プロローグ
愛。
生きとし生けるモノ全てが持ち合わせる、万国共通永久不変の素敵な言葉。
さて、心のド真ん中だか、忘れ去られた記憶の扉の向こうかは置いといて、あんたの心にも大なり小なり愛ってもんはあるだろう。
なに?リア充爆発しろ?
違う違う、そういうこっちゃなくてだな。
愛する「者」、なんて立派な人はなくっても、誰しも愛する「物」くらいならあるんじゃないかって話だ。
なんでもいい。
お気に入りの毎朝使ってるコーヒーマグだったり。
通勤の時にしか乗らないのに身の丈に合わないローン組んじまった愛車だったり。
決してディスプレイからでてきちゃくれない嫁だったり。あ、これは愛する者か。
ま、とにもかくにもそういう誰の心にもあるであろう愛をありったけ注いだものが俺の場合はコレだった。
【seven wonders】
発売元は株式会社・アルケミスト。
いわゆる、ネトゲである。
そのなかでも、『MMORPG』ー多人数同時参加型ロールプレイングゲームーというものに分類される作品だ。
竜の王様をやっつける冒険にいったり、最後の幻想をおっかける伝説のゲームが産まれたのと、この国にRPGという言葉が根付き始めたのは調べたわけじゃないがきっと同じくらいの時期だったはずだ。
以後、前述の作品は爆発的人気を誇り、続編がでるごとに社会現象となるとともにRPGは日本の、いや、世界のゲームを牽引していった。
だが人は変化を欲するもの。
RPGというものがこねてこねてこねくり回され、もう誰もみたことのないような新しいネタなんて思いつくクリエイターが数少なくなった頃、世界は新しいオモチャを得た。
インターネットである。
そこで、おそらくどっかの天才がふと思いついた。
「あれ、これインターネットとか使って離れた人達と一緒にリアルタイムでRPGできたらめっちゃ面白いんじゃね?」
新しいものは金になる。
誰もが知るような大手メーカーから誰も知らない無名のメーカーまで、ありとあらゆる会社があれやこれやと出来なかった事ややりたかった事を詰め込んで、こぞって誰もみたことのない新しいRPGを作りはじめた。
その群雄割拠の時代を、実にマイペースに、そして実に堅実に、歩みを止めることなく一歩一歩進み。
誰でも知ってるほど有名ではないが、かといって運営がたちゆかないほど人がいないわけではない。
大作、名作、というより、佳作、良作といったゲーム。
それが【seven wonders】だ。
そんな作品に俺がどハマリしたのは、きっと最初に始めたMMORPGだったから、というだけではない。
巷では、十年間その人気を維持していた理由としてよく挙げられるのが、
・MMOには珍しい作品の非常に高いストーリー性。
・にもかかわらず、職業やスキル、装備アイテムなどのカスタマイズによる自由度の高さ。
・ゲーム内の要素を知り尽くし、遊びつくした上で、極限までユーザー側のプレイを想定し行われているバランス調整。
・それを可能にしているマメで気が利いてとんでもなくよく働く神運営陣。
といった所だ。
そして、このゲームを十年続けた俺からみても、この指摘はズバッと的を得ている。
何のことはない、ただ知名度が低いというだけで、たまたま最初に当たりゲーを引いたという話なのだ。実に運が良かったと言わざるを得ない。
あれから、十年。
もう、十年。
この十年の間。
俺の愛は、おそらく、全てここにあった。
だからこそ、胸を張って言える。
俺はおそらく世界でも有数の【seven wonders】マニアであり、マスターであり、マイスターであったと。
で、あった。
そう、あった。
