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「うだ~~~!やっと帰って来れたぜ!」
「氷雨、煩い」
氷雨の救出を終えてから約三十分後、森で合流した氷雨を加えたライト達は森を抜けてリスタ村から転移し、首都マザータウンに居た。
「ああ、悪りい悪りい。てかよ、ゲームの中でリアルネームを持ち出すなよ。ここじゃ俺はレインってアバターネームなんだからよ」
「えー、めんどくさい」
「めんどくさいって……ルナのことはルナって呼んでるじゃねえか」
氷雨が呆れ声を漏らすが、ライトとしてはそれなりに長く付き合ってきた氷雨のことを今更別の名前で呼ぶのはなんとなく抵抗がある。
ルナは現実ではそれ程付き合いが無かったことからすんなりと呼べただけで、ライトの中では氷雨という呼び方が定着してしまっているのだ。
「お前な……リアルではリアル、ゲームではゲームで割り切るのは基本だぜ?ここはゲームの中なんだから、リアルネームは極力出さねえの」
「ふーん……まあ、善処するよ。
所で、ひさ……レインは宿は確保してるんだよね?そろそろログアウトしないと明日辛いよ?」
ウインドウを開いて時刻を確認すると、アセナとの戦いで想像以上に時間を使ってしまっていたのか、既に1時を回っていた。
ただでさえ最近寝不足気味の氷雨はそろそろログアウトして睡眠をとった方がいいだろうと考え、それを伝えると、レインは自分でもメニュー・ウインドウを呼び出し、時間を確認する。
「んあ?もうそんな時間か。宿はキッチリ確保してっから大丈夫だけど、確かにそろそろ落ちっかな。じゃ、俺はここで別れるわ。じゃあな!二人とも!明日、今日のお礼になんか奢らせてくれよ!」
「うん、じゃあね」
「おやすみなさい」
頭をがしがしと掻きながら捲し立てるレインに二人がそれぞれそう返事をすると、レインは二人に手を振り、ドタドタと雑踏の中に消えていった。
「………もう、あいつの所為でとんだ苦労をしたよ。本当にごめんね、ルナ。余計な手間をかけさせちゃった」
「ううん、気にしないで。なんとかボスも倒せたし、マッピングも大分進めたしね。結果オーライだよ」
レインの背中を見送り、いつも通りのローブを羽織ってフードを目深に被ったルナに声をかけると、ルナは柔らかい声でそう答える。
「……そう言ってくれるとありがたいよ。それじゃあ、僕達もそろそろ落ちないとだな。」
「そうだね。今日はマリアも来てるみたいだし、私達はマリアの店でログアウトしましょうか。………っと、その前に少しすることがあるからちょっと付き合ってくれる?」
「え?勿論いいけど……」
不意のルナの言葉に頷くと、ルナはライトの手を取り、繋いだ手を引いて人通りの少ない裏路地に向かって歩き出す。
「さて、と。………いいわよ!出て。来て!」
細い小路をぐねぐねと何度か曲がり、人影のない小さな広場に出ると、ルナはそっとライトの手を離し、フードを取り払うとどこへともなくそう声を上げた。
「ルナ?いきなり何を………」
突然のパートナーの行動に驚き、ライトが声をかけようとすると突如路地の壁辺りの空間が歪み、その奥から漆黒のローブに身を包んだ一人の小柄な人影が現れた。
「5分遅刻だよ、ルナ姉」
「ごめんなさい、シグ。ちょっと色々事情があって……」
「まあいいよ、どうせ今日は暇だったしね。それより、そっちのお姉ちゃんは?」
現れた人影、ルナにシグと呼ばれた栗色の髪に青い瞳を持つ少年は、ライトの方を指差すと、唐突に地雷を豪快に踏み抜く。
それに対してライトは思わずうぐっと喉を鳴らして反駁しかけるが、ルナがわざわざ人気がない場所でこの少年に会うという行動の意味を考え、どうにか衝動を抑える。
「シグ、この人は男の人で、ライト君って言うの。今は私とコンビを組んでるの」
「へえ……ルナ姉が固定のコンビなんて珍しいね。もしかしてその人が姉の想い「シグ!いきなり何を言い出すのよ!」……へぇ、図星かぁ………初めまして!僕はシグ!ルナ姉とマリア姉の専属情報屋をやってます!」
途中でルナに言葉を遮られた少年は、ニヤリと新しいおもちゃを見つけたような表情を作り、ライトに自己紹介をする。
その幼い顔立ちにはニコニコと人好きのする、女性ならば恐らく母性本能を擽られるであろう楽しそうな表情を浮かべている。
「え、えっと……ライトです。初めまして」
「うん!よろしくね!……ユニークスキル持ちのお兄さん」
「ッ!?」
シグが右手を差し出してきたので、それに応えようとライトも右手を伸ばすと、突然少年は愛らしい笑顔をニヤリという表情に変え、声音を低くしてそんなことを呟く。
その呟きを聞いた瞬間、ライトは驚愕に目を剥き、体を硬くする。
「アハハッ!わかりやすい反応だね。お兄さん、あんまり嘘は得意じゃない?」
思わずライトが握手を交わしていた手を離すと、シグはおかしそうにからからと笑う。
どうやらライトはこの少年にカマをかけられ、見事にそれに引っかかってしまったらしい。
「シグ、いきなり何をしてるのよ。」
「ゴメンゴメン、情報屋の性でね。ネタが入ったら確かめずにはいられないんだ」
「……はぁ、いきなりゴメンね、ライト君。この人、いっつもこうなの」
「いや、それは別にいいんだけど……情報屋?こんな小さい子が?」
