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第五話




 ◆




「あ、あ、あ、アオさん?!な、なにを………」

ナイフを持つ自分の手が確かにアオの胸にあることを認識するラミラ。

鬱血するほど強くアオに掴まえれているせいで女であるラミラには抵抗することもできずただされるがままに彼の胸に、心臓に鋭利なそれを突き立ててしまっている。


「君……がっ、僕を殺すんだ。君はさっき僕のことを大切だと言った………、だ、だからこれで魔法が生まれる…………」


「やめてください!!はやくこれを抜いてぇ!!」

ラミラの必死の抵抗空しく、アオはさらに自分の心臓へとナイフを深く刺していく。

血反吐を吐いているアオもさらに痛みで顔を歪める。


「いやっ……こんなの………こんなのって………っ!!」


「君に会えてよかったよ………、僕も今日は、楽しかった……。言ったよね……ラミ、ラ。僕のことは大切かい?」

そう。

アオの作戦というのはラミラに自分を殺させることだった。

殺させ、ラミラに生まれる“特殊な”悲しみによって新たな魔法をつくることにあった。

ラミラの魔法『空間転移』は攻撃魔法ではなく移動魔法、使い方次第では戦えるが今まさに空から降ってくる魔物の巨大さには歯が立たない。

だから別の魔法をつくるしかない。

だからアオはラミラに訊く。

自分はお前にとって大切なのかを。


「違いますっ!アオさんなんか大切じゃないです!!だからこんなことしても魔法なんて生まれません!!だから、だからぁ………」

泣きじゃくるラミラを見てアオは少しだけ笑う。


「君は強い子だ………でも、『もっと強く、な………れ…………』」


それを最後に彼は崩れ落ちる。

笑いながら意識をなくしたアオからやっとナイフを抜くことができたラミラ。

しかし、その手はアオの血で濡れていてアオの胸からも血が止まらない。

誰が見ても致命傷だった。

アオは死に、ラミラが殺した。

本人は望まずに無理矢理殺させられた。


「いやああああああああああああああああああああ」


「ブオオォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」

ラミラの泣き叫ぶ声と魔物の鳴き声が重なり合う。

しかし、魔物の鳴き声がだんだんと大きくなっていき、どんどんこの『世界』に落ちていっているのがわかる。

時間はあまり許されていなかった。


「アオさん………アオさん…………」

泣き崩れる少女はうわ言のように青年の名前を呼ぶ。

一日だけしか過ごしていない青年の名前を。


目が覚めたら目の前にいて。

カレーを食べさせてくれて。

一緒に暮らしてくれると言ってくれて。

デパートでいっぱい遊んでくれて。

自分のことを受け入れてくれて。

また目が覚めたら毛布かけようとしてくれて。

料理を教えてくれて。

一緒に星空を眺めてくれた。


一日だけで十分だった。

十分に大切な人になってくれた。

そんな人を殺してしまった。

また。


ラミラがアオを殺したことに自覚すると悲しみが生まれる。

アオの目論見通り大切な人を殺してしまったという“特殊な”悲しみが生まれる。

それを対価に『魔法族』は魔法を手に入れ『魔法使い』になる。

ラミラは二つ目の魔法を手に入れた。

アオが最後に言ったのは『強くなれ』。

ラミラの全身に眩い光が宿る。

星も見えない暗い夜の中で明るく美しく彼女は輝く。

その輝きは血塗られたナイフへと集約し、ナイフは立派な剣へと変身を遂げた。

騎士が携えているような立派な、血のように赤い剣へと。


「これが……アオさんがくれた、魔法………」


ラミラに宿る魔法、それは『一刀両断』。

物質を魔法剣に変え、武器として戦う魔法。

これがアオがラミラに託した『世界』を救うための策。

