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やるか、やるか、やるかだ。

【seven wonders】というゲームはライトの皮を被ったディープな沼地だ。


プレイヤーキャラクターは2Dで、見た目は三頭身くらいにデフォルメされており、海外ゲームなどにありがちな徹底したリアルさの要素は皆無で、可愛らしさが前面に押し出されたデザインはライトユーザーの取っ付きやすさに配慮されたことが窺える。


メーカー側の二次創作バンバンOK!のスタイルも相まって、薄い本やコスプレなどの文化もゲームの規模に対しては裾野が広かったように思えるし、そこから興味を持って始めたユーザーも結構居たのでメーカーの売り出し方は正しかったのだろう。


しかし、その可愛らしいライトさの影には強烈なディープさが渦巻いており、ただ可愛いだけでは終わらせないメーカーの気概が隠されている。


まず、ライトユーザーが可愛らしいキャラクターに惹かれてこのゲームを始めたとする。


見た目にも関わる職業選択、キャラクターの成長方針を決めるビルド構成など、考えていて一番楽しい所を最初から触っていけるので、そこらへんを一つ一つ、課題をクリアするような体でゲームは進んでいく。


そして、職業が板につき始め、お金を貯める手段が確立され、序盤で苦戦していたモンスターも多少楽に討伐出来るようになって、ゲームが軌道に乗った、となんとなく感じるようになったあたり。


その頃から、丁度ディープさ、言い換えれば沼地要素が顔を出すのである。


そのディープさの最たる物。


それが、SR品。所謂スーパーレアアイテムと言うものだ。


その原初にして、傑作品こそが。


ウェル南エリアボス・レベル8・ぽむぽむぴよこからのみ入手することが出来る【ぽむぴよ帽】なのである。


様々なSR品の中でもぽむぽむぴよこ自身を模したこの帽子は、実装当初最強の頭装備で、防御力は元より装備すれば敏捷性と体力のステータスを2ずつ引き上げ、さらに頭装備の一部に実装された見た目が変わる機能も持っている大変ハイスペックな帽子なのだ。


重要なのは、装備性能もさることながら、見た目が変わる機能の部分で、キャラクターの可愛いらしさから足を踏み入れたライトユーザーにとって、職業以外で見た目を大幅に変更する手段に乏しいこのゲームで、威風堂々としたぽむぽむぴよこが頭にモフッと乗っかっているような可愛らしい見た目を得られる【ぽむぴよ帽】は大変貴重な品、ということになる。


貴重な品は、当然高値で取引が行われる。


どの程度の高値かと言うと、少しゲームに慣れたプレイヤーが売りに出されているものを買いたいと思っても、自分の総資産から二桁くらい0が足りない値段がついていたりする。

仕方がないので目標に向かって来る日も来る日もお金を貯めることとなる。


おわかりいただけただろうか。


これこそが、完全に【seven wonders】のライトな入り口に騙されて、ディープな沼地に肩までずっぽりハマってしまった人の図である。



※※※※※※※※※※


さて、今回のミッションはどうにかしてSR品【ぽむぴよ帽】を入手することなのだが、大前提としてこちらにはお金がないので、どこかの誰かが入手したものを買う、なんて芸当はもちろん出来ない。


じゃあ、自力で入手すればいいじゃない!という思考にたどりつくのは自然な流れといえる。


とはいえ、いかんせん入手がエリアボス討伐での入手のみとなると、最低限ぽむぽむぴよこに勝たなくてはならない。


先程、秒でぶっ飛ばされた相手に、だ。


レベル8の敵に勝つためには、真面目に戦いを挑む場合、最低でもこちらもレベル8は欲しい。


しかしながら、現時点俺のレベルは1、最弱のプチスライムすら自力で倒せない詰んでるモードな以上レベル差は埋めようがない。


エリちゃんと協力してレベル上げをするにしても、【seven wonders】開始当初の敵は軒並み取得経験値が低く設定されており、いわゆるメタリックなスライムやメタリックなはぐれものがいない状況下では、レベル8への到達には数ヶ月、死ぬ気でやってもひと月はかかるだろう。


すぐにでも、と約束した以上、悠長にレベルを上げている訳にもいかない。


おまけに、レベル8になったからと言って直ちにぽむぽむぴよこに勝てる訳ではなく、レベル8になった上で装備が整っていて初めてなんとか互角に持ち込める状況なので、やはりレベルをどうこうして挑むという戦略はこの際現実的とは言えない。


後に残された手段は、今現在入手出来るレベル帯を大幅に越えた武器や防具を使う、即ち、レベル差を武装でカバーする作戦しかない。


もちろん、こちらもそう簡単に事が運ぶわけではない。


大幅に、ということは、その辺で買える物やちょっとした敵の落とし物程度では全然足りず、ボスとの7レベル差をひっくり返しうる程の圧倒的な強さを誇る装備となると、可能性があるのはぽむぽむぴよこより強いエリアボスからしか入手出来ないので、普通にやればこれもまた難しい。


