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ミナミ通りとひよこ

神龍ウェルトリアに守護されし聖なる都・ウェリスタ。


大聖堂を中心として、北にウェリスタ王宮、東には聖騎士団領、西に王立魔法学研究所と、同魔法大学を配し、南に大聖堂から真っ直ぐに正門まで続く大通り、通称「ミナミ通り」が通っている。


元々、神龍ウェルトリアが棲むとされる、常に山頂が雲に覆われた人の侵入を拒み続ける神の山、「龍吼山」の麓に建国されたウェリスタ。

この山の周囲が平原であったこともあり、初代ウェリスタ王は城を建てるにあたり「龍吼山」を背にし、天然の城塞とすることで背後の守りを固め、街を高い城壁で囲むことで堅牢な城下町を作った。

この礎が今も残り、この都市を形作っている。


俺は、ウェリスタの正門へと続く「ミナミ通り」をゆっくりと歩きながら、考えていた。


大聖堂で起き上がった後、自分の体がすごく快調な気がした。

絶好調、とかそんなレベルじゃない。

コレヲソウビシタマエってな具合で体の各パーツをすっかり交換して、アップデートしてチューンアップしてチューニングまでしたような。

今オリンピックにでれば身体能力だけで取れるメダルなら総なめに出来るんじゃないか、そんな気すらする。


試しに起き上がり、今自分が転がっていた高さ1メートルほどの祭壇から、立ち幅跳びの要領でおもいっきり跳んでみた。


どてっ、ではなく、スタッ、という感じでばっちり着地が決まり、その滑らかさたるや、自分で言うのも何だが猫科の野生動物のようだ。


それだけではない。


こんな風に跳んで、こんな風に着地できれば、というイメージを体がトレースするような感覚で動いたし、なんといっても飛んだ距離がおかしい。

高さがあったとはいえ、余裕で4、5メートルは跳んでる。


自慢じゃないが俺は運動はそう得意ではない。

苦手ということもないが、いいとこ中の下

が関の山で、みんなの邪魔にならない程度には出来るがヒーローやスターになれる素質はなかった。


それがこの有り様である。


これはもう、なんというか、もはや自分の体ではないな。


自分の体を動かしている、ではなく、頭で考えたことが体に反映されるような感覚で、いうなれば機械の体になった自分を操縦しているような、そんなイメージだ。


そんな、自分であって自分でない、けれど自分の意志で自分より遥かによく動く借り物のような体で、閉ざされていた大聖堂の扉を開く。

普通なら重厚に感じるであろうその扉は、思ったより随分とあっさり押し開けられた。


日の光の眩しさが目に優しくない。


ゲーム時代には存在していることを見ることがなかった太陽は高々と天にあり、遍くこの世界に陽光の恵みをもたらしている。

街の雑踏、子供たちの笑い声、商人達の活気のある呼び込みなどの生活の音が混ざり合い、自分が感じていたよりも、随分賑やかな街だというのはゲーム時代にはわからなかった。


街頭の数人集まったストリートミュージシャンみたいなおっさん達が奏でているのはこの町の、幾度となく聞いたBGM。

俺は、大聖堂前の階段を聞き慣れた音楽に合わせてステップを踏みながら下っていく。


街が、街として機能している。


こんな当たり前のことが、俺には嬉しかった。


大聖堂でも思ったことだが、この街は本当に、あの、聖都ウェリスタなのだ。

大聖堂の階段を下ってすぐ右手にあるリンゴしか売ってない果物屋も、何年たっても気になる人に告白出来ない気弱な青年も、本当に音楽を奏でているようには見えなかったストリートミュージシャンのおっさん達も、みんな実際に存在している。


10年間、俺が第二の人生とも言える程の時間を費やしてきた世界の、活動の拠点となった「架空」の街。


「架空」のはずの街にごく当たり前に人がいて、普通に生活をしていて、あまつさえ俺は今、その街に立っている。


いくらなんでも、悪い冗談にしては規模が大きすぎる。

頭がおかしくなったのではないかと何度か自分を疑ったが、街まるまる一個見せられたら納得せざるをえない。


来ちゃった。




俺、ウェリスタに来ちゃったわ。




覚えているだろうか?


初めて海を見た感動を。

初めてテーマパークに行った時の興奮を。

初めて彼女とごにょごにょやった後の何でも出来てしまいそうな万能感を!


