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「雷翔君!」
「に?ふぃほひひゃ?」
「飲み込んでから喋りなよ、氷雨」
翌日の昼休み、雷翔がいつもしているように氷雨と昼食を摂っていると突然美月が彼らの教室に現れ、明るい声音で雷翔の名前を呼んだ。
その瞬間、雷翔に全方位から刺属性の視線が突き刺さるが、ごく最近にも同じようなことがあった為雷翔も既に慣れている。
雷翔は落ち着いた調子を崩さずに手をひらひらと振り、教室の入り口で立っている美月を呼ぶと氷雨を椅子から叩き落とし、そこに座るように促す。
「え、えっと………」
「俺は気にせず座ってくれ、輝宮。なんなら俺に座ってくれてもいげふっ!?」
「いきなり教室まで来て、どうかした?」
何故か四つん這いになり世迷言を抜かす氷雨の背中の中心に踵を落として黙らせ、雷翔が突然の訪問の理由を聞くと、輝宮は氷雨を引きつった笑顔を浮かべながら、遠慮がちに椅子に腰を下ろし、雷翔に向き直った。
「さ、さっきギルドの人から連絡が来てね、エリアボスが見つかったんだって」
「エリアボスが?昨日ダンジョンを見つけたばっかだってのに、随分早えな」
「確かに、昨日は三日くらいかかるみたいなことを言ってたよね?」
美月が持ち込んだニュースを聞くと、背中をさすりながらも復活した氷雨がそう呟きを漏らし、次に雷翔が同調する。
それを聞き届けると美月は頷き言葉を続けた。
「今までの攻略だとボスダンジョンを見つけてもボスがいる部屋まで複雑なダンジョンを通らないといけなくて、そのダンジョンをマッピングするのに平均で三日くらいかかってたんだけどね。今回はそれが無くて、あの洞穴に入ってすぐの所がボス部屋になってたんだって。」
「そうだったんだ……そんななら昨日のうちにもう少し奥まで進んどけばよかったかな?」
「どっちにしろ流石にボスに挑戦はできなかったし、そんなに変わらなかったと思うけどね……。とにかく、さっき一回目の偵察戦が終わったみたいで端末のギルド用のアカウントにボスの詳細が送られて来たんだけど、聞く?」
「そうだな……じゃあせっかくだし、聞かせて貰おうかな?氷雨、どうせだし今昨日の礼をしたらどう?」
「あ、そうだな。んじゃ、飲み物でも買ってくっけど、何か希望あるか?」
「んー、じゃあ僕はオレンジジュースで。輝宮は?」
「いいの……?えっと……じゃあ、紅茶でお願いします」
二人の注文を聞き届けると、氷雨は「了解」と頷きカバンの中に入れていた財布を掴むと教室から出て行った。
「それじゃあ、まずはボスの名前だけど、ボスはリスタの森によく湧出するブルーウルフと同型の、狼型のモンスターで、名前が≪フェンリル・ザ・ゴッドイーター≫」
「なんか強そうな名前だね」
「フェンリルつったら、北欧神話に出てくる神喰らいの狼じゃねえか。ゲームのエリアボスにつけるにはちょっと大仰じゃねえ?」
雷翔と氷雨がそれぞれ名前を聞いての感想を口にすると、それを聞いた美月は小さく苦笑してから話を続ける。
「えっと、それで今のところボスのステータスとかで分かってるのが、HPバーが六段だっていうことと、常に五匹の取り巻きの青ウルフを引き連れてることかな?」
「六段……それってかなり多いんじゃ………」
「うん……過去最高のHPだね。しかも取り巻きのウルフは厄介だよね」
多過ぎるHPもさることながら、五体とはいえボスモンスターに加えてフィールドMobの中でも特に強力と言われているブルーウルフが取り巻きにいるということに脅威を感じた美月は困ったようにため息を吐きながら項垂れる。
すると美月からもたらされた情報に何か気になった場所があったのか、氷雨が訝しむような表情を浮かべ言葉を割り込ませた。
「てかよ、偵察戦後にしては情報の集まりが悪くねえか?」
「そうなんだよね……私もそれが気になって知り合いの情報屋に聞いたんだけど、そしたら偵察隊が五分で壊滅したって言うの。偵察隊のメンバーが言うには、一段目のHPバーの五分の一も減らせなかったらしいよ」
