッジ】をびょんびょん乱発して暴れている。
ソニックエッジはライトニングアサルトに比べ、技としての格は数段落ちるが、それゆえに速射性があり、それでも一発あたり俺が二十人分くらい死ぬ程度の威力がある。
剣から発生するカマイタチ的なビジュアルのソニックエッジが、自分の砦の中庭の、庭師が一生懸命整えたであろう草やら木やらをザクザク切り裂き、なぎ倒していく。
それもこれも、不法侵入者たる俺を始末するためなら止むなし、と一寸たりとも躊躇わない砦の主を向こうに回し、俺は体を真っ二つにされた悲しき20分の1にならないよう、頭を低く、地を這うカサカサいう黒光りのアレスタイルで茂みから茂みへと慎重に移動する。
聖騎士団の、引いては国の財産をドカスカ破壊してまで捕るほどの首でもないのだが、そこら辺は彼の、ウェリスタの盾と称賛される聖騎士団を預かる長としての矜持ということなのだろう。
もちろん、そこまで織り込んで行動は起こしているのだが、見るとやるでは大違いというやつだ。
直撃はもとより、こりゃ掠っただけでも間違いなく死ぬ。レベル差49の職業・聖騎士はどう考えてもヤバい。
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長くゲームをやっていると、内部的な数値に慣れてくる感覚があると思う。
たとえば、「次をもらったらヤバそう」という感覚で図る回復のタイミングであったり、「この攻撃ならギリギリとどめにはならないだろう」という感覚で行う経験値取得などを目的とした手加減であったり。
俺は、このゲームにおいて一種の慣れでもって、大体の数字感覚が掴めるという、特技と言うほどでもない特技を持っている。
フェルディナンドのクラス、職業、ステータス、装備、技の威力、特殊技能による補正などなどを鑑みて、なんとなーく導き出した数字は、俺のマックス耐久力150に対してソニックエッジなら一発3千(つまり20俺)、ライトニングアサルトならざっくり5万くらいはダメージをもらうことになる、と俺の勘が概算結果を告げている。
5万て。
もうなんか全部コイツが頑張ればいいんじゃないかな。
こと、ライトニングアサルトの5万ダメージに関して言えば、昨日までの十年モノの俺でも、選択していたビルドの都合上、単独では耐えられない公算が強く、とどのつまり、レベル差関係なしで俺が喰らうと死ぬ。
それが彼の必殺技【ライトニングアサルト】の、五万というダメージ数値のこのゲームにおけるステイタスなのだ。
だが、俺は自分の仕事を全うすべく、どうにか目の前の人の皮を被った虎の気を引かねばならない。
虎穴に入らずんば、とはいうが、少なくとも虎穴に飛び込むのは入り口に気の立った虎がいない時にしたほうがいいと、今、強めに痛感しているが、賽が投げ終わっている以上、最早転がるしかないわけで。
俺は脳内の【seven wonders】攻略フォルダからなんとか目の前の虎に刺さる情報を絞り出していく。
「…溺愛、ではないと?」
『当たり前だ。私は兄として、適切に妹に接しているだけのことだからな。』
「…【銀光鏡の結晶】。」
『…何?』
「鏡の迷宮においてごく少量採掘されるダンジョン産アイテム、銀光鏡の結晶。ダンジョンの難易度、入手確率の低さ、どこをとってもバリバリのレアアイテム。鏡の迷宮でしか産出されないような希少で、入手に危険が伴う品物を、なーんで十個もご入り用なんでしょーかねぇー?【さる高名な騎士】さん?」
『おい…何故その名前を…!』
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【アリッサの手鏡】クエスト。
サービス開始当初、鬼門中の鬼門と呼ばれたクエストで、これが達成できなくて辞めたプレーヤーもちらほらいるとかいないとか、というなかなかの鬼畜クエスト。
竜の巣でのクエスト受注時の発注者は【さる高名な騎士】、すなわちフェルディナンドその人。
単独で現状最高クラスの難易度を誇る鏡の迷宮を踏破でき、あまつさえ難敵であるエンシェントウルフすらも屠れる存在であるフェルディナンド本人が、わざわざ虫の好かない放浪者の手を借りるべく依頼したこのクエストの納品アイテム。