【seven wonders】は、ひっそりとそのサービスを終了することとなった。
噂はかねてよりあった。
最新(にして最終だったわけだが)大型アップデートのver.7.0として発売された『ユグドラシルの選択』は、その内容、規模、それに対する反響、どれをとっても今までの大型アップデートとはいい意味で一線を画すものだった。
しかし、【seven wonders】の屋台骨ともいえる肝心のストーリーが一段落してしまったこと。
サービス開始7周年記念の最後に、第七段の大型アップデートとして行われたこと。
発表から二年近くが経っても一切次期アップデートの話が出てこなかったこと。
とどめに、株式会社アルケミストの買収騒動である。
滅多に新聞なんて読まない俺が、ネットニュースを見て、コンビニに走って、その日の朝刊を買い漁った。
どの朝刊にも、アルケミストの買収が大きな記事としては扱われておらず、最後に見た経済新聞だかの三面の隅っこに、ひっそりとその記事はあった。
まあ、薄々気付いていて気付かないふりをしていたわけなんだが、それ以上に最悪の結末を必死に考えまいとする自分の頭は、まだなにかしらの道があると信じていた。
だがそういう時に限って、現実ってのはこっちの頭を見透かして、残酷な事実を全力投球で投げ込んでくる。
時を同じくして、発売元のアルケミストから重大なお知らせとやらが届いたのだ。
もちろん、読まずとも内容はわかっていた。
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プレイヤーネーム:葉隠 秀夜 様
いつも弊社ソフト【seven wonders】をプレイしていただきまして誠にありがとうございます。
さて、この度、私共株式会社アルケミストは、業界大手のゲーム制作会社トリニティソフトと経営統合の合意に至りましたことをご報告いたします。
それに先立ちまして、事業内容の精査、また整理を行いました結果、誠に残念ではございますが、【seven wonders】の運営を続行させることは難しいとの判断に至り、サービスを終了させていただくこととなりました。
半年後の四月十四日正午、丁度サービス開始十周年を持ちまして【seven wonders】は十年の歴史に幕をおろします。
これからの半年間は月額プレイ料金を無料とさせていただくとともに、皆様とともにあった10年間を振り返るイベントなどをとり行っていく予定です。
残り少ない期間ではございますが、最後まで全社を上げて皆様の快適なプレイのサポートに努めて参りますのでよろしくお願い申しあげます。
株式会社アルケミスト 代表 橘 紫桜
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よく、頭を殴られたような衝撃、とかって比喩を聞くが、本当にそんな瞬間ってあるんだなー、と思った。あと、やっぱりかー、とも。
事実、俺はぶっ倒れ、病院に運ばれ丸一週間ログインできないというどっちの意味でも今まで一度もやったことがない体験をした。
考えてもみてほしい。
今日はがんばるぞ、と気合いを入れた朝に愛用しているマグカップの取っ手がとれた瞬間を。
ローンが数十回残ってる愛車が、不注意の事故で大破してドナドナよろしくレッカー車に引きずられていくのを見守る瞬間を!
二次元の嫁がマジ勘弁っつって回線遮断しやがる瞬間を!!
過労?という曖昧な診断の元、ベッドの上に転がされ、一週間放心状態で点滴の液が落ちるのを見続けていたら、思ったよりすぐ気持ちを切り替えることができた。
そう、まだ半年もあるんだ。半年も。半年間で…遊び尽くさなきゃ…!