「ち、ちなみに、偵察隊は何人編成だったの?」
「うーん……そこまでは聞いてなかったけど、多分レベル50台のメンバー三十人くらいで編成したんじゃないかな。内訳としては壁役、攻撃役、回復役でバランス良く組む筈だし」
これまでに美月達前線組がエリアボスに挑む際は、事前に討伐隊本隊よりも平均レベルが十程度下のプレイヤーで構成された偵察隊が入念に情報を収集し、偵察隊が持ち帰った情報を吟味し、咀嚼しながら本隊が対策を練るというサイクルで行っていた。
だが偵察隊といえどその場で倒せるようならばそのまま討伐まで済ませられるよう実力の高い構成員で組織されており、パーティーとしての編成も回復役を十分に編成し、討伐が不可能だと判明した場合速やかに撤退する為の備えも十分に取る、捨て石になり経験値や所持アイテムをロストしてしまわないように最善を尽くされている。
「その編成でもたった五分の一……?……そのボス、もうゲームバランス崩壊させてるんじゃ……」
「だから、ギルドの上の人達の中ではこのエリアのボス戦は出来るだけ多くのプレイヤーを募って最大レイドの8人×9パーティーの計72人で挑もうって話になってるの。
そこで十分な戦力を揃えるために、明後日の日曜がボス戦の日に決まったんだけど……どうせなら雷翔君も参加しないかなって聞きに来たんだ」
そう言うと、美月はようやく本題が言えたとばかりに小さく息を吐き、椅子の背もたれに軽く体重を預ける。
椅子に深く腰掛け、柔らかな笑顔を浮かべて雷翔の返事を待つ美月とは対照的に、誘われた雷翔はというと、驚きにガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、美月に詰め寄らんばかりの勢いで首を横に振った。
「ぼ、僕がボス戦!?いやいやいや!無理だよ!だって僕まだレベル21だよ!?」
「でもステータスはその時点で私よりかなり高いし、戦闘のプレイヤースキルだってかなり高いでしょ?
今回は集める人数が人数で、かなり人集めがキツそうだから私としては是非入って欲しいんだ」
「ええ……」
さらりと雷翔の拒否の言葉を正面から打ち砕くの言葉を聞き、雷翔は力の入っていない情けない声を漏らす。
すると、それを見かねたのか氷雨がポンと肩に手を置いた。
「まあなんだ、せっかくのお誘いなんだし、とりあえず参加してみたらどうだ?ボス戦なんて参加したくても出来ねえプレイヤーだってごまんといるんだし、こういう機会は活かしたほうがいいとおもうぜ?それに、無理に本体を狙わなくても周りの雑魚掃除かなんかで役に立てるかも知れねえだろ?」
「うーん…でもなぁ……」
氷雨の言う通り、人数集めが厳しいといえど参戦するには他のメンバーに認められるだけの実力が無ければスタートラインにも立てず、それが理由でボス戦への参戦を断念し涙を飲むプレイヤーも相当数居る。
そのプレイヤー達に比べればボス戦への参加がほぼ確定的な美月から直接誘われるという雷翔のこの状況は一歩も二歩も有利な立場と言える。
さらに、雷翔にはライトのステータスに見合う副武装を取るという当面の目的があり、それ程のレベルの装備を獲得するとなるとエリアボスとの戦いは避けては通れない。
今先送りにしてもメリットは少なく、むしろ折角の機会を棒に振ってしまうことになるだろう。
「じゃあ……参加するだけ参加してみようかな?」
「本当!?ありがとう!それじゃあ、早速なんだけど、今夜の九時にボスの攻略会議が首都の中央広場であるから、それに参加してね」
そう考えた雷翔はボス戦に挑戦することを決め、それを伝えると美月はパッと表情を明るくし、雷翔にとっては初めて聞くことになる単語を口にした。
「攻略会議?」
「うん、ボス戦の前日に毎回必ずやってる会議があるんだ。主な目的はボス戦に参加する人の顔合わせと、今日の夕方に二回目の偵察戦が行われるから、その結果とかを踏まえて役割分担とかを決めるの。
