牛乳売りの彼女
【seven wonders】は比較的キャラクター成長の自由度が高い作品だ。
「クラス」
『職業』
【ステータス】
この3つを組み合わせて成長させていくことで、自分の思い描くスタイルにより近づいていける、という仕様が採用されている。
まず、「クラス」とは戦い方の方針のようなもの。
近づいて殴るか、遠くから撃つか。
魔法を使うか、武器を使うか。
回復魔法を得意とするか、攻撃魔法を得意とするか。
こういった自らの戦い方の方針を「クラス」と呼び、クラスは大きく分けて以下の4つはに大分される。
【近接物理攻撃職】ファイター
【遠距離物理攻撃職】ガンナー
【魔法攻撃職】ウィザード
【魔法回復職】クレリック
以上4つをスタンダードクラスといい、レベルの上昇に伴うステータスとクラスレベル=熟練度の上昇によってキャラクターを強化していくのが文字通り育成の基本中の基本となる。
しかし、この4つのうちの一つを選んだからその方向にしかいけない、というわけではなく、他のクラスの能力も成長させることができる。
例えば
「基本はファイターとしての近接戦中心、敵の種類や味方の編成などによってはガンナーとして援護も担う」
とか、
「防御スキルが充実しているファイターに魔法職を組み合わせ、補助魔法で敵に状態異常を撒き散らしたり、自己回復によって前線を長時間維持できる壁役」
とか、
「ウィザードとクレリックを並行で成長させて攻防両用の賢者ごっこをしながら、ガンナーを併用して攻撃補助もこなしちゃう器用貧乏プレイ」
などなど、かなり多様なプレイが可能となっており、もちろん、例示したもの以外にも、ボス退治しか出来ないけどボス退治で一番の戦功を叩き出せるかなり尖ったスタイルや、そのクラスが苦手とする部分を後述する職業やステータスでの調整で無理やり押し切るスタイルなども存在するので、成長パターンはほぼ無限と言っていいと思われる。
ちなみに、このクラスレベル=熟練度は、経験値ではなく、戦闘回数によって得られるポイントで上昇していく。
熟練度を上限まで極めようとするにはかなりの実時間を要し、強い敵を倒して莫大な経験値を得て一気にレベルをあげたからといって、一朝一夕で強くなれないバランス調整が施されているため、前述したボス退治専門のスタイルなどは強いと言えるレベルまで熟練度をあげること自体が相当な苦行となる。
そのうえ、熟練度にも上限値があるため、あまり幅広く色んなとこを摘まんでいくと、低レベル=弱い敵向けのものしか取得できなくなるので、何でも出来るけど強くないという現象が起こるので注意しなければならない。
なお、クラスを変更することも可能ではあるが、今までの熟練度はリセット=弱体化されてしまう。
つまり、後になればなるほど、戦闘スタイルを極めれば極めるほど、クラスを変えるのは困難な作業となるが、それはまた随分と後になっての話なので、割愛。
次に『職業』。
【seven wonders】にはよくロールプレイングゲームで見る職業から、それ誰が好んでやるんだよ、というクセが強いものまで全部で百個前後の職業がある。
職業によって変わってくる部分で最も大事な点は、装備できる武器や防具が違ってくるところだ。
クラスの熟練度をあげる事で戦闘スキルを得て、それをどの武器で発動させるかを職業で選ぶ、というようなイメージ。
とはいえ、ここにさらに職業によってのお金の稼ぎやすさ、特定の職業や武器と特定のクラスを組み合わせなければ使えない専用スキルや、ステータスボーナスが優秀な職、その職につきやすいかつきにくいか、挙げ句の果てには見た目の要素まで加わってくるため、ここが一番一筋縄ではいかない。
例えば、「木こり」というオーソドックスな職業は斧、手斧、両手斧が装備可能となり、木を伐採してアイテム作成用素材として売ることで生計を立てる。
木は割とどこにでも生えている上に、伐採作業は失敗も少ないため安定収入が得やすいが、一回あたりの持てる量や伐採の効率などの観点から、やれないことはないがあまり魔法タイプのキャラには向いていない。
向いてないけれども、めちゃくちゃ筋肉ムキムキな木こりのウィザード、なんてキャラもつくれないことはない。
他には、「占い師」は逆に比較的魔法タイプ向けで、武器、防具は貧弱だが、魔法タイプの生命線であるMPと魔力にボーナスがつく。
稼ぎ方はズバリ、人を占うこと。
占いをしてもらうと、通常のスキルなどではあがらないステータスが上昇したりする。(その逆で失敗してダウンする場合も)
高レベルの占い師は敵からのアイテム取得率向上や、アイテム作成の成功率アップなどをもたらすこともあるため、イベント時などには長蛇の列が出来る人気占い師になれる可能性もある。
こっちも、雰囲気重視で売れない占い師をやりつつ、剣を持たせると滅法強いファイターなんてのも、やってやれないことはない。
そして、最後に【ステータス】。
これはもう、そのままそのキャラクターの強さだ。
上記二つがキャラクターに掛け算的な強さをもたらすものだとすると、ステータスは掛ける元になる強さだ。
いかに優れたウィザードでも、魔力がなければ魔法スキルは弱いし、高い筋力と職業の組み合わせによっては、非力なイメージのウィザードでも両手持ちのハンマーやら大剣やら両手斧などを本職のファイターまでとはいかずとも振り回せる。
かつ、ステータスはレベルの上昇で必ず成長し、好きに割り振ることができるため、得意を伸ばすのも苦手を克服するのも比較的簡単に行える。
