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「あの…転生者ってなんですか…?」
目の前にゲームマスターが立っているという事実に、柄にもなく緊張してしまった雷翔がしどろもどろになりながらそう問いかけると、ゼウスはニコニコとした笑みを絶やさず答える。
「ああ……そういえば説明して無かったね。
こういう裏話は興醒めかもしれないから聞き流してくれてもいいけど、この度アナザーワールドで 一般のプレイヤー達には知らせない、シークレットアップデートを敢行することになってね。
その内容が、今日、この時間に新たにログインしてくるプレイヤー達の中からランダムに選ばれた一人に≪転生者≫という特性を与えることになったのさ」
「特性…ですか?一体何の?」
ゼウスの言葉が正しいのならば、現在こうして彼と話している自分がその≪転生者≫という特性を付与されることになる。だが、そういったサブカルチャーにこれまで殆どと言っていい程に触れる機会がなかった雷翔にはその内容に全くの想像がつかず、首を捻るばかりになってしまう。
ゼウスはそんな雷翔を見て愉快そうに喉を鳴らして控えめに笑うと、右手の人差し指をぴんと立てて自らの唇の前に持ち上げ、声のトーンを一つ落として言葉を発する。
「それは秘密さ。もう追加されてるから自分の目で確かめてみるといい」
そんなことを言われて、雷翔は体のあちこちをまさぐったり剣を抜いてみたりレザーボトムスのポケットをを探ったりしてみるが、装備は簡素な青のチュニックと薄茶けたレザーボトムスから変わっていないし、背中の剣も初期装備のショートソードから変化したわけではない。
視界の左上には≪Light≫という自身の名前とともに緑色の帯と青色の帯の横に表示されているLv1という、レベル制ファンタジーゲームには付きもののプレイヤーレベルの数字も変化していない。
HPバーと思しき緑色の帯の隣には100000、恐らくMPかそれに類するものを表しているのであろう青色の帯の隣には10000という数字がそれぞれ小さく書かれているが、この数字が高いのか低いのか、ゲーム初心者の雷翔には判断しかねる。
「……さて、いいかな?それじゃああまり引き止めているのも悪いし、早速アナザーワールドに送るよ。
時間をとらせて悪かったね。よい異世界生活を送れるように祈っているよ」
すると、雷翔の挙動不審な行動が一通り終わるのを律儀にも待っていてくれていた管理者がそう声をかける。
それに対し、少し慌て気味に大丈夫と答えると、管理者は笑顔で頷き右手を持ち上げ指を鳴らした。
「へ?」
突拍子もない行動に思わず首を傾げると、その瞬間雷翔の足元に黒い穴がぽっかりと口を開け、呆然としていた雷翔はあえなくその穴に飲みこまれた。
「わあああああああ!!?ぐふっ!?」
黒い穴に飲み込まれて暫し黒い空間で自由落下を続けていると、突然ライトの視界が青一色に染まり、更に数十秒落下を続けたところで背中に凄まじい衝撃が走った。
痛覚はシステム的に最小限に抑えられて脳に出力されるため、どんな衝撃を受けようと実際に強い痛みは感じられないが、ライトの背中には痺れるような感覚が残っており、視界左上の緑色の帯が少し色を失い隣の数字も十万から九万二百にまで減少している。
「うぅ……流石にいきなりすぎるでしょ………」
いきなり遥か空中からの紐なしバンジーを強要されたことに対する恨み言を呟きながら、強かに打ちつけた腰をさすり立ち上がる。
説明書でも各種設定後のアナウンスでも、ゲーム開始時は首都に送られると言っていた何のに、何故プレイ開始数秒で上空から叩き落とされなければならないのだろうか、。
アナザーワールド内での上空からの落下ダメージは重力加速度9.8[m/sの二乗]×落下した距離[m]で計算される。そしてライトが受けたダメージは九千八百。実に千mもの高さを落下したことになるが、これは新参プレイヤー、加えてそもそもゲーム初心者には些か刺激的過ぎるオープニングではなかろうか。
「まあ、死ななかっただけマシかな……」
ゲーム開始数十秒で上空からの落下ダメージでゲームオーバーなど、情けなくて笑い話にもならない。今はこのHPが全損しなかっただけ良しとしよう。
「それにしても…凄いな……」
そんな半ば諦めにも近いことを考えながら立ち上がり、辺りを一度見回すとライトは知らずそう呟いていた。
ライトが墜落した地点は何処かの森の中なのだろう、深緑の葉をつけた広葉樹が見渡す限りに群生し、足元には柔らかい草と現実世界の植物図鑑でも見たことがないような、なんだかよく分からない色とりどりの花が繁茂している。
そして、辺りからは絶えず鳥の囀りがライトの耳に心地良く届く。
少なくとも、ライトの現実での生活圏である2050年代の東京都内にはこんな光景がお目にかかれる場所はそう無いので、改めてここがゲームの中だということを強く実感する。
「まさに異世界って感じだね……」
とはいえ、辺りの光景はゲームの中とは思えないほどリアルで、どういう仕組みになっているのかライトの仮想の鼻腔を森林特有の土や草本の香りが擽る。
もしも何の予備知識も持たずにこの世界に放り込まれたら、まさか目に映る光景一つ一つが数字の羅列やポリゴンの欠片で構成されているなどと言われても中々信じられないだろう。
そんなことを真剣に考えさせてしまう程に、今ライトの立つ世界は現実感に溢れていた。