最近はあんまり苦戦するようなボス戦は無かったからイマイチ盛り上がらなかったんだけど、今回は多分だけど三帝が二人とそのギルドの幹部メンバーが出てくるからかなり盛り上がると思うよ」
「み、三帝まで出んのかよ!?」
「三帝?」
聞いた途端に氷雨を飛び上がらせた耳慣れない固有名詞に聞き返すと、美月は「ああ、知らなかったんだっけ」と頷いてからその説明を始めた。
「三帝って言うのはアナザーワールドの中で特に有力な三つのギルドをそれぞれ束ねるギルドマスター達で、そのギルドは高レベルなプレイヤーの中でも特に実力が突出したプレイヤーを集めた超実力派の集団なの」
「まあ、そのうちの一つは情報屋ギルドだから滅多なことじゃ直接戦闘には関わってこねえけどな。てか、そのくらいならアナザーワールドをやってりゃ誰でも知ってるぜ?」
「えっと……無知でごめんなさい」
呆れを前面に出した氷雨の言葉に、雷翔は拗ねたように唇を尖らせながら頭を下げる。
それを微笑ましそうな目で見ていた美月は、クスクスと小さく笑い声を上げてから解説の続きを話し始めた。
「ちなみにそれぞれのギルドには特徴があってね、一つは凍堂君が言った情報屋が集まるギルドの≪見ツメル者≫、VIT極振のステータスのメンバーが集まる傭兵ギルドの≪無敵の盾≫、そして……」
「最強の攻略集団ギルド、≪楽園≫。
所属プレイヤーの平均レベルが60って言うガチの化け物ギルドだ」
最後の一つで美月が言い辛そうに口を噤むと、言いたくて仕方がなかったと言った様子の氷雨が説明を引き継いだ。
「平均レベルが60って……ルナクラスのプレイヤーが大量にいるってことだよね?」
「まあ、平均が高い代わりに他のギルドと比べたら所属してる人数とかの規模は小さめだけどね。参考までに、三帝ギルドの構成人数はガーゴイルが約150人、一番数が多いイージスが約200人、エデンは約30人だよ」
「30人……桁が違うじゃない……」
つまり、楽園はガチガチの少数精鋭派ということになるようだ。
数字で表すと一見それほど大したことないように思えるが、ルナレベルのプレイヤーが30人も居ると考えた雷翔はぞくっと身震いしてしまう。
「そういや輝宮もレベル60越えだったよな?何かギルドとか入ってたりすんのか?」
「私は……一応楽園に所属させて貰ってるよ。今はちょっとお休みしてるけど」
「え、楽園!?……いや、でも確かにそれくらいあり得るか。昨日のバトルも見たし……やっぱ輝宮って凄えんだな。強いとは思ってたけど、トッププレイヤーの一人だったのか」
「そんな偉いものじゃないよ。
ギルドの中では私なんか末席も末席だし、それに私、正直あの人達苦手なんだよね………」
「そりゃまたなんグヘッ!?」
「上に立つ人にも色々あるんだよ、氷雨」
美月が言い辛そうにしていることにどんどん突っ込んでいこうとする氷雨の脇腹に肘を減り込ませて黙らせ、もう少しデリカシーを持てと諌める。
氷雨は基本的に人には気の遣える人物なのだが、時折こうしてデリカシーの無い行動をとってしまうのが雷翔としては玉に瑕と考えている。
「……そろそろ昼休みも終わるね。輝宮は次の授業は何なの?」
「あ、そういえば移動教室の授業だったんだ。それじゃあ私はこれで失礼するね。凍堂君、ジュースご馳走様」
「おう!俺こそサンキューな!」
「それじゃあ雷翔君、また夜ね!」
「うん、何時もの時間で大丈夫?」
「うん!大丈夫だよ。それじゃあまた!」
ふと雷翔が時計を見ると、気付かない内に随分時間が経っていたらしく、既に昼休みが終わる直前に差し掛かっていた。
クラスの違う美月を気遣い声をかけると、美月は律儀にも雷翔達にそれぞれ声をかけて教室を出て行った。
「ボス戦かぁ……」
「まあ、頑張れ。暫定的とはいえ輝宮とコンビなんだろ?多分おめえとまだコンビで居たいから声をかけて来たんだろうぜ」
「……氷雨に言われるのはなんか釈然としないけど、分かったよ」
最後に言葉を交わすと同時に天井のスピーカーからチャイムが鳴り響き、彼らの昼休みが終了した。




