神様だって怖いもんは怖い
「その名も知れぬ冒険者は、赤い月が欠けてより7日後の夜明け前、フラミテの森に降り立つであろう。智の女神・ロアの導きにより力に目覚めたその冒険者は【放浪者・ワンダラー】として、やがて世界を覆う暗黒を払う救い手となるであろう。」
~アルフォリア大陸、聖都・ウェリスタに伝わる大賢者バルドーの残した預言書の一節より~
【seven wonders】はその名の通り、7つの世界の物語である。
ざっくりいうと、各アップデートごとに探索出来る世界は広まっていったのだが、どのアップデートから始めたプレイヤーでも、ストーリーの都合上必ず同じ場所から、同じ条件でスタートするようにゲームデザインされていた。
プレイヤーが必ず降り立つ始まりの場所がここ、アルフォリア大陸。
の、中心からやや南西にある大陸最大の都市、正式名称「神龍ウェルトリアに守護されし聖なる都・ウェリスタ」。
から、ほんの少し西に向かった先に位置する、正式名称「神の御座に近き場所・フラミテの森」。
ここで智の女神・ロアとの邂逅を果たし、町人村人冒険者その他もろもろの一般キャラ達と一線を画す存在【放浪者・ワンダラー】として覚醒させてもらうことで、ようやくこの世界にプレイヤーとして降り立つことができる。
で、何度目をこすってみても俺の目の前にいるのはどうにもこうにも俺がサブキャラを作成したり、クエストをこなすたびに出会った智の女神・ロア様そのものなのだ。
ちなみに【seven wonders】は2Dのゲームだったので、俺は当然のことながら平面世界の薄っぺらいロア様しか知らない。
しかしその、ちっちゃくて銀髪でオッドアイの神様なんていう二次元の権化のような存在が、目の前でバリバリの立体三次元で御降臨あそばしているのである。
そんな女神様でも、びっくりするということはあるらしい。
三次元離れした女神様は、左右の色の違う目を丸くするというリアクションをした。
神様というキャラ付けのせいだと思うが、二次元では表情らしい表情が描かれることはなかったため、意外といえば意外だった。
「…あなたは…?」
うお!
すげえ!
まじかよ!
シャベッタアアアアア!
例えば。
始まりの村にいる村娘Aが、ここは○○の村よ、だとか、武器や防具は装備しなきゃ意味がないわ、だとか話すのはシステム上でそういう会話を組み込まれているからに他ならない。
それはゲームがゲームであり、村娘Aがシステムの中の人である以上どうしようもないことで、彼女らにこっちのレベルが1なのか99なのか、プレイ時間が1分か10000時間かなどという判断基準はない。
もちろん、普通ならば。
だがどうしたことか、この目の前の女神様はゲームシステムに組み込まれた
「ようこそ、アルフォリア大陸へ。」
の、後に続く、
「お初にお目にかかります、私の名は智を司る女神・ロア。」
ではなく、
「…あなたは…?」
という言葉をこちらに投げかけてきたのだ。
もちろん、ゲームのオープニングイベントとも言えるこの会話で、別の選択肢や会話パターンがでてくるなんて、見たことも聞いたこともない。
そもそも、【seven wonders】を始めるとまず性別、体格、容姿や髪型などを設定することになる。
それが終わった後、彼女からここでほぼ一方的に質問され、その質問の解答如何で初期ステータス ーいわゆる力の強さや身のこなしの素早さ、身体の頑強さや賢さなどー を決定し、最後にこの世界で名乗る名を彼女に告げる。
要は、このやり取りに会話的要素はなく、どっちかと言えば彼女のここでの役割は、粛々と冒険者を【放浪者】にする作業をこなしていく、役所の住民登録窓口のような感じなのである。
とまあそんな彼女がコミュニケーションを取りに来た。俺に。
会話のキャッチボールというやつを試みてきたのだ。俺と。
つまるところそれは、彼女がシステムではない、ということの査証でもあって。
加えて、絹糸のようなサラッサラの銀髪の淡く甘い香りと、それを運んできた爽やかな風の肌触り 、そして投げかけられたか細いけれど芯のある声。
彼女が女神なのか、はたまた人間が悪い冗談でゲームの登場人物である女神様そっくりの格好をしているかは知らないが、この冗談みたいに現実離れした存在が、状況を総合的に判断するに、実体を伴って俺の前に居る、という事実は確からしい。
女神様はやや困った顔をしながら、こちらの様子を窺っている。
