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第一話



 ◆




避けようのない運命というものがある。

それは、平凡なアパートの一室で一人暮らしをしているアオ青年にとっては寝ているところに突然、少女が落っこちてきたことを指すだろう。

彼は驚いた。

まぁ、床に就く時間に床に就いた状態の人間でなくとも住んでいる部屋にひとりの人間が落ちてくれば誰でも驚くだろう。

だから、最初にアオは、


「うわっ」

と、平均を下回るくらいの小さな声を静かに上げた。

まるで部屋にゴキブリが出た程度の驚き様だったが、アオにとってはこれがマックステンションである。

感情の起伏が激しいとは言えず、何事も冷静な物の見方をするその性格は名前の「アオ」のイメージ通りだった。


「なんだ……この子………」

現在、アオの布団の上で気を失っている少女――年は十五くらいか――をアオは観察する。

服装はプリーツスカートにカッターシャツ、その上から黒のローブを羽織っている。

ローブを除けば普通の学生服に見える。

が、しかし布団の外へと目を遣ると奇妙な物が落ちていた。

奇妙な物といえば少女全体が奇妙なのだが。

そこには現代の日本ではハロウィンなどの仮装でしかお目にかかることはないであろう黒い三角帽子が転がっていた。

まるで魔女が身につけていそうな深い帽子が。


「………魔法、少女?」


アオは頭が痛くなる思いがして、とりあえず中断された睡眠を続行するのであった。

悪い夢であってくれ、と。

少女を布団の上からではあるが、体に乗せながら眠るのだった。



 ◇



当然、ここで眠ったところで現実で起こったことが夢になどなるはずもない。

どんなシステムだ。

朝日の光で目を覚ますアオは夜中よりは今、現状に対して「なんとかしよう」と考えられるようになっていた。


「とりあえずは……まぁ、あれかな、大人に相談だ」

そう思ったアオは未だに自分と布団の上で眠り続ける少女をどかして部屋を出て外へと出る。

彼が住むアパートには大家も住んでいる。

彼が知らない土地で唯一信用し信頼している大人である。

その人に信じてもらえるかは別にしてまずは今後のために話をしておかなければならない。

アオの部屋の真下の部屋がその大家の部屋だ。

アオがインターホンを押そうとすると、


「よう、アオ。おはようさん。朝から私の部屋に訪問とはさかってるねぇ」


「盛んなのはあなたの頭の中だけだよ、朧さん」

アオの後ろから話しかけてきたのはまさにその部屋の主であり、アパートの管理をしているおぼろだった。

大家というには若すぎる、三十にもなっていない活発そうな女性だった。

ちなみにアパートの名前は襤褸家が営んでいることから「襤褸アパート」。

決してそんなことはないのに「ボロアパート」という愛称(?)でここらの町で親しまれている。


「っていうか朝から何してるの?」


「何って新聞配達だよ。見てわからねーか?」


「今の朧さんを見てそれがわかったら、今頃僕はここにこうしていないだろうなぁ」

新聞もなにも持たず普段着だというのにわかるはずもない。

どうやらこの二人は紙面上の関係よりも親しいのがこのやり取りで見受けられる。

少しの間、物思いに耽っていたアオだがすぐに当初の目的を思い出し朧に詰め寄る。


「朝の挨拶をしに来たわけじゃないんだ。朧さん、ちょっと僕の部屋まで来てくれ」


「なんだよ、やっぱり盛ってんじゃねぇか」


「だから………」

ここでさっきのように反論したところで無駄だと悟ったアオは呆れたため息をひとつして自分の部屋へと急ぐ。

無駄なことは極力したくないのがアオという人間だった。


勝手知ったる他人の家どころかその持ち主なので慣れたようにアオの後を追う朧は何を思ったのか前にいるアオの手を握る。


「なに?」


「いーじゃん。疲れたんだから」

そんなことをしながらアオの部屋へと入っていく。

六畳一間の狭い部屋なのでドアを開けたら、すぐに変わらず布団で寝ている少女を発見できる。


「………やっぱり盛ってんじゃねぇか」


「引き気味に言わないでよ……。そして、まるで冗談としてからかってきたことが事実だったことに負い目を感じるような顔して僕を見るな」


「いや、だって、ねぇ?年端もいかない女の子を部屋に入れて、あまつさえそれを他人に見せつけるとか………。五年前、初めて会った時はあんなに可愛かったのに、それがとんだケダモノだったわけだ」