といったわけで、レベル・お金・装備、あらゆる物がないない尽くしではあるものの、幸いなことに幾つかのヒントはあった。


その、幾つかのヒントを結んでいき、点が線になってくれれば、あるいは…。


※※※※※※※※※※


『さて、そいじゃあいい加減、そのプランってのを拝聴しようじゃない?』

「そうだね…まずどっから説明していったものか…ポイントは三つくらいあるんだけど…。」


夜になり、我々二人はNPCのデューク・ダスティンベルクの経営している酒場「竜の巣」に入った。


禿頭・隻眼・マッスルボディーという【seven wonders】屈指の不人気ビジュアルのデュークは、みた目通り豪放磊落な性格の元・冒険者であり、痩身・眼鏡・ヒゲダンディーという屈指の人気ビジュアルを持つ同じく元・冒険者の弟アッシュと二人で冒険者を引退してから始めた酒場がここ「竜の巣」であり、主にプレイヤー達のクエスト受注窓口として機能している。


冒険者の集う酒場の夕食時というのもあって、店内は大変慌ただしく、ガハハと笑う一際大きいデュークの声が店の喧騒度合いに拍車をかけている。


愛想のいいウェイトレスのお姉さんにより目の前に運ばれてきた【ブレードホーンのステーキ】と【スノーフラワーエール】はどっからどう見ても旨そうなサーロインステーキとビールだったので抵抗なく手をつけることができた。味も抜群に旨いサーロインステーキとビールだ。


「んーと、じゃあ、ポイント1、まずはいちばんわかりやすい、これから。」

『これ、ってこのステーキ?』

「うん。」

『めっちゃ旨くない?』

「うん、旨い。でも大事なのはそこじゃない。」

『お、おう。』


ビールでステーキを流し込みながら、俺は説明を続ける。


「まず、この食べ物は本来【seven wonders】内において五年後にしか存在しない食べ物なんだ。」

『…ほう?』

「【ブレードホーンのステーキ】は二時間の間筋力ステータスを3上昇させ、【スノーフラワーエール】は同じく敏捷性ステータスを2上昇させる。だけど、今俺のステータスには何も変化がない。なぜなら【seven wonders】のオープン直後である現在、この世界には【ご飯システム】が存在してないから。」

『【ご飯システム】?』

「【seven wonders】は今後、七つの世界の大型アップデートの予定があるってのは知ってるよね?そのアップデートの第5期【沈黙せし機工都市】で実装される、食事でステータスが上昇するシステム。だから、今の段階ではここ、竜の巣で食事は出来ないはずなんだ。少なくともゲームとしては。」

『えーと、ん?でも、今、食えてるよね?』

「考えられるパターンが幾つかあるんだけど、有力なのは【ブレードホーンのステーキ】と【スノーフラワーエール】の2つはNPCのウェイトレスさんとの会話にも出てくるここの名物なんだ。ということは、少なくとも「設定上は」この段階から存在している。」

『…つまり…どゆこと?』

「仮説ではあるんだけど…【1・設定が存在しているものは、例え将来的に実装されるものだとしても、使用はできる。】この食事の場合、食べられる。ただし、ステータス上昇などを伴う効果効能が発生するわけではない。」

『…えー、とりあえず、ゲームでは食べられないけど、いずれ食べられるようになる設定があるから食べられる、てなことでOK?』

「おそらくね。だから頼もうと思えばメニューには載ってないけど筋力プラス10の【ツインヘッドドラゴンの兜焼き】とか、器用さプラス10の【ボーンイーターのかに味噌丼】とかも頼めると思う。」

『ステータスは上がらないけど、ってことね。かに味噌丼うまそう。』

「常用出来る値段じゃない位には高額だけどね。余程気合入れた狩りの時しか食べないかな。」

『なるほどね。そんで?ポイント2は?』


エリちゃんがウェイトレスさんに空になった【スノーフラワーエール】のグラスを掲げながら、おかわりを要求している。

なんとなくそんな気はしていたが、どう考えても飲むペースが速い。

なんとなくそんな気はしていたが、やはりエリちゃんは酒豪のようだ。

なんとなく、そんな気(確信)はしていたが。


「じゃあ、ポイント2。俺さ、さっき、牛乳缶で殴られたよね?」

『うん。まぁ、正直、スマンカッタ。』

「あれは痛かった。」

『牛乳で回復したからもういいじゃんよ!』

「いや、その件に関しては別にいいんだ。不思議なのは実際に痛かったし、ダメージも入ったけど、ダメージ表示がでなかったってこと。」

『…そういわれると…確かに、何も表示はでなかった気がする。』

「引っかかるのは、牛乳缶で対象を攻撃する、という行動が、俺の知る限りゲーム内には存在しないんだ。」

『さっき、咄嗟にやってしまったけど、牛乳缶で殴る、という技?がこの世界にはない、ってこと?』

「そう。」

『じゃあ、たまたま私がこの世界に本来存在しない攻撃方法を使った、ってわけか。』

「うん。考えてみれば、普通のことなんだけどね。剣士が剣を装備しているからといって、いざモンスターと相対した時、剣だけで攻撃をするわけじゃないよね?蹴りもするだろうし、盾で殴ったりもするだろうし、カンフー映画よろしく周りの自然物を使ったりすることだってあるはずだ。さっきの缶での一撃はダメージの表示はでなかったけれど、そうしたプレイヤーが行った攻撃行動に類する物として、内部システムはダメージを与えている、と判断しているんだと思う。」

