YARAKASHITA☆
【seven wonders】には、ロールプレイングにおける基本が大体詰まっている。
レベル然り、経験値然り、お金然り。
体力ことHPに精神力ことMP。
武器や防具は装備しないと意味がない、などなど。
それまでのロールプレイングにおいての王道、あるいはお約束を律儀に採用していたあたり、今にして思えば、そこにはネトゲへの入り口として、出来る限りみんなが思い描くロールプレイングに没入しやすいようにするための作り手の苦心があったのではないかと推測できる。
それを踏まえた上で、強いて、ネトゲとそれまでの据え置き型ゲーム機やら、携帯ゲーム機で流行っていたゲームとの違いをあげるなら、それは間違いなく「独りではない」という点だろう。
今更取り立てて言うほどの事でもない、ネトゲにおける至極当たり前の事象だが、少なくとも【seven wonders】を始めたばかりの十年前の俺にはとてもショッキングで、革命的な事だったのだ。
なにせレベル1・プチスライムを倒すのは一人でも勿論構わないが、二人でも構わない。
もっと言えば10人でも、100人でも構わない。(無論、得られるリターンは減るけれども)
しかし、敵とて独りではないわけで、プチスライムを殴っている最中に、レベル2・ラビータなるふかふかしたウサギが噛みついてくることもある。
それを、あーでもない、こーでもない、やれ装備が悪い、やれスキルがあってない、やれレベルが足りないなど、ワイワイ楽しみながら仲間との共闘で乗り越えていく事こそが、俺がこのゲームを十年続けることが出来た力の根源のようなものだと思っている。
しかし、そんな楽しい遊びにもざっくりとある程度のルールによる線引きは必要である。
【seven wonders】は比較的自由度の高い作品であり、頑張れば低レベルでもかなり幅広く色んな所に行くだけなら行ける。
ただ、その幅広いエリアに、幅広いレベルの敵が配置されているため、行くだけ行っても闘えるかどうか?というのはまた別問題。
そこでおおよその目安となるのがこの世界に置けるレベルであり、平たく言えば力の差=レベルの差というのが顕著に現れる。
このため、一部例外を除いてこのゲームでは敵キャラ、村人、プレイヤーなどひっくるめて、ほぼすべての登場キャラのレベルが可視化されている。
逆に言えば、それより詳しい情報は一定の職業につくか、アイテム、スキルがないと見ることは出来ない。
故に、初見の敵を相手にする場合、外見、名前、種族などである程度の弱点や属性の推論を展開し、実際殴ってみた感覚で歯が立つか立たないか、押し切れるか競り負けるかを見極めることも出来ない話ではないが、とりあえずどのくらいやりあえる相手かを見るにはレベルを確認するのが手っ取り早いように作られている。
【seven wonders】において、レベルが上の敵と戦うのには入念な準備と相応の苦労が伴う。
それは、レベル1・プチスライムと、レベル2・ラビータとの戦いでも顕著に現れるもので
『冒険者の服』
『使い古しのグローブ』
『履き潰したブーツ』
『鉄のナイフ』
という、今、俺が装備している、売れない、捨てられない、弱いの3拍子揃った通称・初心者四点セット。
この装備でレベルが1つ上のラビータを倒すのはかなりの荒行だ。先に始めている知人や友人、通りすがりの優しい人などから手厚いバックアップをしてもらえばやっとこさ相手に出来る敵。
それがレベル2・ラビータという、ふかふかした毛むくじゃらのウサギのなりをした見た目で、多くの初心者プレイヤーに詐欺を仕掛けてくる白い悪魔。
対して、俺が、一人で、誰の助けも借りず、前述の装備で、互角以下ギリギリでひーひー喚きつつ、時には死にかけながら勝てる相手がレベル1・プチスライム。
そう、今の俺はレベル1。
最弱の相手とすら互角に戦えないプチスライム以下の存在。
にも関わらず。
俺は昨日までのレベル100という鍛えに鍛えた上限値の気分で、戯れとばかりにレベル8のエリアボスにつっかかったわけだが、上述した通り、レベル1・初期装備の人間が戦う敵としては無謀がすぎる。
ましてや、動かし方(動き方?)が解らないんだから尚更だ。