「そろそろ後悔を始めそうだから言うけど、この子は僕の部屋に突然落ちてきたんだよ」


「へぇーそれにしては天井がまるっきり無事なんだけど」


「そういえば不思議、だね。落ちてきたとはいっても着地点にいた僕はそんなに痛くなかったし……」

若干、疑いの目を向けてくる朧を余所にやはり当時者を起こさないことには始まらないと思いしゃがんで少女の体を揺らしてみる。

すると「ううーん」とうめきながらゆっくりと目を覚ましていく。


「うわわーーーっ!!」

自分の体を揺らす知らない男がいることに驚いたのか、すぐに飛び起きてローブの中に隠してあったのか刃渡り二十センチほどの小ぶりな刃物をアオに向ける。


「こ、ここはどこですか!?そしてわたしは誰なんですか!!?」


「記憶喪失なの?」


「あ、わたしはラミラでした………ってそういうことじゃなくってぇ!!」

ひどく混乱しているようだった。

アオと朧は顔を見合わせどうしたものかとお互い困った表情をする。


「アオ。ここは女の私が対応してやるよ」

比較的同性の人の方が信頼されやすいだろうし、また女性であれば安心を与えられると思っての朧の判断だった。

男口調とはいえ見た目だけ見れば美人なそれなのでアオも安心して任せる。


「おいお前」


「おいお前って………」

本当に任せて大丈夫なのか?


「この男に乱暴されたんだろう?だが、私が来たからにはもう安心だ。まずはその手に持っている凶器を床に置くんだ」


「は、はい」

怯えながらも朧の指示に従うラミラという少女。

そして、怯えながらアオを見つめる。


「大丈夫、この人の冗談だから。僕は君に危害を加えたりしないよ」


「もう加えたあとだもんな」


「だから………」

先ほどのやり取りと同じように呆れて息を吐く。


「君は一体何者なんだ?」


「何者って……見て分かりませんか?」

朧が与えたアオへの誤解をきちんと解かないからかラミラは涙ぐみながら質問に答える。

それこそ日本のみならず現代では漫画やアニメでしか聞かないような単語を持って応える。

彼女は―――――


「―――魔法使い、です」


やはり頭が痛くなる。

アオは面倒事に巻き込まれたとこのときはっきりと自覚した。



 ◇



魔法使いとは何かと問われたとき、それは文字通り魔法を使う者だと答えるだろう。

では、魔法とは何かと問われたら答えは人によって違うものになるだろう。

空を飛べるとか。

家をお菓子に変えるとか。

火が出せるとか。

心が読めるとか。

もしかしたら、一般人に魔法とは何かという問いを答えさせるとそれは各々の願いが表れてくるのかもしれない。

自由になりたいとか。

甘い物が食べたいとか。

あったまりたいとか。

人を知りたいとか。


願いが魔法になる。

それはそれは魔法が持つメルヘン性を考えればぴったりな気がする。

もしそうなら、突然自分に魔法が使えるようになったら少なからず喜ぶだろう。

なぜなら願いが形になったのだから。

やりたいことがやれるから。

ただ、それが。

“自分の願いだったら”の話だが。


「それで君は『魔法界』というこことは違う異世界から来た、と?」

落ち着かせることになんとか成功したアオ達 (ほぼほぼアオ)はテーブルを挟んで座布団に座りお互いに情報交換をする。

ホットミルク(アオ作)をもてなされたラミラはそれを啜りながらアオと朧に向き合う。


「『魔法界』なんてわたし達は呼んだことないですけど、異世界というのはどうやら合っているみたいですね。わたしを見て魔法使いだとわからなかったみたいですし………、まさかこんな『世界』が本当にあるだなんて」

