嗚呼、クォーターなこの気持ち
「あの。」
「はい。」
「ギルド、って何ですか。」
「…徒党?」
「あ、いや、あの、そうじゃなくて…。」
「そうじゃなくて。」
「このゲーム始めたばっかりで…ギルド、って何するのかな、って。」
「何する、か。何するか…何するか?考えてない!」
「えっ。」
「考えてないけどさ、あのさ、一人でパソコンに向かって黙々とこの手のゲームやるってなんかちがくない!?」
「そう、なん、ですかね?」
「そうなんですよ!そうにきまってんですよ!なんのための『いんたぁねっつ』だって話でしょうよ!Yo!?」
「はぁ…。」
「どこぞの離れたあなたと、どこぞの離れた私が、ここでこうして喋ってるなんて、ちょっと普通じゃ考えらんないレベルの確率の奇跡の出会いじゃん?食パン齧った女子高生と街角でぶつかるよりレアかもしれないよ!?そんな奇跡なんてあれじゃん!?楽しまなきゃ損じゃん!」
「確かに、そう言われるとすごいことですね…。」
「そうなんですよ!ソーナンスヨ!!んでもね!?わたしゃ思うんだけど、何かを楽しもうにも楽しいという感覚が生まれるためにはやっぱ相手がいると思うんですよ!相手と同じ奇跡を共有して初めてTANOSHIIIIII!!!!!になるわけですよ!そこでギルドですよ!!」
「なるほど。」
「だから、何するか考えてない!楽しければいっかなー、って!で!?」
「…で?」
「はいる?はいるよね?出会いこそが奇跡で、出会った以上は楽しんだ方がよくて、もっと楽しむからにはギルドに入る必要があるからね!ヨッシャキタコレ!」
「いや、その…。」
「はいまーずはー、フレンド登録!それからパーティー登録はこっちで、ギルド加入要請がこーれっと!ほら、はーやーく、いーそーいーでー!申請受諾をクリッククリックゥ!」
ほぼ十年前のあの日、本当に「有無を言わせない人」というものに、俺は生まれて初めて遭遇した。
そして、その「有無を言わせない人」に、俺はこの日初めて牛乳缶で殴られてカウンターで吹っ飛ばされた。
※※※※※※※※※※
「ほい。」
「あ、ども…。」
街の中央から正門へと続くミナミ通りの中程にある噴水。
そのすぐ右手側にゲーム内NPCの1人、ベンリィ社の使いっぱしり、通称・帽子ちゃん(♀)が立ち絵ではなく、立体でもってベンリィ社の宣伝文句「スゴくて便利は当たり前!」のフレーズを連呼しながら、町ゆく人にサービス利用について声をかけている。
ボブに揃えたブロンドの髪に某有名よく土管に潜る配管工のような格好。
被った帽子にはMでもなければLでもなく、もちろんWでもないベンリィ社のBの文字が燦然と輝く。
免許を手にして車を買うため、アルバイトに勤しむアメリカのティーンエイジャーを若干日本向けに、平たく言うと萌え要素マシに改良したような顔立ちを持つ、一部地域に熱烈なファンを持つ帽子ちゃんは、この世界におけるバックヤード業務のようなものを一手に担う、ベンリィ社の社畜、否、スーパー社員である。
ベンリィ社の基本業務は
・前述したプレイヤーのアイテム管理を引き受ける【倉庫】の役割。
・安心確実なお金のやり取りを引き受ける【銀行】の役割。
・インするタイミングの合わないプレイヤー間でのメッセージのやり取りを手助けする【郵便】の役割。
・イベント時のキャラクター転送をする【ポーター】の役割。
これらの基本業務に加えて、ストーリー進行上、または期間限定イベント時の特殊マップにて出張アイテム販売係をやらされたり、時にはイベントそのものに巻き込まれたりもしている。
これだけの業務量にも関わらず会社へ一切の苦情も申し立てず、設定上ひとりで、ゲーム上同時多発的に各所に出没し、あらゆる業務を切り盛りしているキング・オブ・社畜、それがみんなのアイドル・帽子ちゃん。
とまぁこのように、このゲームの主にシステム面を成立させるため惜しまぬ献身っぷりでワンダラーを全力支援する帽子ちゃんと、我々プレイヤーとは切って切り離せぬ関係なのである。
