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忌み嫌われた双子の話 ※途中

作者: 東雲 一鞠

「え? 先輩が休暇?」


 受付の女性が提示した紙を受け取ることなく、ポケットに両の手を入れたまま、紙を見て男はそう言う。受付の女性も、紙を出しただけで何も言わずに、自分の業務に戻ってしまった。気にすることなく男は喋り続ける。

「珍しいこともあるもんッスね~」

 しかも、と独りごちる。あの先輩が外出。それだけでも珍しいのに、行き先が北向ときとなの國とは。

「また遠いところに行きましたねぇ~」

 先輩、と呼んでいるが、正確には上司であるユズユの休暇届けと共に提示された紙切れで確認したところ、今日は特に任務はないらしい。そうと決まれば――相変わらずポケットに手を突っ込んだまま、各人に充てられた部屋とは逆の方向へ体を向けた。



* * *



 その名の記す通り、北向ときとなの國は、この大陸の北方に位置する、一年中気温の上がらない地域である。その北向ときとなの國の東部に、空高く聳える漆黒の塔があった。がらんどうの空間にぽつりと建ったこの不気味な塔は、その気味悪さから誰も近寄らず、もはや誰もこの建物が何のためにあるのか知らなかった。

 その巨大な黒い円柱形の前に、砂漠をさすらう旅人のような男が立っていた。二メートルもあろうかという長身。巨体には違いないが、そう言ってしまうにはあまりに細い体。地面に届きそうなほどに長く白い髪。コートの上に羽織ったポンチョは、北国には似合わない、砂漠の砂避け用のものをそのまま着用しているらしい。寒さを凌ぐため、というよりも、支給されたものをただそのまま着ている。そう表すのが相応しい、簡素なものだった。

 男は、感情を灯さない冷たい瞳で、雲に隠れた塔の頂上を見る。そこに、彼が遠方からはるばるここまで足を運んだ理由がある。――いや、いる、と言ったほうが正しいのかもしれない。誰も訪れていないらしいことを示す、埃のかぶった暗い室内に、静かに足を踏み入れた。


* *


 石製の壁は崩れ、床に敷かれている絨毯は、血のように薄気味悪く赤黒く、薄汚れ、破れている。明かりも点いていない、今や廃墟のようになってしまっている塔の中を、注意深く見回しながら、ぼろぼろになった階段をゆっくりと登っていく。



「よぉ、久しぶりだなァ?」

 塔の最上階の、赤い絨毯を踏みしめたとき、暗闇の中から、声が聞こえた。

 声のするほうを見ると、にやにやと嫌に口元を歪ませた男が、だらりと壁に背を預けるようにして座っていた。僅かに差しこんだ光が、背後から彼を照らす。闇のように黒く長い髪の毛。切れ長の紅い瞳。襟の大きく開いた、グレーのTシャツ。ロングスカートのような、腰に巻かれた黒い布。じゃらじゃらと鈍い音を響かせる鎖は、彼の両手首を繋ぎ、さらには足元の鉄球にまで伸びている。

「ロゼッタ、いや……兄さん」

「はっ、その兄弟みたいな呼び方やめろよユズユ。何しに来やがった」

「……わざわざ言わずとも知っているだろう」

「俺が目覚めたから律儀にここまで来た、ってか? 相変わらずだな、お前は」

 能天気にへらへらと笑う男を睨みつける。相変わらずなのは一体どちらなのか。鋭い視線を避けることなく正面から受け止めて、ロゼッタは口を開いた。

「まぁまぁ、そんな怖い顔するなよ。感動の再会を楽しもうぜ」

 口元は笑っていても目は笑っていない。彼もまた、ユズユがここまで来た、その意味を理解しているのだろう。冷めた視線をひと通り浴びせると、軽く目を細めた。


* *


「で、お前まさか本当に『ロゼッタが覚醒したから暴走する前に止めに来た』とか言うんじゃないだろうな?」

「……」

「は、図星ってか? そんな人間みたいな、しかもヒーローでも気取っているつもりか? 俺と同じ、バケモノのお前が?」

「バケモノでは、ない。お前とは、もう違う」

「違う? よく言う。俺とお前は正真正銘血の繋がった双子だろうが。お前だけ違うとは言わせねえぞ」

 ロゼッタの手首に繋がった鎖が、じゃらりと音をたてた。ユズユの黒い目とロゼッタの赤い目が、ぶつかる。

「……お前のその体は、人間の魂を吸い込まずには保てないのか。何の罪もない人間に、危害を与えないように生きることはできないのか。私たちは」

 どうしても死ねないのか。ユズユの言葉は、届くことなく地に落ちた。ロゼッタは声高に笑う。

「どうした。生まれた地から逃げたバケモノが、他の地で人間の優しさに触れ、人間の心を手に入れました、ってか? ダークヒーローにでもなったつもりかよ。……笑えないジョークはやめろ」

