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「こんばんは、今日も早いね、ライト君」
ウルフの大群と戦い、PKを撃退しと大忙しだった日から一日が経ち、現実で炊事洗濯などすることも特に無くなったライトは昨日と同じく約束の時間よりは少し早いがアナザーワールドにダイブしていた。
ログインしてから昨日ルナと別れた部屋の椅子に腰掛けアイテムストレージを整理していると、約束した時間の三十分前にルナがダイブして、ライトの背後に声をかける。
「まあどうせすることも無いしね、暇なんだよ」
「そっか、じゃあ今日はどうする?ライト君のスキルスロットを埋めたら首都に戻って街でも案内しようか?」
「あ、じゃあルナの手伝いでもしてみたいかな」
「私の手伝い?」
「おとといからずっと僕につきっきりで色々レクチャーしてくれたでしょ?それで何もなしっていうのは流石に悪いし、ルナだって色々とやることがあるんじゃ無いかと思ってさ。少しでも手伝えることがあればなと思って」
きょとんとした表情を浮かべるルナに説明すると、ルナはなるほどと得心がいったように頷き、嬉しそうにはにかむ。
「そっか、でもそんなこと気にしなくてもいいのに……」
「僕の所為でルナのレベリングとか献上金稼ぎが遅れたら申し訳ないしさ、今日はとことんルナがしたいことをしてよ。それに、もしかしたらそれは僕にも得があることかもしれないし!」
言葉とは裏腹に嬉しそうな笑みを浮かべるルナに冗談めかしてそう言うと、ルナはふふっと笑い声を漏らし、口を開く。
「そっか、それじゃお言葉に甘えさせて貰おうかな。かなり危険な場所に行くけど、覚悟しててね?」
「上等だよ」
人の悪い笑みを浮かべて問いかけるルナにライトもニヤリと笑い返し、たところで、本日の予定が決定した。
「それじゃあ、まずはライト君のスキルだね。……まさか二日連続でスキルを取るなんて思わなかったよ」
「僕もだよ。でも確かにあれだけ戦えばなぁ……」
テーブルの上のバスケットに入っていたフルーツを摘みながら、二人は一枚のウインドウを挟んで向かい合わせになり話し合う。
ライトのスキル取得の中でルナが苦笑混じりにそう漏らすと、ライトも同じように苦笑いを浮かべる。
二人はたった一日足らずでフィールドMobでは現時点で最も強く、高経験値と言われているブルーウルフを三百体以上近く狩っているのだ。
ライト個人でもダイブ初日に百体と、クエストの中でも過半数の百五十体以上を倒している。
プレイ時間に誤魔化されがちだが、取得経験値だけならばライトはトッププレイヤーが数日かけなければ到底稼げない量の経験値をたった二日で稼いでいる、それだけの経験値を稼いだのだから、このレベルはある意味当然とも言える結果なのだ。
「確かにそれもそっか。私は昨日はレベルは上がらなかったけど、それでももう少しでレベルアップってところまで経験値は稼げたしね」
ライトの向かい側の椅子に腰掛け、バスケットの中の葡萄を摘まんでいるルナの言葉に頷きながらライトはウインドウを呼び出し、スキルの欄をクリックする。
そしてそれを可視化させると、ウインドウの両端を掴んでテーブルの天板と平行になるように角度を調整する。
「そう言えばライト君、昨日から今までにスキル欄はチェックした?」
「ううん、まだ何も見てないよ。開いたのだって今が初めてだし」
「そっか、とりあえず習得リストはしっかり確認した方がいいよ。ライト君はプレイヤーの特性的に少し特殊なんだから」
ルナの特別という言葉が初めてログインする時にGMを名乗る男から言われた≪転生者≫のことを指していると察し、ライトは深く頷いてテーブルの上に浮かべたウインドウに視線を落とす。
「ライト君の存在を隠すかのように秘密裏にその特性を与えたっていうなら、ステータスだけで終わる気がしないんだよね。もしかしたらだけど、未確認のスキル、例えばエクストラスキルか、ユニークスキルが出るかもね」
