第四話
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帰り道。
暗くなり始める町のなか、泣きつかれた少女を背負いアオは朧と並んで帰る。
トイレと言っていたが、朧は二人の問答を途中から盗み聞きしていたようだった。
「昔のお前みたいだったな」
「………そう、だったっけ?」
「そうだよ。あれは私がお前に言った言葉だったよ」
『自分の気持ちと向き合えよ、クソガキ!!』
「そうだったっけ………」
「大事してくれているようで嬉しいよ、私は」
そんなことを話しながらの帰り道だった。
それからは用があるとか言って朧は早々に出掛け必然的に眠っているラミラをアオの部屋で世話することになった。
春先になったばかりとは言え、夜になると途端に肌寒くなり寝ているラミラに毛布をかけようとすると微睡みながら彼女は目を覚ました。
「あれ………アオさんの部屋だ……」
「まだ寝とく?」
寝ぼけるラミラにそう聞くと「起きます」と答えが返ってくる。
「久しぶりに夢を見ました……。セラと一緒にでぱぁとで遊んでいる夢を………」
「………そっか」
それは良い夢なのかどうかアオにはわからなかった。
ただ屋上で見せた泣き顔よりはずっとマシな顔つきだったので、アオはそう思うことにした。
「もう外は暗いですね、ご飯はどうします?」
「さすがにカレーはなくなったし、僕も疲れたからここは簡単にチャーハンでもつくるか」
「ちゃあはん?それもそれでおいしそうです!」
昼と同じように台所に二人並んで不慣れなラミラに包丁やフライパンの使い方を教えながら、いつもより手間をかけて一緒に料理をした。
好奇心旺盛なラミラはもちろん、アオだってこの時間はなんだか楽しく思えた。
惜しいとさえ思う、ずっとこんな時間が続けば良いのにと願って止まない。
それほど楽しかった。
食事を済ませてからは特にやることもなく、テレビでも見て質問攻めを例によって受けていたら時間はすでに深夜の時刻となっていた。
一度寝たせいでラミラは眠くならないのか、ベランダで二人して星を眺めていた
「うわぁ、世界が変われば星空も全然違いますねぇ」
「………そうだろうね」
ベンチに座ったように離れていない、肩と肩が触れそうな近くで二人して柵に寄りかかる。
「ねぇアオさん。わたしは自分の気持ちから逃げるようにあの日からがむしゃらに頑張ってきました。それがセラのためだと言い聞かせて」
大きく伸びをして一息置いてからラミラは続ける。
「でも、それだと生きてる心地っていうものがなかった気がします。逃げてるほうがずっと楽でしたけど……。だからアオさんと朧さんと楽しい時間を過ごして『わたしって生きてるんだな』って思った時、セラの死をはっきりと実感してどうしようもなくなりました。でもアオさんの言葉でわたし、なんとかこれからも生きていけそうです」
「それは良かった」
明るく、笑った顔をしている彼女に対してアオはそれくらいのことしか返せなかった。
「これから一緒に生きていきましょうね、アオさん」
「なんだかそれ……プロポーズみたいだね」
「………………はうわっ!!」
言われてあたふたするラミラを見ていることで、アオはどこかでほっとする。
自分の気持ちを誤魔化せて、ほっとする。
自分とこの少女を比べて生まれた感情を隠せて良かったとアオは思ったのだった。
「しかし、なんとも運命的だよね」
「はい?」
アオから“運命”という言葉が出てきたことが意外でラミラはつい聞き返してしまった。
「君がこの『世界』にやってきたことが、さ。転移先がランダムだったことを考えるとそう思ってしまう」
「確かに。わたしは運が良いですね、アオさん達がいる『世界』に来れて」
無数の星が輝いている。
季節の匂いが突き抜ける。
静寂な夜がここにはアオとラミラの二人だけしかしないのだと錯覚させる。
「わたし……アオさんのことが知りたいです」
ラミラはアオに向き直り、そう言った。
「もう二度と大切な人はできないと思ってました。けれど、今日一日だけしかまだ経ってないのにわたしはこんなにもあなたのことが大事に思えます」
「………………」
「だから……アオさんのこと教えてくれませんか?あなたももしかしてわたしと同じように―――――」
その瞬間。
夜空から星が消える。
「「!?」」
元々真っ暗な夜なのだから星の光が消えた程度では視覚的に何の問題もなかった。
だけれど、さっきまで星空を眺めていた二人は驚愕でしかない。
「なんだよ……あれ………」
星が消えたのではなく、見えなくなっただけなのだと二人は気付いた。
曇天の夜空よりもどす黒い空間がそこには発生していたのだ。
さながらブラックホールのように全てを飲み込むような真っ暗な闇がそこにはあった。
「ちょっと待って……何が起きている!」
いつもは冷静なアオもこれにはうろたえることしかできなかった。
何の前触れもなく、ただ唐突に超常現象が起きている。
理解が追いつかないのも無理はない。
この『世界』ではこれは異常なのだ。
異常なこと、すなわちこれは―――
「―――魔法」
「ラミラ!あれってもしかしたら君の迎えが来たんじゃないか!?」
「そう……なんでしょうか」
そうこうしている内に空に発生した闇は円を描きながら広がっていく。
そして、ある範囲まで大きくなるとその闇は拡大をやめた。
「とりあえずあそこの真下のほうに行ってみます。距離はそんなに遠くないみたいですし、わたしの魔法ですぐに!」
