第三話
◆
案の定、ラミラからの質問攻めにあったアオはクタクタになりながらデパートの屋上遊園地のベンチで休んでいた。
ここにくるまでずっと朧とラミラに振り回されていたようにアオは思う。
色んな服を着せ合ったり季節外れの水着までも試着したりして、そのはしゃぎっぷりといったら店内でも目立っていた。
まぁ二人とも整った顔立ちをしているためそういった意味でも目立っていたが。
そんなこんなで時はもう夕暮れで、向こうでは朧が色んな乗り物や遊具でラミラの相手をしていた。
ひとしきり遊んだのか飲み物を持ってラミラだけがアオの元へとやってくる。
「朧さんはどうしたの?」
「トイレみたいです」
同じベンチに座るも一人分のスペースが両者の間に空く。
どんな衝撃的な出会いをしようと彼らはまだ顔を合わせてから一日だって経っていない。
これが二人にとって適切な距離だと言えた。
「今日は楽しかったかな?」
「それはもう。生まれて初めてかもしれないですよ、こんなに遊んだのは」
「そんなに君は『魔法機関』ってやつに拘束されているのかい?」
「魔法使いになってからはある程度自由になりました。その前はほぼ部屋に軟禁された状態でしたね。でもまぁ、あの頃も楽しかったは楽しかったですよ」
「楽しかった?」
軟禁とまで言っておいて楽しかったとはどういうことなんだとアオは聞き返す。
「はい。友達がいたんですよ、こんなわたしに」
友達。
この単語を口にしたときラミラの顔が苦痛に歪んだ。
「『魔法学校』では魔法使いをつくるために、身寄りのない子どもたちでペアをつくらせ共同生活を送らせるんです。そこでできたのがセラというわたしより年上の友達でした」
「まさか、君は………」
「………そう。わたしは初めてできた友達を殺して魔法使いになったんです」
初めてできた大切な人を。
ラミラは夕日を見ながらそう続けた。
アオには聞くことだけしかできなかった。
なぜラミラは今ここでその話をしているのかわからないまま。
「本当は軽蔑していたんじゃないですか?アオさん。わたしは人を殺して生きている人間なんですよ?魔法使いなんですよ?………そんなやつとこれから生活なんてできるわけないですよね?」
「そんなことないよ」
アオはきっぱりと否定する。
そこで、ふとラミラを見ると彼女は涙を流していた。
一日足らずの付き合いではあるが泣き顔はすでに彼は見たことがあった。
けれども、今度の涙は夕日に照らされとても綺麗だった。
不謹慎にもアオはそう思ってしまった。
「ふふっ、やっぱりアオさんは良い人ですねぇ」
ラミラは笑ってベンチから立ち上がり、二歩三歩進んでアオの方に泣きながら振り返る。
「公園ではアオさんに甘えようかと思いましたけど、やめました。アオさん達は良い人過ぎます。そんな人達のそばにこんな人殺しがいちゃいけないんです」
「君は………」
アオは言う。
「君は今日一日楽しかったんだろう?だったらそれで良いじゃないか」
「楽しかったのは本当です。でも、わたしは思うんですよ。あの子を殺したわたしが楽しい思いをしていいのかって。罪悪感に襲われるんです。今日初めて知りましたよ、楽しいことは苦しいことだって」
魔法使いになって今まで楽しい思いなどしてこなかったラミラは思うのだった。
アオと朧と一緒にいればこれからの人生はきっと色付いていくことだろう。
しかし、それを何よりもラミラ自身が許せなかった。
人は誰だって何かを犠牲にして生きているが、大切な人を手にかけてまで生きることにラミラは意義を見出せていなかった。
ただ、自殺をしたところで友達のセラの死が意味のないものになってしまう。
だからラミラは魔法の修行を必死にした。
必死に頑張っている途中でこんな異世界に来てしまい、それからアオ達のおかげで楽しいと感じた。
そして胸が痛んだ。
友達の屍を踏み越えて、自分が“良い思い”をしていることに自分で許せないと思った。
自分の人生は色付いていいものじゃない。
自分の命は友達であるセラの死を意味あるものにする、それだけのために使わなければならないのだ。
それが友達を殺した罪、大切な者への贖罪なんだ。
これがラミラであり、これからのラミラのつもりでもある。
だからラミラはアオに別れの言葉を紡ぐ。
「お世話になりました。かれぇ、おいしかったです。今日は楽しかったです。あと、わたしのこと受け入れてくれてありがとうございました。それでは………お元気で」
右手を体の前に突き出し、アオの部屋で魔法を使ったときと同じ構えをとる。
あとはあの気の抜けたかけ声を言えば彼女は『空間転移』を発動し、どこかアオも知らない場所にワープするのだろうか。
ただ、その前に。
「ラミラ、ひとつ訊いてもいいかな?」
「う…………。なんですか?」
転移のためのイメージする集中力を殺がれてしまいラミラの魔法は不発に終わる。
「君が殺したという友達は最期になんて言ったのかな?」
「それは………」
もちろん覚えてはいる。
