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「アナザーワールド!?これ、どうしたの?」
「ふふ、この前研究室の友達がくれたの。
雑誌の懸賞で当てたんだけど、その子もあんまりゲームとかはしない子でさ。
でも貰ったは良いけど私が持ってても仕方ないし、それなら雷ちゃんにあげた方がいいかなって」
「そうなんだ……ありがとう。嬉しいよ」
振り返ると、雷翔が思春期に突入してから風香が彼にまともなプレゼントを贈るのはこれが初めてかもしれない。
これまでは毎朝セットしなくても風香の愛の囁きが雷翔が目覚めるドンピシャのタイミングで流れる目覚まし時計や、プロのカメラマンに撮ってもらったであろう風香の写真集「雷ちゃんに愛を込めて」など明らかに情熱を傾ける方向を間違えているプレゼントだったし、去年などは裸に赤いリボンを巻いて「私がプレゼントだよ!」などと宣ったくらいだ。
雷翔が思わぬまともなプレゼントに感動しながら礼を言うと、風香は思わせぶりにふふんと笑い、ポケットから小さな箱を取り出す。
「私が雷ちゃんへのプレゼントを貰いもので済ませたりするわけないじゃない。
こっちが本命、お誕生日おめでとう!」
風香の言葉に雷翔が硬直すると、風香は箱を開けて箱から中身を取り出す。
風香が取り出したのは、いかにも高価に見える銀色のお洒落な装飾が施されたリングだった。加えて、ペンダントにもできるように同色の細身のチェーンも箱の中に入れられている。
「わぁ…!ありがとうお姉ちゃん!……これって有名なブランドものだよね?高かったんじゃない?」
リングと箱を受け取り、黒い箱に金色の文字で描かれたそのリングのブランドを見ると、思わず雷翔は驚きの声を上げていた。
普段、雷翔はアクセサリーどころか服装にすら大した気を遣わないので「そういうこと」には人並み以下に疎いが、風香が渡したリングはそんな雷翔でも数字の横に丸が五つは当たり前ということで知っている、各界の著名人御用達のブランド製だったのだ。
そんな高校生の手には余るリングを手渡され、感動するより困惑してしまった雷翔がそう言うと、風香は柔らかく微笑み首を振る。
「値段なんかどうでもいいよ。私は雷ちゃんが喜んでくれればそれで幸せだから。つけてあげるから手を出して」
「うん……」
風香の言葉に従い雷翔は右手を出して、左手でリングを手渡す。
風香はリングを受け取ると迷うことなく雷翔の≪左手≫をとった。
「あの……お姉ちゃん?手が違うんじゃないかな?」
「え?婚約指輪って左手の薬指でしょ?」
無言で手を引っ込めた。
ダメだ、やはり風香は風香だった。
「ははは……風香、あまり雷翔を困らせたらダメだろう?」
「え〜……」
すると、流石に見兼ねたのかリビングと直結しているキッチンから二人の様子を見守っていた父親が苦笑いを浮かべながら風香を窘める。
窘められた風香は唇を尖らせつつも流石にやり過ぎたという自覚はあるのか、大人しく雷翔の右手中指にリングを差し込む。
「あ、ありがとう父さん……」
「まあまあ、風香も久し振りに雷翔に会えて舞い上がったんだよな?気持ちは分かるけど、あんまり度が過ぎると嫌われるぞ?もう少し抑えような」
雷翔が風香を諭す父の声の方を向くと、そこには緑色のエプロンを身に纏った二十代にも見える、氷雨以上に整った顔立ちを持つ青年が立っていた。
彼の名前は風裂隼人。年若い見た目のせいで誤解を招きやすいが、これでも既に齢四十五という、二人の実の父親だ。
「さて、風香、今日はご飯食べて行くんだろ?ケーキも焼いたし、久し振りに皆で食べよう」
「うん、あ、手伝うよ」
そう言うと、風香は上着を脱ぎキッチンへと消える。
風香は普段一人暮らしなので当然一通りの家事が出来るし、隼人はそんな二人に家事のいろはを叩き込んだ張本人、こと料理に置いてはそんじょそこらの料理人など話にならない程の実力を持っている。そんな二人がキッチンに立つのだ、今日の夕餉は相当豪勢になるだろう。
それになんだかんだ言って風香とは久し振りの再会、積もる話もあるだろうし、今宵の食卓を密かに楽しみにする雷翔であった。
「………ふう、美味しかった……ごちそうさま、父さん」
「お粗末様」
その後、随分久し振りに家族四人で食卓を囲み、束の間の団欒を過ごすと風香は研究室に呼び出されたと戻って行った。
いつもは一人で基本的に簡単なもので食事を済ませていたので、雷翔としては久し振りの楽しい食卓だった。
その余韻に浸っていると、隼人が雷翔の前に甘い香りを放つ、恐らくホットココアが淹れられたカップを置く。
「そう言えば今日は珍しく早かったんだね?いつもは遅いのに」
「まあ……家族の誕生日くらい仕事に拘束されなくてもいいだろ?それに、風香も来るだろうし久々に四人揃う機会なんだ、無駄にはしないさ」
雷翔がカップに口を付け、口内に優しい甘みが広がるのを感じると隼人は雷翔の向かいのソファに腰掛ける。
「あ、そうそう、明日からしばらく俺と母さん居ないけど大丈夫だよな?」
「あ、うん、また仕事?忙しいね」
「まあな……無いとは思うけど、どうしても寂しくなったら風香にでも電話しな、お前の頼みなら喜んで帰ってきてくれるだろ。
じゃ、朝早いから俺は寝る。おやすみ」
最後にニヤリと悪戯っぽく笑いそう言うと、隼人は自身のカップを一気に呷り、雷翔に手を振ると家族全員の寝室が存在する二階に向かう階段へ消える。
隼人の言う通り確かに雷翔が呼べば風香なら飛んで帰ってきてくれるだろうが……そのまま捕食されそうで怖い。色んな意味で。
「おやすみ」
聞こえるかはともかく、雷翔は消えた隼人の背中にそう声をかけた。