この3つの組み合わせと調整を経て、自分の理想とするキャラクター像を作り出していく
…わけなのだが。
冒頭、オープニング、知の女神ロアとの対話。
俺は、このゲームに慣れていた。
慣れすぎていた。
それゆえ、この時点で既に重大かつ致命的なやらかしをしてしまっていたのだ。
これまで俺がキャラクターを育成してきた回数は一度や二度で済む話ではなく、そのたびに最新の、そして最短の、かつ最効率の育成のやり方を推し進めてきた。
最効率育成により脳に刻み込まれた選択肢
『はい、はい、いいえ、はい、いいえ』
これが今回のやらかしの主成分だ。
女神ロアとの対話とその回答のパターンによって、【seven wonders】における初期ステータスは決められる。
今回の俺の回答のパターン、それは、最良であり、最低でもある。見方による、というやつだ。
最良である理由、そのすべてはステータスの一つ、『器用さ』に集約される。
俺のいつものプレイスタイルにおいて、『器用さ』のステータスよりも大切なものはない。時点で『素早さ』と言うところか。
この選択肢は、唯一『器用さ』を初期値最大の【10】にできる組み合わせであり、大体のステータスには10の倍数を超えるごとにボーナスが付き、『器用さ』は10ごとに特定の攻撃で与えるダメージが増幅するというおまけ付きなのだ。
その一方、初期ステータスというものはどんな選択肢にしても最後に全部足した合計は同じに作られているわけで、『器用さ』を最大値にした場合その割をくっているのが『筋力』のステータスである。
またよりにもよってその数値が【0】なのがヤバい。
『筋力』がないと近接武器でのダメージは望めないというのは前述した通りなのだが、0という最低の数値に、放浪者の最弱武器【鉄のナイフ】の攻撃力を掛けた結果が、先程の世にも珍しい「0ダメージを与えている」表記である。
何を隠そう、いつもはこの過程を、ギルドメンバー達の手厚く分厚い支援で力業で乗り切っていたことをぶっちゃけ10年振りの1から独力育成ということですっかり失念していたのだ。
俺が殴った攻撃練習用の的はこの世界で最も弱く設定されている攻撃対象。
練習用な上に的なのだから当然っちゃ当然だが、その的を相手にダメージ0。
つまり、的の強さ>俺。
もっと言うなら、レベル1・プチスライム>的>俺という図式が成立する。
プチスライムがいかに経験値を持ったという意味では最弱の敵だったとしても、ダメージが通らないのではもうどうにもならない。
何度も殴ればいくらかはダメージも通るかもしれないが、これまた面倒なことに『器用さ』はダメージの上ぶれ下ぶれを出にくくする作用があり、逆に俺の攻撃を低レベルで安定させ0にしてくれている。
そんな状態でプチスライムを殴っていれば、ほぼほぼこっちが先に聖堂送りされる。
クラスをあげてスキルの力で無理やり倒そうにも、最弱の敵が倒せないから熟練度があがらない。
職業につけばいくらか鉄のナイフよりマシなダメージをだせる武器が手にはいるが、大体職業につくというイベントを行うと、就こうとしている職業に関連するアイテムを集める必要があり、これらは大抵敵を倒さなければ入手できないため、これもダメ。
初期装備は売れず、所持金も、換金できるアイテムもない。
ログアウトも出来ないうえに死なないんじゃやり直しも効かない。
これは…もしや…詰んだ?
なんと言うことだ。
俺は、十年愛を注いだゲームの中にご招待されておきながら、『筋力』にステータスを振り損ねたというだけで、この世界でスライム一匹倒せない一般人として生きていくしかないのか…!
いつ終わるともしれないこの世界の中で、村人A以下の役割をもって老いていくのか…そもそも老いるのか…!?
初期のミスは以外と致命傷になるというレトロなゲームのあるあるフラグを踏み抜き、割と絶望し、半ば夢遊病者のようにミナミ通りを彷徨い歩く。
そして、自分でも知らぬ間に辿り着いていた、ミナミ通りの中程にある噴水。
そのちょっと右手側、赤い帽子の女の子から少し離れた細道すぐ横。
そこに、居た。
…そうだ、ここだ。
そういえば、ここだった…!
絶望の暗闇の中に見えた、一筋の光明。
彼女はあの日と、二次元的な意味では一つも変わらない、それでいて、三次元的には見たことがない、だけども大体想像した通りの姿形で。
噴水のすぐ横で、あの日と同じように
『ギルドメンバーぼしゅうちゅう@牛乳屋さん』
の看板と共に、暮れかかる空をぼけーっと眺めながら、牛乳を売っていた。
あぁ、そうだ。
ここが、『はじまり』だった。
俺は、森での女神ロアとの出会いの時のように高揚した感情で。
十年を共に歩んだ仲間と、また出会えたことへの感動を噛み締め。
自然と彼女の下へと走り出していた。
「エリちゃあああああん!!!」
「 だ っ れ だ き さ ま ぁ ! 」
彼女の下に辿り着く直前、俺の左側頭部には牛乳が40~50リットルは入っていそうなデカい缶がカウンターでめり込み、俺はそのままマンガのように綺麗に空中を舞い、マンガのように噴水の中へ落下した。
あー、なるほどね。
関係性もリセットされてる、よね、そりゃ、ね。
一分ほど水面にぷかぷかした後、腰ぐらいの深さの水底に足を着け、思ったより派手には痛んでいない顔面を映し出す水面から顔をあげると、あ、やべえ、殺っちまった、みたいな顔の彼女がこちらの様子を遠巻きに窺っていた。
彼女の名はエリー。
俺達のギルド【High-Wind】のギルドマスター…になるはずの人なんだが…。
何だか、未来はそう簡単には転がらないような気がしてきた。