あの日のことを忘れたくても忘れることはできない。
だが、殺した相手が最期になにを言ったかをなんで教えないといけないのか。
ラミラはそれを考えて、つい黙り込んでしまう。
正直に言えば教えたくない。
大切な人の大切な最期の言葉を口にすら出したくない。
ずっと心に刻んでおきたいというのが本音だった。
しかし、言う必要なんてなかった。
「僕が当ててあげようか」
「え?」
あろうことか目の前にいる青年が会ったこともない存在すらも確かじゃない人間の死に際に放った言葉を言い当てると言った。
そんなのは不可能だ。
全く見当も違う、的外れなことを言いだすはずだ。
できもしない、ましてや自分が大切にしているものを侮辱された気分でラミラはアオを睨みつける。
「わかるわけない!アオさんなんかに―――――」
「『自由になれ』と、そんなことを言われたんじゃないかな?」
「っ!?」
ズバリ当たってしまった。
驚いて細めていた目を見開いてしまう。
確かに死に際の彼女はそのようなことをラミラに言っていた。
自分を殺した相手に対して。
「なんでわかるんですか!?セラに会ったこともない人が………なんで!!」
アオに興奮気味に詰め寄る。
無理もない、自分の大切なものが簡単に見破られたのだから。
会って間もない相手なんかに。
「君は好奇心旺盛みたいだからね。今日だけで身に染みてわかった。それで君は常日頃言ってたんじゃない?そのセラって子に」
「なにを……ですか?」
「これを見たいとかここに行きたいとかさ。ずっと軟禁されていたんだろう?だから君の好奇心は煽られに煽られていたんじゃないかなって思ってね。今日だけで身に染みる僕なんだ、ずっとペアを組まされ生活する友達には嫌というほど伝わってたんじゃないかな」
「でも、それだけでわかるはずは………」
「まぁ、理由なんてどうでもいいさ。大事なのは君は『自由になれ』と最期に言われた。でも、君は本当に自由かい?」
「………………」
「違うよね。君は『魔法機関』にも、殺した友達にも縛られてる」
「そ、そんなこと!!」
セラのことを悪く言われた気がしてラミラは咄嗟に否定しようとする。
だが、アオは構わず続けた。
「楽しいことが苦しいなんてあるわけないんだよ。君に殺された友達は君が楽しく生きてくれることを望んでいるはずなんだ。『自由になれ』なんて言うんだからさ」
「でも、そんなの………、わかんないよぉ」
ラミラは混乱したように頭を抱え悩みだす。
「セラも生きたがってた………、それなのにそんな彼女を殺したのに、そんな………そんなぁ」
「君はさ、自分の魔法である『空間転移』はなんだと思う?」
「………え?」
唐突に話が変わったと思った。
それもよく分からない問いかけだ。
『空間転移』というのはワープの魔法だ。
それ以上でもそれ以下でもなくたったそれだけのシンプルな魔法だ。
散々、朝に話したではないか。
しかし、アオが言っているのはそういうことではなかった。
「どこにでも逃げれる魔法なんだと思うよ、僕は。どこにでも“自由に”生きていける魔法だと思うよ。その魔法はその友達の願いなんじゃないの?」
「ね、がい……」
「現に君はこの『世界』に来て、『魔法機関』から解放された。逃げ切ったんだよ。そして今度は友達から解放される番じゃないかな?」
『魔法機関』から逃げ切ったなんて嘘だ。
いつか迎えが来るという話をしたのをアオは忘れたわけではない。
ただ必死だった。
悲しみを背負っている少女を一人にしないために。
アオの思いの通りそれからしばらくラミラは考えこむ。
自分のなかで自分の気持ちを整理する。
自分は自分のことを許せるのかどうか。
それを考えて、考えて、考えこむ。
しかし、それでもラミラはわからないようだった。
見かねたアオは彼女の両肩に手を置いて、
「もう一度聞くよ。今日は楽しかった?」
「………楽しかった、です」
「でも、苦しかった?」
「………はい」
「苦しいから僕たちから離れようとした」
「はい」
「そっか」
ここまで思いつめさせていることにじわじわと罪悪感を持ちながらもアオはそれを押しこめるように息を大きく吐く。
「君は確かにどこにでも逃げられる魔法を手にしている。でもね、自分の気持ちだけは向き合わないといけないよ」
それはアオが自身に言い聞かせている言葉でもあった。
いや、違う。
言い聞かされた言葉だった。
「ちゃんと向き合って、苦しみをなくしていこう。それが君の贖罪なんだと僕は……思うよ」
大切な人には明るく生きてて欲しい。
そう自分が思うくらい相手も自分のことをそう思っているんだとアオは言いたかった。
それが少女にちゃんと伝わったかはわからない。
だからアオはダメ押しをするように。
「一緒に頑張ろうね」
ここでやっと彼女を抱きしめることができた。
腕の中で震える彼女の体はびっくりするほど小柄で、かつての自分のように悩んで生きている。
これは同情なのかなんなのか。
アオは自分までも震えていることに気付くことはなかった。
◆