『剣で10ダメ、殴って5ダメなら、表記は10でもちゃんと15ダメ通ってるって具合に?』

「細かいとこは検証がいると思うけど、そういうことだと思う。纏めると、【2・実装の有無を問わず、攻撃の一環として行った行動には内部的にダメージ判定が入っている。】ということになってるんじゃないかと。」

『て、ことは…1・設定として存在してるもの、を使って、2・存在していない方法でぴよこをしばく…?ってこと?』

「平たく言えばそんな感じ。」

『ポイント3は?』

「世界観の話。」

『世界観。』


すいません、とウェイトレスのお姉さんに声をかける。

少し小柄な身体で、忙しい酒場の中でキリキリ、クルクルと動き回り、爽やかな笑顔に光る汗が印象的だ。

そのまま踊るような動きでお姉さんは俺達のテーブルへとやってきた。


『はいはい、どうもー。おかわりですか?』

「同じものをもう一杯。それからお姉さんに一つお尋ねが。」

『年齢とスリーサイズの質問には答えませんけど、なんでしょ?』

「俺達は、何者でしょう?」

『…何者?って、【放浪者】の人でしょ?』

「その通り。【seven wonders】の【放浪者】。」

『ん?セブ…?なんですか?』

「あぁ、いえいえ、こっちの話。変なこと聞いてすいません。追加で【冷やしペルペル豆】ください。」

『はーい。【ペルペル豆】と【スノーフラワーエール】追加でー!』


少し怪訝そうな顔をしたものの、すぐに元のにこやかな表情に戻って注文を繰り返すと、お姉さんはまた別のテーブルへと小走りで駆けていってしまった。


「今のが3。」

『わからん。』

「だよね。少なくともエリちゃ…エリーさんはこの世界が、【seven wonders】というゲームの中の世界であって、俺達がこの世界側から見ると突如として現れた謎の冒険者集団【放浪者】である、ということを理解してる。」

『うん。初めて3日だって話したね。』

「ところが、お姉さん達、この世界の元々の住人、NPCは違う。さっきのお姉さんのリアクションで確信した。この世界が【seven wonders】というゲームの話である、ということを彼女達、NPCは理解していない。」

『それが3?』

「【3・NPCはこの世界がゲームであることを知らず、予言に従って俺達のことを救国の英雄・放浪者だと信じ切っている大いなる味方である。】」

『…【3・NPCはがっつり味方】を盾に、【1・設定上では存在している強武器】を確保し、【2・設定上にない攻撃方法】で攻撃する…?』

「ご明察。」

『そーれーはーうーまーくーいーくーのーかーーー?』

「いける。」

『その根拠は?』

「プレイ歴十年の勘。試したことはないけど。」

『そもそも、その十年ってのがだいぶ眉唾よ?』

「そりゃそうだ、俺もなんでこうなったのかわかってない。来年東京でオリンピックやるなんて言っても信じないでしょ?」

『嘘だね。』

「だから、もう仕方がない。理解してもらうことは諦めざるを得ない。だけど本当に、十年後、このゲームがサービス終了を迎えた日から、何故か過去へ遡ってここに来ちまったんだよ。しかも、プレイヤーが別人格としてキャラクターを操作するのではなく、プレイヤー自身がキャラクターになる形で。」

『そこんとこ、わかりやすく!』

「んー…エリーさんは、エリーというキャラクターの着ぐるみを着て、エリーを演じてる状態。俺は本来着ぐるみであるはずの葉隠秀夜そのものになってしまった状態?」

『…なんでまた?』

「それは全然わからない。」

『…ま、いっか。とりあえず私は【ぽむぴよ帽】がほしい。ハガーは私の信用を得たい。そういう話よね?』

「…ハガー…。」

『葉隠だからハガーでしょ?』

「…うん、葉隠だから、ハガー。うん。そう。」

『なににやけてんの?』

「やっぱり、その渾名になったのかって。」

『は?』

「こっちの話。」

『で?結局のところ、その三つの条件を満たす私達の目標のブツはどこに?』

「目標は…あそこ。」


昨日まで十年間呼ばれ続けた愛着すら感じる某市長の名と同じ渾名を、出会いが変わってもまた同じようにつけられたことに少し、嬉しくなる気持ちを抑えつつ。


酒場「竜の巣」の一番右端のテーブル。そのすぐ横の壁面、掃き出し窓から真正面に見える建造物。


聖騎士団領内、聖騎士団団長フェルディナンドの砦を真っ直ぐに指し示し、俺達は店を後にする事にした。


…無論、エリちゃんのおごりで。

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