たったひとつの方法。

自分を犠牲にして新たな魔法で魔物を倒す。


「アオさんの命だけは………、無駄にしないっ!」

瞬間、彼女はアオが倒れている空き地から姿を消し、魔物がいる上空へとその身を現す。

これが彼女の魔法『空間転移』。


「おまえだけは許さない!!」

ラミラは持っている光り輝く剣を精一杯振りかぶり魔物へと剣戟を喰らわせる。

すると巨大な魔物はハサミで切られた紙のように横一線に割れ絶命する。

たった一振りで空を覆う馬鹿でかい化け物を倒した。


「うわあああああああああああああああああああ」

なおもラミラはがむしゃらに剣を振り回す。

アオを殺した悲しみかき消すかのように、魔物の体を切り刻んでいく。

それから、細かく刻んだ肉を何回にも分け転移させ『魔法界』へと送った。

どうやら魔法が発現したときに魔力も一緒に回復したようだ。


これにてラミラ、なによりアオにより『世界』は救われた。


「………………」

閉じようとする円形の闇。

この闇の中に飛び込めばラミラは元の世界へと帰れる。

でも、このまま帰っていいのかとラミラはアオの遺体がある空き地を見下ろす。


“自分の気持ちだけは向き合わないといけないよ”


あの時、錯乱する自分に掛けてくれた言葉。

自分から逃げるな、と。前に進め、と。

そして。


“一緒に頑張ろうね”


「………さよなら、嘘つきなアオさん」


剣を消して何かを決心したラミラは闇の中へと飛び込んだ。

最後に笑ったアオの顔を思いながら。




 ◇



アオが倒れている空き地に一人の影があった。


「ラミラのやつ行っちまったぞ」

朧だった。

彼女も空の異常に気付き、魔法の存在を知っていたゆえにアオやラミラと同じように円形の闇の真下にあたるこの空き地に来ていた。

そして、二人の一連のやり取りをまたもや立ち聞きしていた。

アオがラミラに自分を殺させたこと。

そのラミラが新しい魔法で魔物を倒し、元の世界に戻ったこと。

全てを見ていた。

そんな彼女が血まみれで横たわっているアオに対して話しかける。


「これで良かったのかね、せめて私くらいには別れの言葉くらいあってもいいんじゃない?」

答える者はこの場にはいなかった。

朧はアオの遺体があるところまで近づき、しゃがみ込んで彼の顔を覗き込む。

そして顔を近づけて―――


「さっさと起きやがれ!!」

あろうことか朧は心臓一突きされているアオの体に拳を振りおろす。

死者に対してなんとあるまじき問題行為。

冒涜も甚だしい。


「ごふっ、いったい!!?」

たとえ殴った相手が生きていたとしても寝ている相手を殴るのもどうかと思う。


「なにするんだよ、朧さん。こっちは心臓治したばかりなのに」


「私を無視するお前が悪い」


「………………」

どこか釈然としないアオは不貞腐れたように体を起こす。


「ラミラは本当に帰ったの?」

血まみれに汚れた服を気にしながらアオは訊く。


「ああ、あの暗闇の中に入って行ったよ。これでアイツも強い魔法手に入れて元の世界にも戻れて、めでたしめでたしだ」


「なんとか、僕が生きてることバレずに済んでよかったよ」


「なんで死んだフリなんかしてたんだよ?アイツ、絶対辛い思いしてるだろ」


「殺した相手が実は生きてるってなったら、『悲しみ』自体がなくなるからね。そうなると新しく手に入れた魔法も消滅してしまう。そんなことが起きたりするから、『完全回復』の魔法が使える僕は『魔法界』から追放されたんだけど」


「やっぱりラミラの話してた追放された魔法使いってお前のことだったのかよ」


「僕が魔法を手に入れたのは十三のとき……五年前だ。僕の『完全回復』に死者まで生き返らせる可能性があると考えた『魔法機関』は魔法使いを絶滅させられると思ってすぐに僕をこの『世界』に追いやったんだ」