それこそが【銀光鏡の結晶】なのだ。
いやぁ、うん、今思えば酷いクエストだった。
エリア内の敵が桁外れに強い、採掘ポイントを掘っても掘っても出てくるのはハズレの【銀砕石】ばっか、有効と目されていた【採掘士】の職業を選んでいても高レア品のため入手確率の補正が未実相(後になって検証で判明)だったのでにわか採掘士が大量に生まれ泣きをみることとなり、どうにか終わらせたプレーヤーの余ってる分を買いとろうにも金額はどんどんつり上がってSR品並、おまけにストーリー進行上必須イベントと来たもんだ。
こんなにもみんなのヘイトを貯めまくるイベントだったため、流石に運営もバランスが悪かったことを反省したのか今後このような極悪なクエストはなくなっていくのだが、ライトユーザーの心をへし折るには十分な威力だったことはおわかりいただけただろう。
しかし、フェルディナンド君。
そこまでして手に入れたかった素材の使い道が…。
「あんたの放浪者嫌いは識ってる。それでもわざわざ竜の巣に、素性を隠して、クエスト依頼という形で、放浪者の手を借りてまで欲しい銀光鏡の結晶を使ってやることが!?『愛用の手鏡を割ってしまい悲しんでいる妹の為に新しい最高級の手鏡を作るため』、だぁ!?」
…だったということを、エリちゃんと共に真っ向からあの苦行に挑み、打ち勝ったぼかぁ、一生ネタにするし恨み続けるよ。その後のイベントは別にしてもね。
「それを世の中の人はなんというか!溺愛!溺れる、愛と書いて!でーきーあーいー!シスコンも休み休み言え!あほーーー!」
『ち、ちょっと待て!放浪者!何故だ!?まだそのクエストは…!』
「まだ依頼してないってか?だけど関係ないね、色々あって俺はもう識ってる。あんたが自分で取りにいけない理由も併せてね。」
『知っているわけがあるか!それは私の部下が三日前に持ち帰った最新の機密…。』
「【キングゴブリンの代替わり】だろ?」
『…馬鹿な。』
【キングゴブリンの代替わり】とは、ウェリスタから少し離れた山あいの麓に生息しているゴブリンの親玉・キングゴブリンの代替わりが行われ、若くて強い新しいキングゴブリンが近々ウェリスタに攻め込んでくるのでそれを止めるという趣旨のイベント。
お察しの通り、少し先の未来でなんだかんだ放浪者が解決する問題なのだが、この時もフェルディナンド君はウェリスタの守りを固める上で、動く=戦いに参戦することができず、この背景があることで、軽々に妹のための手鏡素材集めに街を留守に出来ない、という寸法なのだ。
もーほんと、だったらなぜその辺で買えるものにしなかったのか…。
「俺は、放浪者の中でも少々特殊な部類でね。予言の真似事が出来るのさ。」
『…どんな細工を使ったか知らんが、そんな世迷い言を信用出来るわけがなかろう。機密まで知っている以上、ますます貴様をここから逃がすわけには行かなくなった。』
「まぁ、そう言わず、取引をしないか?」
『貴様、馬鹿を通り越して気でも触れたか?どこをどう聞けばそのような…。』
「銀光鏡の結晶、取ってきてやるよ。」
『ふん、笑わせるな。見たところ貴様は十分な修練を積んでいるようには到底見えん。その程度の実力で鏡の迷宮に足を踏み入れるなど、自殺行為に他ならない。』
「まぁ、聞けって!」
『これ以上賊と話す舌など持たん…覚悟しろ!』
「あっそ、なら仕方ないな。俺はここで雷に打たれて焼死か、真空波で切断死か、いずれかの死に方で惨たらしく死ぬこととしよう。」
『ちっ、そう言えば貴様ら放浪者は死んでも死なんとかいう珍妙な芸当を使うらしいな。安心しろ、どこへ逃げようと探し出して死ぬまで斬る。』
「そうはいかねぇ、そっちがその気ならこっちだってむざむざリスキルされてくたばる前に帽子ちゃんに全世界向けに郵便を頼む。」
『郵便…?』
「実録!シスコン団長・フェルディナンドお兄様、可愛い妹【アリィ】ちゃんのために身分を偽り、放浪者に地獄のようなクエストを依頼!…とか?」
『…ぅっ…ぐぉ…ん…。』
流石に効果アリだな。
彼はある種の国家公務員であり、しかもその所属団体の真面目で厳格なトップである。
そんな彼が、年が離れたやや病弱な、目に入れた結果眼球が爆散したとしても痛くないほど可愛がっている妹の愛称を、それも2人の時だけにしか使わないはずの呼び名を、見ず知らずの放浪者にすっぱ抜かれた心境たるや。