さっきまでの取り乱しようからは想像がつかないほどの落ち着きっぷりだった。

アオへの誤解も解けているようで。


「ラミラ、だっけ?証拠を見せてくれないか?」

と、朧が言う。


「証拠、ですか?」


「ああ。お前にとっては当たり前のものなんだろうけど、実際に見せてもらわないことにはこっちだって困っちまう」


「あ、そうですね………」

割と軽い感じで応じるラミラ。

これまでもそういった証明みたいなことをやってきたかのようだった。


「ほいっ、っと」

右手を体の前に突き出してそんな気の抜けたかけ声を放つ。

すると彼女の体に変化が起きる。

なんと彼女はその座った状態、正座のまま宙に浮きだしたのだ。

手は太ももの上、背筋もぴしっとしていて、足も綺麗に折りたたまれている。

紛うことなき普通の正座だった。

それだというのにその姿勢のまま壁にも床にも接していないというのはなんとも奇妙で不思議だった。


「おお!すっごいなー!!お前空飛べたりできるんだな!!」

興奮気味にラミラのことを称える朧。

初めて魔法を目の当たりにする一般人としての反応とは思えないが、口ではああは言っていたがアオが女の子を部屋に連れ込むことよりも彼女が魔法使いだということの方が朧にとっては現実味を帯びていると感じていた。

だから、証拠を見せろというのも方便でとにかく魔法が見てみたかったというのが朧の本心なのだった。

こんなのが一般人と呼べるものか、彼女は立派な変人だった。


「空を飛べるというわけではないんですけど………」

はしゃぐ朧に対して申し訳ないという感じで元の座布団の上に着地していく。


「わたしが使える魔法は『空間転移』。先ほどは“宙に浮いていた”んではなくて、“宙に浮き続けていた”ということになります」


「浮き続ける?」


「はい、“転移を繰り返していた”と言うほうが正確かもしれません。今は二人ともわたしの前に座り続けていますが、わたしはそれを魔法によって空中でやったに過ぎないんです」


「ふぅん。なるほど」

理解したかのように頷くアオ。


「転移ということは移動とは違うわけだよね?」


「?それにどんな違いがあるっていうんだよ?」


「簡単に言えば壁にぶつかるかどうか、さ」

例えて言うなら我々は家から外に出るとき必ず玄関の扉を開けて移動するだろう。

だが、転移であれば扉を開けるという動作なく外に出られる。

転移とは姿を消し、とある場所で姿を現す。

ゆえに目的となる場所までにいかなる障害物があろうと関係ない。

いわばワープなのだ。

アオはそういうことを言いたかった。


「だから、この子が落ちてきたというのに天井に穴が開いていない理由はラミラは寝ている僕よりも上にそして天井よりも下の空間座標にワープしてきたからということになる」


「へぇ、ワープだからこそ異世界にも来れちゃうってことなのか」


「問題なのは、ラミラはどうしてこんなところにワープしてきたのかってことなんだけれども?」

アオは言いながらラミラの方へと疑問の目を向ける。

それもそうだ。

魔法の世界からアオ達から見ればなんの変哲もないこの世界へとこの少女はやってきたのか。

世界侵略という壮大な目的があるのか、それとも自分の世界にはない技術を盗もうとしているのか。

どちらにせよ、世界を渡るからにはそれなりの理由があるに違いない。

果たして。


「………………事故、だったんです」


「え?」

ぼそりとバツが悪そうに言うものだから思わず訊き返してしまう。


「その……、『空間転移』の練習中に、ですね………、思わぬこと起きてしまったというか…………」


「つまり?」


「うぅ……その、だから、転移発動の瞬間にわたしは…………くしゃみを、してしまったんですっ!!」


「………つ、つまり?」


「帰る方法がわかりませんっ!!」

言ってて気付いたのかまたもや彼女は涙ぐんでヒステリックに叫ぶのだった。

ただのドジで世界を駆けるとはさすがに予想していなかったアオと朧は、


「「………………」」

なにも言えなかった。




 ◆





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