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第二話




 ◆




「アオさん、アオさん!何をつくっているんですか?」

あんなに泣いていたというのに現実を受け入れるのが案外早かったラミラにアオは微妙な気持ちになりながら、朝食なのか昼食なのかわからない食事の用意をしていた。


「カレーだよ。昨日の残りを暖めているだけだからすぐにできるよ」


「かれぇ?よくわかんないですけど、なんだかおいしそうです!」

『魔法界』にはどうやら日本国民がなんらかの形で週に一度は食すという料理であるカレーは存在しないようだった。

それだけでいかにも異世界だった。


「………君が使える魔法はその『空間転移』だけなのかな?」

アオはカレーを焦がさないよう適度な塩梅で鍋をかき混ぜる。

その様を興味津々で眺めるラミラ。

ここだけ切り取ればなんだか仲の良い兄妹のようなそんな風景だった。

実際に朧はその光景を何やら満足げに見ていた。


「まぁそうですね」


「へぇ、魔法使いって言ったら色んなことができそうだけどな。変身したりだとか」

アオに続き、今度は朧が質問をする。


「我々、魔法使いが使える魔法はそれぞれ違っていて、大体の方は一つの魔法しか使えません」


「それに理由とかあんのか?そういった決まりやルール、法律があるとか。それとも元々そういうもんだとか。いや。でも、だったら“大体”っていうのはおかしいか」

そこで鍋をかき混ぜていたアオがそれを一旦中断して朧の方へと一瞥を投げる。

しかし、それも一瞬ですぐに作業を再開した。


「『魔法界』に住む人間はこの『世界』に住む人間とは違ってみな平等に『魔力』を持っているんですよ。それがわたし達『魔法族』の特性ってやつです」


「じゃあ、『魔法界』の人間はみんな魔法が使えるんだな」


「いえ―――――」

朧が出した推測をラミラはあっさり否定する。


「“大切な人を殺すこと”。これが『魔法族』が『魔法使い』になるための条件です」


「なんだよ……それ………」

魔法というのはどこか幼稚で子どもが夢見るものである。

しかし、誰しも思ったことがあるだろう。

こんな時魔法が使えたら、と。

だが、現実はそんな気軽でお手軽な代物ではなかった。

現に大して覚悟もなく訊いてしまった朧は面喰ってしまった。

魔法を手に入れるためには人を殺さなければいけない。

それも“大切な人”を。


「失いたくない、かけがえのない、本当に心の底から大切だと思っている人でないと魔法は発現しません。その大切な人を殺すという“特殊な”悲しみが魔法を形作ります。これもまた『魔法族』の特性ってやつです」