めちゃくちゃ厳しい目上の人が野良猫を見た途端にネコチャァーーーン!!ニャアアアァンンン!!とか言い出したり、ヤンキーが先生をママと呼んでしまう現象を、この世界の人々がどう捕らえるかはわからないが、マスコミにヤバいネタを握られた有名人の如く、彼は今自分が置かれている状況の危険性を瞬時に察知したことだろう。
ペンは剣よりも強し。
ほんの少し心が痛まないこともないが、どうせ少し先の未来で自ら放浪者達に公言してしまうことなのだから、ちょっとくらいフライングしてもそこは勘弁してもらうとしよう。
「勝手に続けさせてもらうぜ。もちろんそんなことになったら、自分の立場を考えりゃ手鏡クエストを出すことは出来なくなる。つまり、事情を知る俺しかそのクエストを受けることは出来なくなる。もっと言えば、現段階でアリィちゃんの…。」
『貴様がその名を口にするなぁ!!!』
「おっと失礼、アリッサ嬢の新しい最高級手鏡を作る鍵は、世界で俺だけが握っていることになる。」
『そうはならん、私が入手する!もしくは銀光鏡の結晶を使わなければよいだけのこと!』
「無理無理。キングゴブリン関連のことが落ち着いても、これからあんたはタルージャの蛇竜騒ぎ、妖精の反乱と今後も聖騎士団長としての職務が忙しすぎて暇なんか全くない。それから、銀光鏡の結晶で作った手鏡な、泣いて喜んでくれて、嫁入りの時も肌身離さず大事にしてくれるから、ここまで来たら妥協しないことを勧める。放浪者としてはほんとくそ面倒だけど。」
『貴様…一体…?』
そう、今後もフェルディナンドの身には中間管理職的な仕事がばんばん降って湧くため、彼が銀光鏡の結晶を手にするにはおそらく何をどうやっても放浪者に依頼するしか手段はないのだ。
それは多分、彼自身が自力で入手する事のできない呪いとでも言うか、この世界を維持するためのシステム側からの強制なのだと思う。
こんな風に放浪者に反発したとしても、彼自身が銀光鏡の結晶を入手してしまっては、そこでその先のストーリーまでも潰えてしまうのだから。
【アリッサの嫁入り】クエストはいい話だったし、ここで潰えてしまうのは勿体ない。
なにやら茂みに隠れた俺に向けられた殺気が若干薄らいだような気がした。
ここが勝負所だ。
「あんたはそうは思ってないだろうが、俺は別にあんたとやり合おうなんて言う気はさらさらない。俺の要求はこの場を見逃して貰いたいってことだけだ。かわりに銀光鏡の結晶についてはクエストを発注さえしてくれれば、あんたの知らないなんやかんやで最速で納品する。これについては確約と思ってもらっていい。」
『信用…できん。』
「あんたもいい加減頑固だなー。ったく、仕方ねぇ。」
俺は茂みから立ち上がり、細かい葉っぱと土を落としながらフェルディナンドの前に立つ。
やや驚いた顔のフェルディナンドは、ゆっくりと自慢の剣を構え直す。
『砦に侵入し、我が剣技を目の当たりにしてなお、私の前に立つ、か。度胸だけは認めてやろう。』
「おっす、おら、葉隠。以後お見知りおきを。」
『案ずるな。見知るも何も今後見かけたら即斬る。』
「聖なる騎士だってのに物騒だったらありゃしない。どのみち斬られるんだから、一つだけ言いたい。」
『懺悔の言葉でも残すか?言って見ろ。』
「どう伝えたらいいもんかな…んー…よし。『妖精王はアリッサ嬢をさらっていない』。これは覚えておいた方がいい。」
『アリッサを、妖精王が…?何を言っている?』
「お役立ち情報だよ。どうかすると運命が変わるかもしれない、な。」
『…ふん、ペテン師め。適当な言葉を並べて混乱させるつもりか。』
「疑り深いなー。言葉通りの意味だっつの。絶対覚えといたほうがいいかんな!忠告したからな!!」
『もうよい。一瞬で楽にしてやる。逆巻け…雷霆…!』
ドン、と。
上段に剣を構えたフェルディナンドの後ろ。
その上空から、突如何かが破裂するような音と、同時に煌びやかな色とりどりの光が辺りを照らす。
有り体に言うと、花火があがった。
【マジカルクラッカー】。
その辺の道具屋に売られているアイテムで、一分間ほどポコポコと画面を彩る花火が上がる賑やかし用のパーティーアイテム。
