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そんなことを考えながら、買い物帰りの主婦や学校帰りの小中学生が歩く道を五分程度一人で歩いていると、見慣れた白い外壁の一軒家が見えてくる。
言わずもがな、雷翔の生家であり生活の拠点である風裂家だ。
「えっと……今日は二人ともいるんだっけ?
じゃあ買い物はいいかな」
風裂家の家族構成は、雷翔の両親と長男である雷翔、更に雷翔から七歳年の離れた姉の四人核家族世帯。
だが四人家族と言っても生活空間に常に全員が揃うということはそれ程なく、姉は普段は出身大学の仮想現実研究室とかいう雷翔にとってはあまり馴染みのなさそうな研究所でアナザーワールドのようなVR技術の開発研究に携わり、そこで借りられるという寮のようなところで生活しているし、両親は共働きのため長期間家を空けることは往々にしてある。
そのため基本的に雷翔は広い家に一人暮らしをしているので家事は一通り熟せるようになっている。
家を両親が空けている時は学校帰りに近所のスーパーか馴染みの商店街に寄って食料を蓄えるという仕事が増えるのだが、珍しく両親が揃って居る今日はその仕事は免除される。
仕事が一つ減ったことに安堵したところで、雷翔はもう少しと一日の疲労で心なしか重くなった足を動かし安らぎの家へと向かう。
「ただい……ま?」
そして、帰還を伝える台詞を呟きながら家の玄関を開けた瞬間、雷翔はピシリと硬直した。
「おかえりなさい!ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?」
玄関を開けた雷翔を真っ先に出迎えたのは、玄関に跪き三つ指をついて満面の笑顔でそう言う美しい女性。
黒のパンツスーツを身に纏い、流れるような雷翔と同色の黒い長髪をすっきりと後頭部で纏めており、目鼻立ちはすっきりと整い、可愛らしい唇はぷっくりと桃色に膨らんでいて、薄っすらとナチュラルメイクを施した雷翔の高校の姫君輝宮に勝るとも劣らない美貌を持つ女性。
「風香姉ちゃん……?」
家から離れた場所で一人寮暮らしをしている筈の雷翔の実姉、風裂風香その人だった。
「やっほ!おかえりなさい雷ちゃん!久しぶりだね!」
思わぬ来客に唖然としていると、風香は世の男性を須く虜にしそうな笑顔を浮かべ雷翔に飛びつく。
「ん~!雷ちゃんの匂いだぁ~!
また少し背が伸びたね!」
「ちょっ!お姉ちゃん!?どこ触って……!!」
風香はガッチリと両腕で雷翔の頭をホールドすると、そのままスーツ越しでも分かるその豊満な胸に抱き込む。
すると雷翔の頭に風香の豊満な、かつ形のいいバストが盛大にその姿を変え、雷翔の顔を覆うように変形する。
氷雨辺りならば発狂して喜ぶか血涙を流して雷翔に交代を請いそうな絵面だが、現在進行形で窒息死の危機に瀕している雷翔にその感触を楽しむような余裕がある筈も無い。
「あ~ん!可愛い!!もう雷ちゃんが居れば何も要らない!!」
「ちょ…!落ち……落ち着いて!わぷっ!」
その後、様子を見に来た父親が止めるまで雷翔は荒ぶる風香の手……胸によって生死の境を彷徨った。
「で、なんでお姉ちゃんが居るの?」
「なんでって……雷ちゃん成分の補給?」
その後荒ぶる風香がようやく鎮まり、制服から部屋着に着替えてリビングに行くと何故か鼻にティッシュを詰めた風香と父親が恐らく父が淹れたであろう紅茶を飲んでいた。
雷翔も紅茶を貰い、一息ついたところで風香にここに居る理由を聞くと雷翔には理解し難い解答が返ってきた。
ここまでくると誰の目にも明らかであろうが、風香はブラザーコンプレックス略してブラコンだ。それもかなり重度の。
雷翔は別段彼女が苦手なわけでは無い、むしろ家族として当たり前の愛情を持っているが、彼女が向ける家族の範疇を振り切った愛情だけは如何ともし難い。毎度毎度窒息死寸前まで追いやられる身としてはもう少しスキンシップを抑えてもらいたい。
「今日は6月1日だよ?こんな日に研究室に引きこもって研究なんてやってる場合じゃないよ~」
「やってる場合じゃないって……この前電話で今大事な研究してるって言ってたよね?
それより大事なことなんて何かあったっけ?」
「やっぱり忘れてる……」
風香の研究よりも大切だということに心当たりが無い雷翔が聞くと、風香は座っている椅子の下から何やら大きな紙袋を取り出し、雷翔に差し出す。
「はい!16歳の誕生日おめでとう!!」
紙袋を差し出されたまま呆然としていると、風香が花開いたような笑顔でそう言う。
「へ?」
一瞬「誕生日?誰の?」と考えてしまってから本日六月一日が自分の誕生日だということを思い出す。
雷翔は突然のことに半ば唖然としながらも差し出された紙袋を受け取る。受け取った紙袋が予想外に重かったことに一瞬驚きながらもどうにか下がりかけた腕を持ち直し、雷翔は中を覗き込む。
「そっか……今日誕生日だったっけ……ありがとう。開けてもいい?」
中に綺麗にラッピングされた大小二つの箱が入れられているのを確認し風香に開封の許可を求めると、風香はニコニコと屈託の無い笑顔で頷く。
許可を得た雷翔はやたら大きな紙袋の中から人の頭程もありそうな大きさの立方体の箱と、どうやら何かのパッケージらしい薄い直方体の箱を取り出し丁寧に包装を解いていく。
「これって……」
雷翔は包装を解かれた二つのプレゼントを見ると、思わずそんな声を漏らしていた。
大きい箱に入っていたものは、銀色に輝く無骨なデザインのヘルメットのようなもの。何かの端子のようなものがついていること以外はボクサーが被るヘッドギアのような形をしている。
「最近ブームなんだよね?そのゲーム」
そして小さい箱に入れられていたものは、パッケージの表面に仰々しいフォントで大きく≪ANOTHER WORLD≫と描かれたケースだった。