 口の端を吊り上げる。沈黙が、空気を震わせた。

「逃げた先に何があった? お前の兄はずっとここで閉じこもったきりだ。外の世界を知らない。なぁ、教えてくれよ。外の世界でお前が見たものを。そこに何があった?」

 にやにやと、また口元を歪ませながら、わざとらしく兄を気取る。まるで、ユズユの言葉をすべて見透かしているかのように。それを知りながらも、重い口を開く。



「ここから遠く離れた地、ビルが立ち並んだ、黒い国の砂漠の中で、軍人として生きている。軍人たちの宿舎があって、そこで各々が暮らしている。上の者によって、適当に二、三人の少数精鋭だったり、十から三十の小隊を組んで行動する。私は……バケモノとは呼ばれてはいないが、この通り、人間との意思の疎通が相変わらず苦手で、厄介者扱いされ……バケモノ、と人から呼ばれている青年と、二人で組んでいる」

「結局、逃げた先でもバケモノと縁は切れないみたいだなァ?」

「……それは」

 また沈黙が、二人を包む。

「ところで、そのバケモノの青年っつーのは、さっきからそこの物陰に隠れている男のことか?」

「何?」

 ロゼッタが顎で示したほうを見ると、ここにいるはずのない、能天気そうな顔が姿を現した。

「あれ、バレてたんッスか」

「……柘榴。どうしてここに」

「おいおい、軍人がこれしきの気配に気付かないのはまずいんじゃねーの?」

 にへら、と笑う柘榴に驚いて、何も言えずにいると、ロゼッタの嫌味な笑いが飛んできた。

「で、お前がバケモノたる所以はなんだ」

 赤い目を、柘榴に向ける。突然自分に向けられた視線に、目を丸くして、だが怯むことなくにこにこと笑う。

「そうッスね。見てもらったほうが早いと思うんスけど……」

 そういって、手袋を外し、足元に転がっていた瓦礫を指差す。

「例えば、この瓦礫。これを触ると……」

 瓦礫は、触れたそばから砂に変わり、柘榴が掴み取る前にさらさらと散っていった。

「なるほど、手に触れたものが砂に変わる、か」

「手だけじゃなく、口も駄目ッス。砂以外を受け入れてくれないんスよ。砂以外のものを口に入れると、飢えるんッス。おかげで大好きなリンゴ食えないんスよ~」

 何でもないように笑う柘榴ではあるが、ユズユは彼がどれだけその力を嫌っているか、よく知っている。手袋をし、その手をポケットに入れ、それで十分なはずなのに、人に触れてしまわないように気を配り、ポケットの中では手を震わせている。先輩がいれば十分だ、とユズユを慕う柘榴は、未だに他人からの冷たい視線に心を痛め、それでも仲良くなれないだろうかと、また人と関わろうとするのだ。

「さながらミイラ取りをミイラにするミイラ男、といったところか。へぇ、人間から見りゃ、そりゃバケモノだ」

「そうッスね、俺をバケモノって呼ばなかったのは、先輩だけッスよ~」

 笑ってこちらを向く柘榴に、ユズユは視線を合わせることさえできない。それはただ、照れくさいからではなかった。自分は彼に一つ、隠し事がある。それを、未来永劫、せめて柘榴の息が途絶えるまでは隠し通さなければならない。もしくは、奇跡が起こるかもしれない、その時までは――


「そいつは違うなァ」

 だが、耳触りな声が、ユズユと柘榴を切り裂いた。

「ロゼッタ!」

 柘榴が、寡黙なユズユが声を張り上げたことに肩を震わせる。ユズユの制止も虚しく、ロゼッタは喋り続けた。

「よく聞けミイラ男。お前は一つ勘違いをしている。お前の慕うユズユは、お前のことをバケモノだと言わないんじゃねえ。言えないんだよ」

 なぜだと思う? 問いかけておきながら答えも聞かずに言葉を続ける。

「こいつもバケモノだからだよ」

 薄暗い部屋の中、ロゼッタの口元が三日月のように歪んだ。


* *


 にやにやと口元を緩めるロゼッタを除き、二人の間に沈黙が流れる。沈黙を破るように、柘榴が笑った。

「あはは! 先輩がバケモノとか、そんな訳ないじゃないッスか~。確かに、先輩の強さはバケモノレベルッスけど」

 そんな柘榴を気にも留めず、言葉を続ける。

「いやバケモノだね。なぜならそいつは」

 鎖に繋がれた両腕を器用に動かし、服を捲りあげる。そこには、普通の人間にはあるはずの肌がなく、ブラックホールのように黒い渦が、腹にあたる部分に渦巻いていた。

「バケモノであるこの俺の双子の弟であり、忌み子として虐げられていたんだからなァ」


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