ボールを投げ込まれたのはこちらなので、投げ返さなければならない。
彼女がでてきたあたりから立ちこめだした周囲が見えないほどには濃い霧の中で、やぁどうもいい天気ですね、なんて毒にも薬にもならない無難トークをしてみても仕方がないので、率直な疑問をぶつけてみることにした。
「あのー…女神ロア、様ですか?」
ビクッと。
彼女の肩が一瞬浮いた。
どうやらさっきよりもう一段大きめにびっくりしたらしかった。
なぜそれを?と今にも聞きたそうに口元をわなわなぱくぱくさせ、混乱しているのか丸くなった目に涙をためながら、右手で恭しく掲げていた杖を完全にバットのような人を殴り倒せる持ち方に持ち替えている。
そりゃそうだよな。
はいかいいえでしか話すことのなかった存在から急にお前女神だろ、とか言われてあまつさえそれが実のところ当たってるという状況に置かれたら、こんなリアクションになるのはやられた側としては悲しいけれど、やる側の事を考えればその思考の流れというのは想像に難くない。
ただ、今の反応は悪い冗談でもなんでもなく、彼女がどうやら俺の知ってる女神ロアと呼んでいた存在だ、ということを肯定するものでもある。
あっちが本物ってことならこっちも生憎とわからないことばかり、いや、わからないことしかないくらいなのだ。
驚きを通り越して怯える女神様には悪いが
幾つか解消しておきたい疑問がある。
「えー、ここは…その…アルフォリア大陸?」
「は、はい。」
「てことは、ここは【seven wonders】の中?」
「え?せぶ…なんですか?それは。」
「ああ、いえ、結構。何でもありません。えーっと、俺はこれから、【放浪者】になる。そうですね?」
「えぇ!?は、はい、そうですけど…。」
「質問は。」
「あ、え?」
「五つの質問。」
「あ、ああ、えっと、はい、あの…汝、人を守り…。」
「あぁ、そこはやっぱり変わらないのか。はい。」
「え?」
「答え。はい。」
「あの、まだ全部言って…。」
「大丈夫、『識って』ます。質問の答えは、はいはいいいえ、はいいいえ。」
「…あ…あ…。」
いよいよ、彼女は絶句してしまった。
さっきの例えのまま続けるならば、さしずめ彼女の今の気持ちは、お前女神だろ、と指摘された後に身長体重スリーサイズをビタっと当てられたような感じだろう。
今の会話から推察するに、彼女らは、あくまで『この世界』の住人であり、この世界が【seven wonders】というゲームの中である、という認識は持ち合わせていないらしい。
そんで、まあ、その、なんだ。
どうにも頭の痛くなる話だが、彼女が嘘を言っていなければ、俺は【seven wonders】に、厳密には、【seven wonders】内アルフォリア大陸に、入り込んでしまった、ということで、間違いない、らしい。
うん。
何を言ってるかわからないと思うが今起こったことをありのまま話すぜ、っていっても絶対に誰にも信じてもらえない気がする。
彼女の役割そのものはゲーム世界でのそれと変わってないらしく、質問の内容も同じもののようだ。
質問を聞かずに答えられたのは、なんのことはない、こうすれば自分の戦闘スタイルに、より適した初期ステータスになる、ということを覚えていた…『識って』いたというだけのこと。
勿論、このくらいの情報は攻略サイトを検索すればいくらでも引っ張れる程度のものなので、自慢するようなことでもなんでもないのだが。
「あ、あ、あの!」
腰が引けていて、とても二次元の頃の威厳というか格式というか、そういう類の物は感じられないのだが、彼女はかなりビビりながらも、俺にもう一度、ボールを投げ返してきた。
「あなたの…あなたの、真名は…!」
そうだった。
初期ステータス決定ともう一つ、彼女に課せられた大きな使命。
この世界で名乗るための名前、真名の確認。
真の名前、か。
PCのキーボードという入力インターフェースではなく、自分の口でその名前を伝えることに、こそばゆいようなこっぱずかしいような不思議な感覚を覚えたが、思いのほか、その名前をはっきりと口にすることが出来た。
【seven wonders】と共に十年間歩み、慣れ親しんできた、俺にとっての、もう一つの名前を。
「俺は…葉隠。葉隠秀夜です。」
「葉隠…あぁ…そうですか…あなただったのですね。」
「…え?」
あなただったのですね…?