さらに、そういった利便性の面もさることながら、2Dの視点で見ると大変よく目立つ赤い帽子はランドマークとしての機能も果たしており、【商売人】等の職業についているプレイヤーによる露店が開かれたり、出掛ける際の待ち合わせ場所に使われたり、その近隣のちょっとしたスペースをたまり場にする者もいるなど、とにかくよく人が集まっていた。
今はちょっとばかり集まりが悪いが、ゲーム時代はここを機転にミナミ通りの南北に露店がずらりと一列まっすぐに居並び、場所がとれなかったものがまたその横に一列に列を作っていくという、雑多ながらも整然としている独特の光景が拝めたものだ。
うちのギルドも例にもれず、最古参プレイヤーらしく最初の街であるウェリスタ・噴水横・帽子ちゃん、の、すぐ裏手にある公園を最期の一瞬までたまり場としていたのだが、そもそものうちのギルドの起こりがここに我らがリーダー・エリー氏の定点露店が立っており、そこに自分が声をかけたことが全ての始まりだったのだ。
そんな思い出深い地で、俺は、かつての同士に牛乳缶でどつきとばされ、喧嘩した不良同士が謎のシンパシーを感じて煙草をすすめるようなテンションで、売り物の牛乳を恵んでもらっていた。
『ま、まぁ、その、なんだ。けがはないかな!?』
「あ、あ?うん、あぁ、一応大丈夫ぽい。」
俺は大分慣れてきた目の端に投影されるステータスの確認を行ったが、うっすら回復しはじめていた体力ゲージは再び真っ赤に染めなおされたものの、今貰った牛乳のおかげで回復したような寸法だ。
流石は低レベル、序盤で最も値段と回復力のバランスがいい牛乳一本でフル回復とは。
この身体がスゴいのか牛乳がスゴいのか、はたまた牛乳程度で治る身体は実はやっぱりショボいのかはよくわからないが、少なくとも生身比で言えば身体はすこぶる頑丈で、普通なら牛乳入った牛乳缶でぶっ飛ばされれば良くて骨折、悪けりゃ即死のところが牛乳でチャラなんだからとんでもない燃費だ。
痛いかどうかでいえば大分痛かった気はするけどね!!
『で…あなたはだぁれ?私、結構人の顔覚えるタイプなんだけど、あったことあったっけ?』
「…あー、えっとねー、あるっちゃあるし、ないっちゃなくて、説明が難しいんだけどね…。」
『お、おう…。』
プレイヤー・エリー。
レベル1。
クラス・「ファイター」。
職業・【商売人】。
緑の髪をポニーテールにまとめ、二次元の時には気付きようもなかったすっきりとした鼻筋に悪戯が大好きです、と訴えかけてくるような猫目。
【商売人】のトレードマークともいえる臙脂色の前掛けに物が沢山入りそうなキャンバス地っぽいメッセンジャーバッグをたすき掛け
し、【商売人】の特権の1つであるステータスに関わらず一定の重量物を運ぶためのカートに件の牛乳缶を満載している。
ゲームの中で見ることのなかった夕陽が強烈に目に刺さってくる中、10年間持ち続けてきたイメージとは少し違った見た目のかつての同士は、こちらに向かってなんの遠慮もないこれまたよく刺さる疑惑の眼差しを向けてくるのだが、そりゃあ無理もない。
何よりまず俺自身がこの状況をよく飲み込めていないのだから。
その上で、俺の前にどっかりと積み上がった問題がまずは手始めに三つほど。
問題1・俺はエリー氏ことエリちゃんともう10年来の付き合いであるが、10年来の付き合いそのものもリセットされている問題。
問題2・だがしかし、すでに第一印象がエグいレベルで悪く、完全にお巡りさんコイツです案件である問題。
そして。
問題3・目の前のエリちゃんは、「どっち」なのか?問題。
10年リセットも、第一印象も、まぁ仕方がないと言えば無理矢理仕方がないで納めることもできる。
だが、この問題3はそうはいかない。
そう、俺は、「俺」として、所謂「中の人」としての人格をもったまま、この世界に(しかも【過去の】というオマケ付きで)再び生まれ落ちた存在である。
一口で表現するなら、「【記憶だけ】強くてニューゲーム」なのだ。
こういった体験をしたことはないだろうか?