「僕も連れてってくれないか?なんだか嫌な予感がする」
ラミラは頷き、アオの手を握り片方の手を自身の前へと突き出す。
「ほいっ!」
と、気の抜けたかけ声が聞こえた途端アオの見ていた景色はガラリと変わった。
ベランダからどこかの空き地へと。
アオは初めて転移を体験した。
そのことに興奮するよりもまず二人は上を向く。
突如、現れた闇を見る。
「ねぇアオさん………、あの中に何かいませんか?」
怯えたようにラミラは指をさす。
そこを集中して見てみると確かに何かがいるように見える。
「あれってまさか………、いやでもなんでそんなことに………っ!?」
「どうしたんだラミラ!あの闇の中にいるのはなんだっていうんだ?!」
「あれは………おそらく魔物、ですよ」
心底震えながらラミラは答える。
「魔物……だって………?」
時間が経つにつれて闇の中にいた『何か』は徐々にその姿を明らかにしていく。
半径十キロはあるだろうか、その円形の闇の中から目いっぱいにその化け物はこちらの世界に来ようとしている。
巨大な体に巨大な顔。
細い目が八つにサメのように鋭い歯、人間のような間接のある大木のように太い四本の腕、そして紫色をした禍々しい体躯。
今の時点で見えている範囲でも相当悍ましい。
この『世界』でいるはずのない生物、まさしく化け物。
いや、魔物が空から降ってこようとしている。
「なんでこんなことが起きているんだよ!」
「わかりませんよ!でも考えられるのは『魔法界』とこの『世界』を繋ぐ転送区域に事故が起きたのかもしれません!それで『魔法界』の魔物が一体こっちに転送されて来たのかも!」
「なんにしても、なんとかしないと……。この『世界』には魔物に対抗できる術がないッ!一体、どうすればいいんだよ………」
らしくなく頭を抱えるアオを見て、ラミラは何か決意したかのように先ほどのように手を自身の前へと突き出す。
「わたしが『空間転移』であの魔物を『魔法界』へ追い返します」
「いや……それは無理だ!」
「どうして!?」
「君にはほとんど魔力が残っていないはずだ。君が元の世界に戻れない理由はおそらくそこにある。そんな状態ではあんな馬鹿でかい魔物を転移させるのは無理に決まっている」
魔法の構えを解き腕を振り回してラミラは叫んだ。
「なら、どうするっていうんですかぁ!わたしが無力なせいでこの……この大切な『世界』も守れないだなんて!!」
取り乱すラミラをアオは腕を掴んで落ち着かせる。
ラミラの言う通りこのまま何もしなければこの『世界』はあの魔物によって滅びることになるだろう。
そして、唯一なんとかできるはずの自分に力が足りないせいでここにいる大切になってしまったアオや朧を死なせることになってしまう。
また自分は大切な人を失うのか。
せっかく前に踏み出して自由に生きようと思っていたのに。
自分ではどうすることもできないのか。
悔しさで目が涙で滲む。
悔しさでアオを強く握りしめる。
力が欲しい。
もっと強くなりたい。
少女は願った。
「やっぱりわたし行きます!このまま何もしないでいるなんて我慢できない」
「待ってくれ!頼む少しだけ待ってくれ」
アオは思考を巡らせる。
何か方法を考えないと目の前の少女が自殺めいたことをする前に。
空から化け物が降ってこようとしているんだ、今頃そこら中で騒ぎになっているだろう。
なら、自衛隊が動き出すのも時間の問題だ。
(違う!)
アオは浮かんだ考えをすぐにも否定する。
あのような化け物に対応できるような兵器が日本にあるとは思えない。
考えろとアオは強く強く自分に言い聞かせる。
逃げることを優先させてはどうか?
ラミラの魔法は逃げる魔法だと自分は言ったじゃないか、あと数回分の転移する魔力ぐらいはまだあるだろう。
すぐに朧を拾って安全な場所にワープすればいいんじゃないか?
ダメだ、こんなのじゃきっとラミラは納得しない。
どうする?どうする?どうする?どうする?どうする!?
アオは必死だった。
それだけラミラを死なせたくなかった。
ラミラがアオを大切だと言ったようにアオもラミラのことが大切だった。
大切。大事な人。
アオははっと気付く。
「そうだ………これでいこう……」
アオは思いついた。
化け物を倒す方法が。
それはなんとも最悪な方法だった。
だが、アオにとってはこれが最善の道でラミラを救うたったひとつの未来だと思った。
「ひとつだけ……ひとつだけ方法があるかもしれない」
「え?」
自分でなんとかしないと、と思っていたラミラにはアオの言葉が意外過ぎて一瞬耳を疑った。
「君次第だ、ラミラ。僕を信じてくれる?」
「あの魔物をなんとかできるなら、信じます。わたしはアオさんを信じます!」
「………わかった」
一旦二人とも落ち着こうと深呼吸をする。
今上空で聞くに堪えない奇声のような轟音が響き渡っているが、二人はまず落ち着くことに集中した。
「それでどうするんですか?」
「まず、朝に見せたナイフはまだ持っているかい?」
「はい」
思えばこっちに来てからずっと同じ服を着ていたラミラは朝起こされたときのようにローブに仕込んであったナイフを取り出す。
「こんなのをどうするんですか?戦うにはこれは小さすぎますよ」
「いや、これで十分だよ―――」
アオはラミラがナイフを持つ手を両手で強く握りしめる。
「―――僕を殺すにはね」
そして、アオは自分の胸へとそれを突き刺した。
◆