上手く使えば、集合場所を示したり、危険を知らせる用途、いわゆる。
信号弾としても使うことができる。
このタイミングで打ちあがるということは、我等がエリちゃんからの「お仕事完了」を意味する花火に他ならない。
突然の花火に一瞬気を取られたフェルディナンドの目を盗み、俺もすかさずポケットからアイテムを取り出し、空に放る。
「あんたが俺を追わないなら【アリィ】の件は公表しない。結晶のことについても約束は守る。」
『まさか…最初から時間稼ぎのためだったのか!』
「そういうこと。そんじゃ、邪魔したな!」
ヒラヒラと放り投げた羽が、目の前まで落ちたところでカッと光る。
【アーク鳥の羽】。
アーク鳥というこの世界のハトみたいなやつの羽に魔法を込めたもの。エリア内のランダムな場所にワープ出来る使い捨てアイテム。
安価で軽いので大量に持つことが出来、広いマップの移動から強敵からの逃走までなんでもござれの便利なやつで、俺はさっさと世界最強の前から逃げ去った。
羽から解放された魔力の残滓と、さっきまで不審者が立っていた場所を見つめるフェルディナンド。
剣を収め、頬を撫でる。
これまでに見た放浪者は概ね奇妙な連中ばかりだが、葉隠、と名乗ったあの男はとくに奇怪だった。
この世界に予言に従って放浪者が現れ始めてまだ数日だというのに、奴は余りにこの世界のことを「知りすぎている」。
これは一体、どうしたことなのだ…まさか、本当に未来見を…?
『…予言、か。』
「フェルディナンド様!」
『セルリアク。』
かけられた声で脳裏をよぎった思考を即座に打ち消したところで、フェルディナンドの右腕、副長のセルリアクが駆けてくる。
生真面目なフェルディナンドに対して、ややお気楽なセルリアクがいつになく真面目な顔をしており、フェルディナンドはどこか嫌な予感がした。
「ご無事でしたか。」
『私自身は何もない。賊には逃げられたがな。』
「いかがしますか?」
『…放っておけ。殺しても死なない相手など、徒労もいいところだ。』
「は…。」
『そちらは?何かあったのか?』
「それが…。」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
竜の巣の路地裏。
その一角に大量の木箱が積んである所があり、人目につきにくいここを集合地点とし、俺は無事仕事を終えたエリちゃんと合流した。
「首尾は?」
『信号弾の通り。ワレ、キシュウニセイコウセリ、ってね。』
「そりゃ良かった。こっちはフェルディナンドに殺されかけた。」
『はいはい、おかげさまでこっちは楽ちんでしたよ。くそ重たかったけどね!さ、これがお望みのブツ。』
木箱に紛れるように置いてあるエリちゃんのカート。
その荷台には、カートに載せるのにいささか相応しくないモノと、それを隠す布が被せられている。
「オッケーオッケー。ところでエリーさん、今の武器って【ハンドアックス】だったよね?」
『ん?そうだけど。え、なに?これはあげないよ?これは、3日間毎日毎日牛乳を売って稼いだお金で買った大事な大事な…!』
「知ってるよ、もらわないよ、使えないし。でもそれを使って一仕事頼まなきゃ行けない。」
『えー!まだなんかあんのー!?』
「コレを使うにゃ、アレがいるでしょ。」
『あー…そうねー。てかさー、これ、ほんとに使えるの…?』
「…理論上は、ね。」
布をバサリと取り払う。
そこに鎮座しているもの。それは。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『…何が、盗まれたって?』
「ですから、そのー。」
中庭から徒歩数分。
外部からの攻撃に備える砦の外壁部分の一カ所にフェルディナンドはやってきたのだが。
そこにあるはずのものが、ない。
『これは…。』
「そのー、どうも…バリスタが、盗まれたようでして…。」
主に対防衛戦闘用の大型石弩、通称・バリスタ。
およそ携行して使用するようなサイズでもなく、重量でもなく、金になるものでもない。
つまり、盗むのに全く適さない代物。
が、どういうわけか、盗まれている。
『一体、あいつは、何がしたいんだ…?』
空を見上げて、フェルディナンドは葉隠、と名乗った男の顔を思い出し、苦々しい表情で首を振った。