二度目、あるいは複数回に渡ってプレイするゲームにおいて、先に入手しておくことで事が有利に運ぶ隠しアイテムを回収したり、あらかじめ準備しておくことで対処法を知らなければ苦戦を免れないボスを劇的に楽に倒す方法を採用したりといった、自分の【経験】に裏打ちされたプレイをするーーー。
ステータスのミスの件に関してもそうなのだが、今の俺は、当時よりも少なくとも情報面では優位であると定義できる存在だ、と、思う。
というかそれでさえも他人の事情がわからない以上、有利、とまではいかないものかも知れず、勝手にそう思っているに過ぎないのだが。
冒頭、智の女神・ロアとの会話において、NPCである彼女にも、しっかりと「人格」があり、おそらくその「人格」に関しても「NPCがもしも本当に実在して、実際に喋ったとしたらこんな感じだろう」という下敷き、つまりはちゃんとした背景の設定に基づき話をしている印象はあった。
では、眼前のエリちゃんはどうなんだろう?
エリちゃんも「【記憶だけ】強くてニューゲーム」、つまり俺と全く同じ状況なのか?
それとも、智の女神・ロアと同じようにエリちゃんの「中身」を踏まえた人格なのか?
はたまた、全く別の…?
「…ええい、悩んでもどうにもならん!エリちゃん!…いや、エリー、さん!」
『は、はい?』
「実は、俺、十年後の未来からやってきたんだ。」
『…へ、へぇ。』
「俺とエリーさんは、ここで出会って、十年、この、【seven wonders】で遊んだ仲間だったんだよ!」
『…へ、へぇぇぇ…。』
「言いたいことはわかる!手に取るようにわかる!でもこれは本当なんだ!そ・こ・で!!」
『そこで?』
「俺がこのゲームを始めた日まで時間が遡ったのであると仮定するならば、エリーさんは今日で初めて3日目とかの筈だと思う!違う?」
『いや、うん、そうだけど…何でそんな事まで知って…。』
「いいや!待って!違うんだ!言わんとせんことはわかる!どう弁解しても、誰の目で見ても100万パーセントそう見えるだろうと思うけど断じてストーカーではないんだ!信じてくれ!」
『(汚物を見るような視線)』
「わかった!もう百歩譲ってなんならストーカーでいい!でも、一つだけ!初めて3日のアナタにどうしても伝えたいお得情報だけお願いだから聞いて!!」
『…なに?』
「…【ぽむぴよ帽】。」
ざわ、と風が鳴った。
これはもう、賭けだ。
でも、俺が識っている、彼女なら。
「…欲しくない?」
『…欲しい。』
…乗ってきた…!
「今すぐにはあげられない。でも…協力してもらえればすぐにでも。」
『…できるの?みたとこ、レベル1みたいだけど…。』
「できる。何より…。」
『何より?』
「面白い。」
『…へぇ…わかった。聞くだけ聞くわ。』
いたずらの相談、荒唐無稽な計画、ハイリスクローリターンでもキラリと光る何かを感じる儲け話などなど。
その全てを愛し、その全てを面白いと楽しみ、その全てを面白くしてしまう。
初めて面と向かった彼女が、彼女自身の中にある独特の面白いこと感知センサーに触れる何かに出会ったとき、獲物を見つけた野生動物のように目の色が変わるのだ、という発見に半分驚き、半分納得しながら、俺は自分が今ぶっ放した半分ハッタリ、半分本気の言葉をどう嘘からでた誠にするかを脳みそフル回転で組み立てていた。