むしろ、レベルの事よりもこちらのほうがどちらかというと重大な問題な気がしている。
まずは歩くことだけ考えて!と言われて戦場に放り込まれた人型決戦兵器がどんな泥沼の死闘に陥ったかを、俺はよく知っている。
そんなこんなで早くも三度目の大聖堂送りを体験した俺が次に向かった先は、街の東、聖騎士団領だった。
聖騎士団領。
やや中世っぽい世界観からスタートする【seven wonders】における最初の街が、聖なる都などと名乗っている以上、そこに聖騎士とかいうファンタジー界のスターが常駐しているのはごくごく当たり前のことであり、この都は彼等と神龍の加護によって守護されている、という設定が存在する。
実際のところ聖騎士団団長・フェルディナンドは主にクエストの都合上、凄く強い筈なのに怪我とか軍の指揮とかなんとか色んな理由や都合でちっとも戦わないポンコツ団長なのだが、そんな彼が治めるこの聖騎士団領には、戦技修練所という施設が併設されている。
無料で誰でも使える、無抵抗の、よく居合抜きとかで叩き斬られてる人型の形の的を相手に技の威力や使い方、連携の練習が出来るという場所、それが戦技修練所。
誰にも迷惑をかけず、誰からも迷惑がられず、納得の行くまで動きの確認が出来る。
今の俺にうってつけだ!
と、いうか、俺は、この動きの修練、および、修得をやらなければならない。
なぜならば。
二回死んで、二度大聖堂に送られた時点で、『選択肢』が出なかったからだ。
→ セーブポイントから再開する
ゲームを終了し、ログアウトする
ログアウト。
ゲームを終わらせて現実世界に戻る、という選択肢。
そもそも、その選択肢自体が、ない。
死んでもログアウト出来ない=このゲームは終わらない。いや、終わらせることができない、というべきか。
だが、実際のところ俺はあまり焦ってはいなかった。
不幸中の幸いというか、【seven wonders】には、ストーリー上の「終わり」がある。
ゲームクリア、とはまた少し違うのかもしれないが、ネトゲでは珍しい区切りが比較的はっきりしたゲームなのだ。
恐らく、その時までこの世界で生き抜けば(といっても死なないが)何らかの形で終わりは来る。
そして、俺は、大体その終わりを識っている。
要するにあれだ。
『今は帰れないけどそのうちたぶん帰れる、自分が10年間遊びまくった趣味の世界を三次元で体感ツアー、なんといっくら死んでも死なないオマケ付き!』
そんな感じのものに御招待されちゃった。
今の所はそのくらいの気分なのだ。
うっかり死んだけど死んでないし。
俺にとっての【seven wonders】とは、子供にとっての千葉県あたりにある夢と魔法の王国と同意儀、いや、それ以上、いやいや、そんなことでは語り尽くせないような世界なのだ。
そんなところに連れて行かれるなんて、オラ、ワクワクすっぞ!としか答えようがないだろう。
「どうせ遊ぶなら、全力で!」
俺達のギルドマスターがイベントのたびに言っていた言葉は、どこか自分の中で生きるための指針となっていた部分があったのかもしれない。
やはり俺は、【seven wonders】を、ひいてはこの世界を愛していたのだ。
真人間なら狂いかねないこの状況を、俺は楽しんでみることに決めた。
楽しまなきゃ損に決まってる。
だから、戦技修練所。
だからこそ、動き方の確認。
そこから始まる、俺の、十年間の愛を注いだ世界での大冒険。
戻れない?上等だ。
そんなもんクリアしてやるまでよ!
知らず、俺は高鳴る期待に口元を緩ませ、構えたナイフを的に向かって斬りつける。
すると、体は何かにアシストされたようにとても素人の動きとは思えないよく訓練された鋭い挙動で、ごくごく自然に的へ吸い込まれていく。
ナイフと的がかち合う。
何もなかった中空に、30cm大のポップなフォントのデジタルな数字が飛び出す。
【seven wonders】における、攻撃時のダメージ表示は、この世界が三次元になっても、変わらず同じ表示だった。
ただ。
その数字が問題だった。
『0』
ぜ…ろ…?
鼻息荒く、この世界でやってやるぜ、と腹を決めたその直後。
俺は自分の能力値設定を、完全にやらかしていることに気が付いた。