退院してからの生活の中心は、【seven wonders】だった。
飯の時間も、風呂の時間も、【seven wonders】ありきの生活。まあ、ぶっちゃけ言うほどいつもと変わらなかった。
夏が終わり、秋を迎え、寒い冬を越えて、といった具合で季節はなめらかに進んでいき。
俺がこのゲーム内でやっていないことは最早ない、そう言いきれるまで遊び尽くした春の日。
運命の日 ー4月14日ー は訪れた。
この日はまぁ、サーバー全体をあげての盛大な祭りだった。
普通にやってたらまず手にすることのできないとんでもないランクの装備がゴミ同然の値段で売り出され。
街から直通の空間転送サービスは遭遇するための条件が厳しいボスの部屋への転送を可能とし。
レベルがカンストしていないプレイヤーを強制レベルMAXにするサービスなど、最後の一瞬を遊び尽くすためにあらゆるテコ入れが受けられる。
逆に言えば、もう、どうしようもなく手の施しようがない、明確な「終わり」のためのイベントだった。
そんな中、俺はというと。
仲間と夜通しだべっていた。
ギルド名【High-Wind】
どのギルドよりも強いわけでも。
どのギルドよりも大きいわけでもない。
ただし、負けず嫌いで目立ちたがり屋。
すべては、楽しいかどうかが価値基準。
愛すべき、俺の、俺達のギルドだ。
最後の日に集まったメンバーと、あれやこれや話し続けていたら、あっという間にもうすぐ正午、という時間だった。
どれだけ話したりなかろうが、どれだけ名残が惜しかろうが、時間は少しも待ってはくれない。
みんなの話す内容が今までの思い出話からまたどっかで、とか、次はなにやろっかな、に変わった頃、ギルドマスターの音頭で最後の、本当に最後の瞬間に、スクリーンショットを残した。
「そいじゃ、まったのー!」
と、スクリーンショットの会話ウィンドウに残った言葉は、いつもと何一つ変わらないギルドマスターの挨拶だった。
そのウィンドウの文字を幾度となく読み返している途中で、俺はこの世界からログアウトし…。
…現実に戻ってきた。
目の前にはPCのディスプレイと、それに映る【seven wonders】の起動画面。
試しに、ログインIDと、パスワードを入力してみた。
「seven wondersのサービスは15/4/14 12:00を持ちまして終了いたしました。thank you for playing!」
というメッセージが表示されるだけだった。
現実には戻ってきた。
だけど、大切なものは無くなっていた。
ちょっとしたことから大きなイベントまで、撮りに撮りためたスクリーンショットを見返したらいい大人なのに涙がボロッボロこぼれてきた。
ひとしきり泣いて、頭痛がしてきたのでふと考えた。
…明日から、何してすごそっかな。
漠然と考えていたら、喪失感と共に、強烈きわまりない眠気が襲ってきた。そりゃ20時間もチャットでしゃべり倒せば疲れもする。
とりあえず、寝よう。
今なら眠りにつくのが3秒きれるかもしれない。
…どんだけ寝たかよくわからないが、とりあえず、背中が痛い。
体を起こす。
ん。
ん?
んんん!?
目は、醒めてる。間違いない。完璧だ。
頬をつねると痛いし、夢独特の浮遊感みたいなものもない。
でも、ここは俺の部屋じゃない。
そもそもここは部屋じゃない。
野外だ。
野外っつっても自分の家の外とか、そんな生やさしいもんじゃない。
前を向けばまっすぐな舗装されてない道。
後ろを振り向いてもおんなじようなまっすぐな道。
どちらも遠すぎてその果ては見えない。
側面には鬱蒼と茂った森。
これはなかなか、なんというか現実っぽいがあまりにもファンタジーすぎて、夢以外ありえな…。
…ファンタジー…?
慌てて自分の手を見る。
その手には、付けてることを感じないくらい手になじんだグローブが。
体には、質素だけど動きやすそうな服。
足には、履きならしたブーツ。
腰には、一振りの…使い込まれたナイフ。
あれ。
そんな。
まさか。
これはまさか!?
俺はある一つの確信を持って、その道を走り出す。
足取りが軽い。まるで、自分の足ではないかのように。
息を切らすことなく、200mは走っただろうか。
周囲がぼんやりとした霧に包まれる。
うん。
そう。
そうそう。
てことは。
俺は抑えることなど到底できない期待感と、その裏にある、もしそうじゃなかったら、という絶望を胸に、それでも、半ば勢いで、振り返る…!
そこには、やはり、少女がいた。
厳密には少女の姿が見えたわけではない。
その証拠に、俺の目の前にいる彼女であろうそれは、まだ、人の形の靄でしかなかったからだ。
だが、それは間違いなく絶対に少女で。
まもなく、薄く緑色に輝くローブを身にまとい、突風によって払われた靄の中から俺の前に現れ。
銀色の絹糸みたいな髪を風になびかせ、左右の色の違う眼で俺を見据えながら。
赤みのほとんどない唇を小さく動かしてこう言うんだ。
「「ようこそ、アルフォリア大陸へ。」」
どうやら、俺の大切なものは、なんだかよくわからないけど、どっこいまだまだ無くなってなどいないようだ。