客観的に見て、シグの見た目はおよそ10歳程度。アナザーワールドのレーティングの十五歳にも達していないような子供がルナに聞いていた情報屋という仕事をしているとは思えず、聞くとルナは困ったような苦笑いを浮かべる。
「やっぱり騙されるよね……この人、これでも私達より年上なの。」
「へぇ!?と、年上?こんな小さいのに!?」
「むむっ!失礼だなぁ!僕、これでも23歳なんだからね!」
「ええ……」
目の前の少年が自分の姉より年上とはどう見ても信じられず、疑いの声を漏らすと、何故か少年はふくれっ面からパッと表情を明るくする。
「まあいいよ、案外この体も悪くないしね。ここでも向こうでもちょっと甘えるだけで女の人が色んな情報を落としてくれるし」
「………」
思いもよらぬシグの逞しさにライトは絶句する。
確かにこの見た目と保護欲をそそりそうな仕草でねだられたら世の女性の半分くらいは言うことを聞いてしまいそうだ。
彼の家族にも年相応に見られない人物がいるが、目の前の自称23歳はそのような次元ではない。
「まあ、そろそろ本題に入ろうか!突然呼び出されたんだけど、今日は何の用だったの?ルナ姉」
「えっと……このマップデータを公開してほしくて」
ルナはそう言うとウインドウを操作し、手元に丸められた一枚の羊皮紙を取り出す。
「これは……リスタの森のマップデータだよね?」
「そう。ボスダンジョンの前までマッピングしてあるから攻略集団にこれをばら撒いて欲しいの」
「了解、じゃあお代は………」
「いいわ、マップデータで商売をする気は無いし」
情報の謝礼を出そうとシグがメニュー・ウインドウを開くと、ルナはそれをあらかじめわかっていたかのように手で制する。
どうやらこのやり取りは過去に数多く交わされてきたもののようだ。
「ん、じゃあ今度一つ何か好きな情報と交換で。所で姉、あのお兄さんとはどこまで行ったの?」
「ぶっ!?」
シグ少年がルナに何か耳打ちすると、ルナは顔を急速沸騰させ、吹き出す。
そして数度咳き込むと、咎めるようにキッとシグを睨みつけつつ、震える唇でシグに文句をつける。
「な、ななな何を……!」
「うんうん、予想通り初心だね。その様子だとまだ思いも伝えて無いんじゃない?」
「そ、そうだけど……まだお互いの事を良く知らないし……」
「………固っ」
「うっ……!」
少し離れた所でシグ少年と話していたルナは、話の流れがつかめないまま呆然と立ち尽くすライトの前で突然崩れ落ち、シグはそれを呆れたような目で見つめていた。
「まあ、別に僕がとやかく言う問題じゃないけど。それじゃあ僕はこのマップを公開して来るから、またね」
そう言い残すと、シグは路地から出ていき、その場には呆然としたライトと地面に崩れ落ちたままのルナだけが残された。
「えっと……ルナ?そろそろマリアさんの店に行かない?」
「う、うん……ごめんなさい」
凄まじい負のオーラを纏ったルナに声をかけるのは、どうしてかとてつもなく気が進まなかったが、このままだと身動きが取れず、ライトが意を決して声をかけるとゆっくりと立ち上がる。
「結局何の話をしてたの?」
「き、気にしないで!早く行きましょう!明日も学校だし!」
「う、うん……」
会話の内容が気になり、本人に聞いてみるとはぐらかされ、ルナはライトの手を取って早足で歩き出す。
それほどわかりやすい反応をされるとライトとしてはかえって気になるものなのだが、それほど深い仲とは言えない相手に無理に聞くのも憚られ、ライトは苦笑いを浮かべながらも大人しくルナに引かれるままに体を預けた。
「いらっしゃい……ってどうしたの?なんだかルナの顔が赤いけど……もしかして、シグにでも何か弄られた?」
木製のドアを不規則なリズムで叩き入室の伺いをたてると、少しの間の後ドアが開き、中から顔を出したマリアはルナを見て開口一番、そんな問いかけを口にした。
「……そのピンポイントな予想はどこから来るのよ……ライト君、ごめんなさい、今日は先に落ちるね」
「うん……おやすみ。また明日」
「おやすみなさい」
ルナはそれに疲れた様子で返すと、余程精神に来たのか、彼女にしては珍しくライトを置いて億劫そうにウインドウを開き、さっさとログアウトしてしまう。
ライトがそれを見届けると、マリアは椅子に腰掛け、テーブルの天板に肘をつくとアンニュイな溜息を漏らす。
「……シグにも困ったものね……あの子を困らせて喜ぶのを止めれば良い情報屋なんだけれど」
「あはは……でもよくシグさんが絡んでることが分かりましたね」
「まあね、あの子がああなる時は大抵あの年齢詐欺が絡んでるの。あの子も嘘が下手だから、シグの良い玩具なのよね」
「見てた限りでも確かにそんな感じでしたね」
ルナが手玉に取られるとは一体どれほど彼女にとって重要な情報を掴まれているのか。
ライトも不用意に変な情報が流れないように気をつけようとひっそりと心に誓った。
「それじゃあ僕も落ちますね。おやすみなさい」
「ええ、おやすみ」
本当ならばルナと取るつもりだった新たに使用可能になったスキルを、ルナが先にログアウトしてしまった為ライト一人で取得し、マリアと言葉を交わしてライトもウインドウを呼び出すとログアウトボタンを押す。
すると徐々に意識が遠のくような感覚に襲われ、ライトの視界は静かにブラックアウトした。