どういうことだ?
彼女は俺を知っていたってことか?
とてもそんな感じは見受けられなかったような気がするのだが、とすると、彼女は俺が誰かどうかじゃなく、葉隠秀夜という存在の名前だけを知っていたということなのか…?
「葉隠秀夜様。」
「…は、はい!」
不意にそっちの名を呼ばれて一瞬返事に戸惑う。
彼女の方を見やると、右手の杖をこちらに
向け真剣な顔をしている。
口を真一文字に結び少し顔を強ばらせながらではあるが、真摯な姿勢というか、思いは伝わってくる。
なんの変哲もないように見える杖全体がぼうっと光を湛え、これから起こることを予感させる。
「あなたの中に眠る【放浪者】の力を、今から目覚めさせます。」
「…はい。」
「これにより、あなたは人としての限界の鎖を解き…って、もう『識って』いるんでしたね。」
「…えぇ。」
「なら、遠慮なく…!」
杖の光はどんどんと明るく大きくなり、今や小さな太陽を思わせるほど眩く輝いている。
彼女は目を閉じ、杖を頭上高く掲げ、はっきりと力強い声で呪文を唱える。
「汝、現世の全てを放浪し、真実を掴む者なり。
汝、常世の全てを放浪し、射干玉の闇を払う者なり。
汝、幽世の全てを放浪し、失えど尚歩む者なり。
その脚に歩めぬ道はなし。
その心を阻む道はなし。
循環の理の内より出でて、循環の環の外へと還れ。
悠久の時を消費する我らが、有限の時を刻む汝らに望む。
汝、今その身に宿し【放浪者】の血と我が智を以て為す!
命運を手繰り、その天秤を正せ!」
掲げられていた杖があらんかぎりの勢いで振り下ろされる。
まっすぐに光の塊が俺に向かって飛んできて、どストライクで命中する。
痛みや衝撃はなく、光は俺の体に入り込むようにして消えていく。
どくん。
と、心臓を打つ鼓動の音が一際大きく高い
音を立て、全身の血液が沸騰しているように熱くなり、身体中を駆け巡る。
頭は逆にキレッキレに冷えていく感覚で、
今ならどんな難問にも答えが導けるような気がするし、どんな状況にも冷静的確に対応できるような気がする。
最高にハイっていうのはきっとこのような状態を言うのだろう。
「…改めて、ようこそ、アルフォリア大陸へ。【放浪者】葉隠秀夜様。」
「どうも、よろしく。」
「次に目を覚ます時より、あなたはこの世界を正す存在となる。迷わず歩むのです。あなたにはそれが出来る力と、心がある。」
彼女が、ゲームの時の締めの言葉を話している中、俺の足元から風が立ち上る。
見れば地面にはいつしか魔法陣が刻まれており青い光が魔法陣をなぞるように進み、やがて結ばれ一際強い風を巻き起こす。
「またいつか、時の環の中でお逢いすることもあるでしょう。それまでどうかお元気で。」
「はい。」
「それから…。」
風が暴風となり、轟音を伴う。
彼女は何か言葉を呟く。
風に阻まれてはっきりとは聞こえない。
彼女が頭を下げる。
浮遊感に包まれ、ふっと浮き上がったような感覚を最後に、俺の意識はそこで途絶えた。
目を覚ますと、高い天井があった。
案の上それは見慣れた我が家の天井ではなく、よく世界遺産とかで目にするような装飾が為された、石造りの天井。
豪華な、というよりはシンプルな機能美を追求したそのデザインには少し見覚えがある気がした。
身体を起こす。
辺りを見回す。
あぁ、そっか。
やっぱりここだよな。
ここはウェリスタ大聖堂。たぶん。
ゲームの中で見た柱の形状や、壁のパターンの模様が、高さを得て三次元になってはいるが、見慣れた模様は変わっていない。
天井のアングルなんてなかったから少し戸惑いはしたが。
ロア様とのオープニングイベントを終えたプレイヤーは、ここウェリスタ大聖堂へと転送される。
起きたら夢、ってパターンかとも思ったのだが、どうやらこの夢はまだ醒めないようだ。
「…この世界を、宜しくお願い致します。」
聞き間違い…じゃないよな。
ロア様が風に包まれる俺に投げかけた言葉の意味を、俺は未だ知ることはなく、頭を掻き、一つ溜め息をついた。