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「………よし!」
それから入浴などを済ませた雷翔は現在自分の部屋のベッドに腰掛け、一冊の本を読んでいる。
最後の一ページを捲り、本を閉じて隣に置いてあるヘッドギアを拾い上げると、雷翔はヘッドギアの側頭部から伸びるACプラグをコンセントに接続する。
「えっと……次は………」
現在、雷翔は風香に渡されたアナザーワールドをプレイする為の準備をしている。
雷翔にはこういったゲームのプレイ経験が無いのでいまいち勝手がわからず作業はゆっくりになるが、先程説明書は読み込んであるので特に躓くことは無い。
「ああ、ゲームカードを入れるんだっけ」
覚束ない手つきでヘッドギアの後頭部を開き、パッケージから取り出した小さなゲームカードを差し込む。
「よし、準備完了!」
そこで全ての準備が整い誰にともなく一人呟くと、雷翔は準備が整い電源に接続され待機モードになったヘッドギアを被り、バイザーを下ろす。
そして顎の下でベルトを固定すると、説明書の指示通りベッドの上に横になり、目を閉じる。
ちなみにベッドに横になる理由は、プレイ中は意識がこちらから離れるので、危険の防止のためだ。ちなみに必ず横になる必要は無く、体に負担がかからなければ机に突っ伏そうがソファに座ろうがどのような体勢でも良いのだが、自分の寝相に余り自信が持てない雷翔は一応この体勢を選んだ。
「ふう………」
あとはゲーム開始のコマンドを口にすれば雷翔の精神は体を離れ異世界に旅立つのだが、雷翔は少々ここで躊躇ってしまう。
始めてVRゲームを経験する以上仕方のないことではあるのだが、今更ながら強制的に精神を体から引き剥がし現実とは違う世界に行くということに少し恐怖というか不安を抱いてしまったのだ。
VR技術というのは、風香の研究室のような部署が存在するように未だ研究中の分野で、ダイブすることにより人間にどのような影響を与えるのかや、人格形成に問題が無いのかなど、まだまだ分かっていないことが多いのだ。こうして発売されている以上安全面に関しては問題無い筈だが、雷翔が物怖じしてしまうのもまた仕方が無いことである。
「………まあ、僕が考えることじゃないか」
だが、雷翔が考えるまでもなく日本中では既に数万人のユーザーが異世界とこの世界を行き来しているのだ、雷翔が一人くよくよ考えたところで何が変わる訳でもない。
「セットアップ!ダイブスタート!!」
少々の不安を振り切るように起動のコマンドを呟くと、雷翔の言葉をヘッドギアに設けられたマイクが感知し、バイザーに≪FULL DIVE!≫の文字が表示され、雷翔の意識はブラックアウトした。
雷翔が暗転した意識を取り戻し、目を開くとそこは何も存在していない真っ暗な空間だった。
見渡す限りが黒で塗りつぶされており、自分が今立っているのか浮いているのかもわからない、そんな不思議な空間に雷翔は存在していた。
『ようこそ、アナザーワールドへ』
「わっ!?」
そんな空間で所在なくしばらく辺りを見渡していると、突然どこからか機械的な女性の声が聞こえ、雷翔は思わず体を跳ね上がらせる。
突然のことに思わず変な声を出して胸の辺りを押さえてしまい、心臓の鼓動を落ち着かせようとしたところで普通なら伝わってくる筈の抑えるべき心臓の鼓動を感じず、改めてここがゲームの中だということを改めて実感する。
「…ん?あれ?」
一応二回程深呼吸を繰り返し、少し落ち着いたところで胸の辺りから手を離すと、雷翔は着ている服にちょっとした違和感を感じ、離した手をもう一度胸に触れさせそのまま動かし感覚を探る。
ダイブ前、雷翔は部屋着の黒いジャージを着ていた筈だが、胸を撫でる手に伝わってくる感触が妙にざらざらしているというか、生地が粗い。
確かめるために下を見てみると、雷翔の服が上下黒のジャージから上半身は青い半袖の簡素なチュニックに、下が灰色のボトムスに変化しており、腰には小さいポーチが取り付けられた、何かの皮らしき素材で作られたベルトが巻かれていた。
手触りが粗いことからゲームに関しては素人の雷翔でもおそらくこれがプレイ開始時の初期装備なのだろうと判断がつく。仮想世界で命を守る防具にしては頼りなく思いつつも、真っ裸でフィールドに放り出されないだけマシと思い直す。
『ようこそ、アナザーワールドへ。ログイン設定を開始します。プレイヤーネームを入力してください』
二度三度と体を捻り調子を確かめていると、二度目の女性のアナウンスが入り、雷翔の目の前にホロキーボードが出現した。
「プレイヤーネームか………」
アナウンスから恐らく自分の仮想世界内での名前を設定しろということなのだろう。
氷雨辺りなら小洒落た格好良いキャラネームを考えるのだろうが、残念ながら雷翔はそんなセンスは持ち合わせていないのでとりあえず本名からとって≪Light≫と入力して確定ボタンに触れる。
『音声照合をします。設定したプレイヤーネームを二回発音してください』
すると、次なるアナウンスで指示がが流れ目の前に一枚のマイクの絵が描かれたパネルが表示されたので、指示に従い「ライト」と二回口に出す。
『「ライト」これでよろしいですね?
よろしければOKを、訂正があればNOを押してください』
アナウンスが入ると同時にホロパネルがキーボードから赤で丸、青でバツが書かれたものに変わり、上にOKと書かれた赤い丸印に触れる。
『承認を確認、登録完了。
引き続き登録設定を行います。アナウンスに従って必要事項の登録を行ってください』
「うわ……結構めんどくさいんだな……」
雷翔は、それからしばらく次から次へと流れるアナウンスに従い、設定を続けた。