「ん?じゃあ初めてお前と会って私のことを事故の怪我から助けてくれたのって……」


「この『世界』に来てすぐのことだったよ。転送されてすぐ目の前に死にかけた人がいるもんだからつい助けちゃった」


「ははっ、これも運命ってやつか」


これらの会話をまとめると、アオはラミラには隠していたが実は魔法使いでそれも『完全回復』という相手を健常に治す魔法を有していた。

その魔法で心臓の刺し傷を治し、ラミラが殺したと思われていたが生きていた。

朧はそのことを知っていたが、アオが『魔法界』から追放された魔法使いだとは知らなかった。

アオも全てを朧に話しているわけではなかった。

だから朧は質問をする。


「お前も人を……大切な人を殺したのか?」


「僕は…………。……僕は自分の母親を殺した」

アオは話した。

自分は『魔法機関』が新たなる強力な魔法をつくり出すのを目的に母親を殺すために育てられたことを。

その母親の口癖は『死があるから人は生きれる』だったこと。

そして、最期の言葉が『生きて』だったこと。


「生まれる魔法っていうのは殺した相手の願いに反映されることが多いんだ。だから僕は治す魔法、ラミラは自由になる魔法と強い剣の魔法だった」


「なんで魔法使いについて教えてくれなかったんだ?お前は自分が魔法使いであることをラミラに隠すようだったから私も協力したが……、教えてくれればもっとうまく隠せたのによ」


「ラミラに隠してたのはラミラが『魔法機関』の人間だからバレたら面倒になると思ったからだったんだけど………」

アオはバツの悪そうに俯く。


「知られたくなかったんだよ、僕が人殺しだって。朧さんに」

これが冷静沈着なアオの本音だった。


「純粋に助けられたことに感謝してくれて。僕に居場所をくれて。僕を救ってくれた朧さんに、知られたくなかったんだ。ごめん……今まで隠してて」


「別にいいけどよ。今更、お前が人殺しだってこと知ったところで言葉は悪いが私は人を殺したことがあったお前を好きになったんだからお前のことを嫌ったりしねぇよ。今まで通りだ、変わらんよ。今まで通り、お前は私の“大切な人”だよ」


「おぼろ、さん………」


「あと。お前が魔法を使えるってことはお前は母親を生き返らせてねぇんだろ?」


「うん。さすがの魔法も死者を蘇らせることはできなかった」


「ならお前の母親の口癖『死があるから生きれる』ってやつ。私たちはちゃんと死ねるんだ、ちゃんと生きてこうぜ」

差し伸べてくれる朧の手をアオはつかみ、立ち上がる。

ラミラと同じように人殺しの自分なんかと一緒に生きてくれる人なんているはずないと思っていた。

でもそんなことはなくて。

一緒に生きようと言ってくれる人がいる。

それだけでアオは十分だった。


「まぁ今まで通りじゃなくなることもあるかもな」


「え?」

朧がぼそりと呟いた言葉の意味がわからなくてアオは聞き返してしまう。


「―――アオさん」


「え?」

今度は本当にわからなくて声がした方へと顔を向ける。

そこにはいるはずのない、『世界』を救った魔法使いの少女が泣きながらいた。


「ぐすっ、アオさん――――」


「なんでラミラがここに………?」


「忘れ物を」

ラミラは嗚咽を我慢しながら説明する。


「取りに来たんです」

忘れ物。

そう聞いてさっきまでのラミラとの違いに気がつく。

長い三角帽子。

魔法使いが被ってそうな黒くて長い三角帽子を彼女は頭に乗せていた。

確かにアオの部屋に落ちてからずっと部屋の中にあったもので、ラミラの私物だった。

それを取りに再び世界を越えてきたのか。

アオは呆れる。


「せっかく戻ってきたからアオさんのところに行こうとして………」


「これでもうあの剣の魔法は使えなくなるよ。それでも良いいの?」


「良かったです。わたしが欲しいのは力じゃなくてアオさんですから」


「だから……プロポーズみたいだよ、それ」


感極まったのかラミラはアオの下へと駆け寄り精一杯抱きしめる。

彼の命を確かめるように心臓の鼓動を聞きながら彼女は泣いた。


春の夜風が吹き荒れる。

桜の花びらが二人を祝福する。


そんな二人に対して朧は一言。


「やっぱり盛ってるねぇ」


魔法が消えるとき。

二人は互いに命の音を噛み締めた。





 ◆





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