「エクストラスキル?」
「エクストラスキルって言うのは、そのスキルを習得するために何か特別な条件を満たす必要があるスキルのこと。
ユニークスキルの方はその中でも特に稀有な、一人しかそのスキルを保持している人がいないっていうスキル。まあ、ユニークの方は今のところアナザーワールドの中では確認されてないけどね。」
スクロールに目を通しながら説明を聞き、なるほどと頷く。
本来プレイヤーの前に姿を現わすことなどあり得ない存在であるGMがーー本物かは別としてーー顔を見せてまであらましについて説明したのだ。
ライトに付与された≪転生者≫という特性の中で現在表出している基本ステータスは強力だが、所詮は数値的なもの。努力次第では再現できそうなステータスだけを与えて終了ではあまりにも不釣り合いというものだ。
「う~ん……≪黒魔法≫、≪軽業≫、≪隠蔽≫、≪盾≫………見た感じ昨日とあんまり代わり映えはしてないみたいだけど…………ん?」
習得可能なスキル欄を慎重にスクロールしながらチェックしていると、視界に過ぎったものに気を取られライトは小さな声を漏らす。
「何かあった?」
「うん、これなんだけど………」
身を乗り出してライトのウインドウを覗くルナに目が止まったところを指差して伝える。
ライトが目を止めたのはスクロールの最奥、一番下にある小さな文字列だった。
「えっと……≪Transmigrater≫……………これって、転生者って意味だよね?」
「うん……少なくとも昨日最初にスキルを取った時には無かったよ」
ライトが指差す先には、≪転生者≫という意味の文字列がポツンと表示されていた。
「ちなみに一応聞くけど、見覚えはとか聞き覚えは?」
「当然無いよ。多分これはライト君のユニークスキルだね。出現の条件は恐らく運営に≪転生者≫っていう特性が与えられること。昨日は無かったってことは他にも何かしら条件があるのかもしれないけど……出てきちゃったし、条件は分かってもこれは絶対にライト君にしか取れないスキルだよ」
「やっぱりそうだよね……どうすればいいと思う?」
「うーん………出てきたってことは恐らく何かの意味があるはずだから、取って見るのもありだと思うよ。少なくとも公式のスキルなら取ってバグが起こるってことは無いだろうし。
それとも今は違うスキルを取って、次にスキルスロットが増えたら取るっていう考えもあるにはあるけど」
そう言われ、ライトは顎に手を添えて暫し考え込む。
ルナの言う通り運営が公式で認定したスキルなので何か悪影響が表れたりはしないだろうが、このスキルは当然ながら前例が無く、一体どのような効果があるのか二人には予想もつかないのだ。
普通ならば不確定要素は避け無難に適当なスキルを取って次に回した方が利口と言えるのだろうが、どうしたことがこの文字列がライトの仮想の網膜に焼き付いて離れない。
「………うん、決めた」
「どうするの?」
「考えてても始まらないし、取ってみるよ」
しばらく無言でウインドウと睨み合い、黙考した結果ライトが選んだのはスキルを取得することだった。
それからライトは迷いを振り払うかのように手早くウインドウを操作し、≪転生者≫スキルを選択し取得ボタンをクリックする。
するとライトの三つ目のスキルスロットにそのスキルがセットされ、手元にそれを告げるメッセージが現れる。
「今更だけど、よかったの?取っちゃって。」
「うん、さっきルナが言ってたでしょ?こうして出てきたことには意味があるって。どうせ遅かれ早かれ取るつもりだったし、なら早い方がいいと思って」
ルナの言葉にそう返し、現れたメッセージを消去する。
するとルナはライトを心配するような視線から純粋な興味が満ちた表情になり、気分転換にかバスケットの鮮やかな青色の苺のような果物を口に運んでいるライトに浮かんだ疑問をぶつける。
