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それから、雷翔が各種の設定を終えた時には始めてから既に十分以上が経過していた。
登録作業が終了したというアナウンスが聞こえた時には思わず「やっと終わった……」と盛大なため息をついてしまったが、これらの作業もゲーム開始の為に必要なことーーの筈ーーなのでそんなことも言っていられない。
「うう……何か目がちかちかする……」
暗い空間でやけに明るいホロウインドウを注視し続けた所為か、なんだか目がちかちかするような違和感を感じ知らずのうちに眉間を軽く揉んでいた。ゲームの中ならば現実世界とは違い網膜で見ているわけでは無くヘッドギアから直接脳に信号が送り込まれそれを脳が処理して景色を見る、ということを行っているので眼精疲労などは起こり得ない筈だが、こう言ったものは気分の問題だ。雷翔もつい現実世界での癖が出てしまう。
『それでは、最後に武器の選択をします。
表示されるパネルの中からお好きな武器を選んでください。』
こきこきと首を傾けて凝ったような気がする肩を揉んでいると唐突にそうアナウンスが入り、雷翔を取り囲むようにして8枚のホロパネルが現れた。見ると、その一枚一枚に様々な種類の武器の大雑把な形と簡単な説明が書いてある。
八枚のパネルに表示されているのは、片手剣・両手剣・短剣・両手斧・槍・片手鎚・両手鎚・弓の八種類。やはりファンタジー系のゲームということで銃のようなものは存在していないらしく、中距離以上の飛び道具となると弓が一般的な攻撃手段となるようだ。
『尚、ここで選んだ武器はゲーム内で別ジャンルのものに変更が可能です。
そして、ゲーム内には様々な種類の派生武器が存在します。色々な武器を試して、最も自分に合ったものを見つけてください』
「うーん……やっぱりこれかな?」
雷翔はそんなアナウンスを聞き流しながら目の前に滞空していたパネルに右手を触れる。
すると、しゅわっ!という音を立てて触れたパネルが消滅し、代わりにそこに鈍色に輝くシンプルなデザインの一本の直剣が浮いていた。
雷翔が主武装に選んだ武器は、片手剣。特に雷翔がこれを選ぶことにした理由のようなものは無いが、強いて挙げるとするならばこれが定番だろうということと、これならば初心者が持っていても最も自然であろう武器だからだ。
「わあ……」
凶悪に周りのパネルが放つ光を反射しながら切っ先を下に向けて浮いている剣の余りのリアルさにそんな声を漏らしつつのろのろと伸ばした右手でその柄を握ると、その横に先程のマルバツパネルが現れたので空いた左手で迷わず丸をクリック。
すると次の瞬間、肩から革製のベルトが回され、簡素な鞘が現れるとベルトがそれを固定する。
「これは凄いな……人が夢中になるのも分かる気がするや」
慎重に背中の鞘に剣を収めながら、雷翔は感慨深げに一人そんなことを呟く。
まだプレイ開始すらしていないが、現在彼が身につけている服と言い背中の剣と言い、まるで本物のようなリアルさだ。もっとも、雷翔が本物の西洋剣を見る機会も中世くらいの年代のチュニックを身につける機会もこれまでは無かったが、そんな言葉が出てしまう程に質感といい見た目といい現実的だったのだ。これでは確かに世の人々の心を捉えて離さないのも頷けるというものか。
『それでは、これにてチュートリアルは全て終了となります。
それでは、これより首都マザーシティに転送します。良い異世界生活を送られることを運営一同心よりお祈りしています。』
そんな事務的極まりないアナウンスが入ると同時に、雷翔の視界は眩い光に包まれた。
「おめでとうございま~す!!」
「………へ?」
雷翔の視界を染め上げた光が収まると、そこは数々のプレイヤーが闊歩する賑やかな街………ではなく、彼が先程まで居た黒い空間とは対照的なまでに明るい、真っ白な空間だった。
「おめでとうございます!あなたは≪転生者≫に選ばれました!」
「………は?」
場違いに明るいそんな言葉を背後からかけられ雷翔がそちらを振り向くと、そこには純白の法衣に身を包み、柔和な笑みを浮かべる、きらきらと輝く金の髪と翠玉の瞳を持つ整った顔立ちの青年が手を叩きながら佇んでいた。
「えっと……?」
予想外の状況に脳内でプチパニックを起こしている雷翔が首を傾げると、青年が人好きのする笑みを浮かべたまま口を開く。
「こんばんは、ライト君。アナザーワールドへようこそ!そして転生者への当選おめでとう!」
「転生者……?っていうか僕の名前……?」
青年の言葉に首を捻ると同時に、青年の頭上に小さな緑色の逆四角錐と、≪Zeus≫という文字列が表示された。
ここで雷翔は説明書に緑色のカラー・カーソルはプレイヤーを示すと書かれていたことを思い出し、目の前の青年がプレイヤーだということを確信する。
「ていうか、何で僕の名前……」
彼のライトというアカウントはつい数分前に作成されたばかりにも関わらず、何故目の前の青年は雷翔のアカウント名を呼べたのだろうか。
その理由が分からず頭上に疑問符を浮かべる雷翔を見兼ねたのか、ゼウスという名の青年はあっとわざとらしく何かに気づいたような仕草をすると、こほんと咳払いをして雷翔へと向き直る。
「まずは自己紹介だね。僕はゼウス。このアナザーワールドの創造主にして管理者。分かりやすく言うと、GMかな?」
「な……!」
流石の雷翔も、ゼウスのその言葉が意味するところは理解出来る。
GM、つまりこのアナザーワールドというゲームを開発し、運営するまさにこの世界では神とも呼べる存在。
そんな人物がたった今、一介の新参プレイヤーでしかない雷翔の目の前でニコニコと笑顔を浮かべているのだ。いくらなんでもこれで驚かない訳が無い。