「お前はなんでそんなに淡々と言えるんだよ。お前も魔法が使えるってことはお前だって………」


「それは―――――」

ラミラが言いかけたその時。


「―――よし、できあがり」

アオが静かにラミラの声を遮った。


「朧さん。そんな嫌なことを話すよりもまずはご飯食べようよ。せっかく遠路遥々、世界を越えてやってきたお客さんをもてなさないとさ」

小柄な少女に辛い話をさせるのはあまりに酷だとアオは思った。

ただでさえ自分の元いた世界に帰れないというのに。

そんな思いを汲み取ったのか朧は、


「それも………そうだな」

と、同意する。


「気を遣ってくださってありがとうございます」

暗い顔でお礼を言う少女にアオは「いいよ」と事も無げに言う。

コンロの火を止め、炊き上げていた米を皿に盛り付けそこに一日寝かせたカレーを存分にかける。


「食べたことがないなら食べてみるといい。きっと気に入るから」

アオは初めてラミラに微笑みかけ、料理を渡す。

この『世界』で良い思い出をつくってもらいたい。

そう思いながら。


「アオ、私の分は?」


「いい加減、自分の部屋に帰れ」



 ◇



「今、わたし達はどこに向かっているんですか?」

食事を済ませたアオ達は朧の提案により町を歩いていた。

冬も終わり、比較的過ごしやすい暖かな春。

桜がそこらかしこで咲き誇る中、町の風景ひとつひとつに興奮しながらアオに質問をするラミラ。

道を走るあの機械は何だとか。

みんなが歩きながら持っている小さい板は何だとか。

これは、あれは、それは、と矢継ぎ早に質問をするのだった。


「ここらへんで一番大きいデパートに行こうかなって思ってるんだけど」


「でぱぁと?」


「対惑星最終決戦兵器のことだぜ」

朧が嘘を教える。


「そ、そんな恐ろしいものが………!!」

ラミラがその嘘を信じる。


「ただの大きなお店のことだよ、ラミラ。いちいち朧さんの言うこと信じなくていいからね」

アオが訂正して本当のことを教える。

大体こういったことをしながらの道中だった。

道中でこれなのだ、デパートに入ったらどれだけ疲れることになるだろうと未来の自分を哀れに思い、現在の自分を慰める。


「というか。ラミラはある程度こっちの『世界』のこと知っていると思ったんだけど」

確かにラミラはこの『世界』についてアオ達から説明を受けた時は、

(こんな『世界』が本当にあるだなんて………)と言っていた。

“本当に”というのは前々からこの『世界』があることを知っていたから出たセリフだろう。

そして、この『世界』の住人が魔法に追随する不思議な力を持っていないことにも承知しているようだった。

こんなラミラの言葉の節々からアオは彼女は実はこの『世界』を知っていると思ったと、そんなところだろう。


「アオさんの言う通り『魔法界』ではこの『世界』のことは周知の事実というか、常識なんです」


「そうなのかよ」

アオとラミラが並んで歩く後ろで朧は相槌を返す。


「なんか前に魔法使いの追放場所として選ばれたとかなんとか噂もありましたけどね」


「追放………ってことはあっちの『魔法界』とこっちの『世界』は行き来できるんじゃねぇの?」


「………………あ」

これは盲点だったというふうにラミラは唖然とする。

『魔法界』から人間を追放していたということはこちらの『世界』からも人間を送り込めるということだ。

思わぬところから思わぬ瞬間、ほんのちょっと一生元の世界に帰れないことを覚悟してきたというときに、戻れる可能性が見つかった。

そりゃあ、ポカンとするというものだ。


「んじゃあ、あっちからお迎えが来るまで待てばいいのか。良かったなラミラ。帰れるのも時間の問題だぞ~」


「そう、ですね………」


「どうしたの?浮かない顔して。せっかく帰れるかもしれないのに」


「いや…………」

歩みを止め立ちどまるラミラ。

それにつられ二人も止まる。


「さっきは泣くほど帰りたいと思ってたんじゃないの?」


「それはそう、なんです……けど」

なんだか言い淀んでしまう彼女。


「おい、アオ」

そんな彼女に話しやすいよう落ちつこうと朧は近くにあった公園を指差した。

ベンチは二つあり、片方にラミラもう片方にアオと朧が座って向かい合う。


「こっちの『世界』で目を覚ましてからの数時間……この平和がとても気に入ってしまっているんです。アオさんと朧さんは良い人でかれぇはおいしくて………」


「『魔法界』は辛いところなのか?」


「魔法使いにとっては辛いと思います」


「魔法使いにとってはって……『魔法界』の人間はみんな魔法使いじゃ………」

言ってて朧は思い出した。

目の前にいる『魔法界』の人間は人を殺さないと魔法が発現しないことを。

大切な人を殺さないと魔法が使えないことを。


「『魔法界』には魔法使いをつくり、管理する『魔法機関』というものがあります。その『魔法機関』によってつくられたのがわたし達魔法使いなんです」


「いや、ちょっと待てよ。その『魔法機関』とやらはなんで魔法使いをつくってるんだ?魔法は人を殺さないと生まれないんだろ?なんでお前たちにそんなことさせるんだよ」

口に出していないが朧は怒っているとアオは思った。

いつもおちゃらけている彼女が怒るのは実は初めて見るかもしれない。


「敵がいるんですよ、わたし達の世界には。『魔物』と呼ばれる人を襲う巨大な化け物が」


「化け物………」


「そいつらから身を守るために『魔法機関』は魔法使いを人為的につくるんです。魔法使いを教育するための『魔法学校』なんてのもあるくらいです。魔法使いは職業みたいなものなんです」


「誰かが魔法使いにならないといけないんだな、『魔法界』って」

戦うためにつくられる魔法使い。

人を襲う化け物が存在するというまたまたファンタジーな話になってしまった。

化け物を倒すためには例えばこの『世界』ではどう対処するだろうか。

戦闘機や兵器を引っ張り出して、大勢の兵士を戦わせるだろう。

たくさんの資源を費やして、たくさんの被害を出して、たくさんの死を撒き散らして。

だが、『魔法界』、『魔法族』には『魔力』がある。

ラミラの魔法『空間転移』のように世界を超えるようなレベルの魔法がつくりだせる。

そんなものがあれば誰でもそれを利用するだろう。

まさにこんなとき魔法があれば、である。

しかし、魔法を生み出すには誰かにその人が大切に思っている相手を殺させなければならない。

最愛の家族を、あるいは友人を、あるいは恋人を。

殺させなければならない。

もちろん、進んで自分から魔法使いになろうというものはおらず、ならば人為的につくりだすしかない。

こういう結論になってしまう。

たとえ非人道的でも身を守るためならこうする他ないのだ。

それで生まれたのが魔法使いのラミラ達だった。


「『魔法機関』にとって魔法使いは貴重な兵器なんです。おそらくさっき話した迎えが来るというのはかなり可能性が高いと思います」

少女は見た目にそぐわずどこか諦めたように話す。

これが自分の運命なのだからしょうがない、とそんなふうに。


「すみません、こんな話をしてしまって。ちゃっと迎えが来たら帰りますよ!わたしがここにいてもアオさん達に迷惑がかかりますからね」


「そんなことないよ」

静かにラミラの話を聞いていたアオはベンチに座って初めて声を出す。


「アオの言う通りだ。帰りたくないんだったら帰らないで良いんだよ。ずっとこっちの『世界』に住んでもいい。アオの部屋にずっと住んでも良いんだぜ」


「だからなんで僕の部屋なんだよ」

そこから言い合いを始める二人。

案外どうでもいいことを話す二人を眺めていると本当にこんな良い人達に出会えて良かったとラミラは思う。


「ぷっくくく、あはははっ!ありがとうございます、二人とも」

ずっと辛そうに悲しそうに元の世界について語る少女がやっと笑ってくれてアオと朧はほっとする。

せめてこの『世界』にいるうちは平和でいさせてあげたい。

そう願う。


そう願ってデパートで遊ぶ。

かけがえのない時間が流れていく。

別れがあるかもしれない未来まで。




 ◆





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