俺は走れば走っただけぐんぐん加速する随分と出来の良くなった体で、抑えきれない感情の高まりを抑えようともせず、ただ一直線に

ミナミ通りを突っ走って正門を飛び出て…。




1分後、再び大聖堂の祭壇に転がっていた。




…はて。


何が起きたんだ?


困惑して目をぱちくりさせていると、視界の端に赤く点滅するものがみえる。


全く気にしていなかった。


それは、ゲーム時代からおなじみのステータスバー。


自分の体力の残り具合、特殊能力を使うための精神力の残り具合、現在どのくらいの経験を積んでいて、あとどのくらいでレベルがあがるのか等々。


目の端にいつもある、というより、見ようと意識すると見える、みたいな不思議な感覚でもって、そのデータは俺の視界の隅っこに陣取っていた。


身体に自分の知らない何かが埋め込まれたような、SFめいた気分だが、幸い見慣れた画面だったこともあり驚くほど自然に俺はそのステータスバーを受け止めていた。


むしろ、誰もいないことを良いことに、ふーん、だの、ほほー、だの、今更真新しくもない、だけども、もの凄く新しい感じがするステータスの見方をあれこれと試していた。


そして、気づいた。




ははーん。


これ、俺、いっぺん死んだな…?




ピコピコ赤く点滅するのは、ステータスバーのもっとも目立つ位置にある体力、いわゆるHPの残量を表すバーだが、それが赤い。だいぶ赤い。


同時に、うっすらとだが思い出してきたのは、街をでてすぐの記憶。


なんのことはない、とてもよくある事故だ。


ミナミ通りを進み、ウェリスタの正門を出ると、そこに広がるのはのどかな草原地帯。

通称「ウェル南」もしくは「草原」あるいは「原っぱ」。


このゲームには大体の場所に定期の時間ごとに現れる「エリアボス」という敵がいる。


文字通り、そのエリアに出てくるボスであり、出現率も低いレアキャラなのだが、このウェル南に出てくるボスは初心者が正門をくぐった瞬間、まるでタイミングを計ったかのように現れ、為すすべない初心者を瞬殺し、またいずこへと去っていく有名な初心者キラーなのだ。


門を出た俺が、背後に気配を感じたあたりから記憶がないのは、その姿を認識するより前に奇襲にあったせいだろう。




くっくっく。


上等だ。




この【seven wonders】歴10年を誇る俺が、あんなヤツにやられっぱなしとあっては名が廃る。


そうこうしてる間にすっかり回復したHPバーを確認し、俺は直ちにミナミ通りを抜け、正門へ続く道を走る。




今ならまだ、ヤツもその辺を彷徨いているに違いない!




そう、この勘、というより、どちらかといえば経験に裏付けられた予想はあながちハズレではなかった。


再びウェル南に降り立った俺の前に、黄色い、丸い、ふわふわした、なれども大分デカい生き物の背中が目に飛び込んできた。


それと同時に、奴のステータスバーも。


「レベル8・ぽむぽむぴよこ」


OK、なめるなよ。


人間様が、たかだかデカいふわふわのひよこ如きにおくれをとるわけがないだろう。


俺は、腰のナイフをゆっくりと抜き、構える。


リベンジの準備は万端だ…!


ぽむぽむぴよこがこちらに気づいた。


振り向く。


駆け出してくる。


ぽむぽむぴよこのスキル、ぽむぽむくらっしゅを使ってくるつもりに違いない。


30メートルくらいはあった距離が詰まってくる。


そこで、俺は一つ疑問を感じた。




あれ、そもそも、攻撃ってどうやるんだ?って。




思ったのも束の間。


俺は光り輝くぽむぽむぴよこの豪快な体当たり・ぽむぽむくらっしゅを受け、ボロ雑巾もかくや、というほど吹っ飛ばされ…。


気が付いたら、また大聖堂の祭壇に転がされていた。


視界の端には、先ほどと同じように、赤く点滅するバー。

完全にリピート再生だ。

しかし、一つ、いや、二つほど気づいた事がある。


コマンド入力の出来ない、かつて分身だった自らの身体の扱い方がよくわからないという点と。


赤く点滅するバーのやや、左上に、控えめに記載されている一文。




「レベル1・葉隠 秀夜」




つい、昨日までレベル100だった葉隠秀夜の姿はそこにはなく。


あるのはデスヨネーという呟きと、溜め息ばかりであった。

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