「そっか、じゃあどんなスキルmodが取れるか確認してみたらどうかな?やり方は分かるよね?」
「まあ、昨日もやったしね」
そう言いながら、攻撃スキルで言うならばスラッシュやサーキュラーのような細かいスキルを取得する為に使われる樹形図を呼び出す為にスキルスロットにセットされた≪転生者≫スキルをクリックする。
『≪転生者≫スキルの取得を確認、デフォルトスキルを自動取得します』
「「……は?」」
すると次にスキル樹形図が現れるべき場所にそのようなシステムメッセージが表示され、それが自動的に姿を消すと代わりに二人の視界を埋め尽くす程の小さなウインドウが次々に展開された。
『スキルスロットの拡張を実行』『全魔法スキルLevel1の解放』『全武装アタックスキルLevel1の解放』『バトルオートヒーリングLevel1を取得』『MPリジェネスキルを取得』『精密動作スキルを取得』『スキルクーリングタイム短縮スキルを取得』『アイテムストレージを拡張』『全ステータスの最適化を実行』『属性耐性Level1を取得』『物理耐性Level1を取得』『特攻耐性Level1を取得』『全阻害効果耐性Level1を取得』………
「な、何コレ!?」
「分かんない!勝手にスキルModが取得されるなんて聞いたことが無いよ!?」
どんどん増えるシステムメッセージに目を回しながら、二人は絶叫する。
暫くするとようやくウインドウの展開が止まり、ライトはそれを一つ一つ確認しながら消していった。
「な、なんだったんだ一体……」
全ての窓を消去し終えると、ライトはぐったりと椅子の背持たれに背を預けてそんな呟きを漏らす。
ライトの向かいでは、未だに何が起こったのか咀嚼しきれない様子のルナがテーブルに体重を預けている。
「私もあんな現象は初めて見たよ………何かステータスとかスキルに異常は無い……わけ無いか。」
「そうだね……さっき色々と出てたし……」
ルナの声にライトはのろのろと緩慢な動作でメニュー・ウインドウを開きながら言葉を返す。
ステータスを開き、先ずは各ステータス値を確認すると、AGI(敏捷性)の欄とSTR(筋力)の欄の数字が突出して高くなっており、VIT(体力)の欄の数字がルナよりは圧倒的に高いものの、元の数字より低く変化していた。
先程の展開されたウインドウの中にであった『ステータスの最適化』が実行されたことで、ライトの防御を捨てて素早い動きと一撃の重さ特化のバトルスタイルに合わせたステータスに最適化されたのだろう。
更にスキルスロットを見てみると、本来ならばレベルが一定以上に上がらないと増えない筈のスキルスロットが三つから五つに増えていた。
これによりライトはレベル17にしてスキルスロットの数はレベル63のルナと並んだことになる。
「それにしても……この≪転生者≫スキルって本当にとんでもないスキルだったね。全武装のアタックスキルが使えるようになったり、白黒関係無く魔法が使えるようになったり。
これで消費スキルスロットが一つだけってもうチートだよね」
ルナの言葉通り、転生者スキルを取得したことによりーー熟練度は別個で上げなければならないがーー全ての武器のスキルが使用できるようになる≪闘神≫というスキルmodと、白魔法と黒魔法どちらも使用できる≪賢者≫というスキルmodがスキル樹形図に習得済みになって現れていた。
つまり、これからライトはわざわざスキルスロットを消費して魔法スキルと各種武器スキルを取らなくとも全ての武器を装備し、更にスキルも行使出来るというチート仕様になってしまったということ。
「そうなるともうスロットの片手直剣のスキルは外しても大丈夫かな、熟練度は≪闘神≫の方に引き継がれてるみたいだし、重複してるスキルは邪魔にしかならないからね。
他のパッシブスキルは……取り敢えず今は保留にしておこう。多すぎて検証が少し難しそうだし」
「うん、じゃあ取り敢えず片手直剣を外すよ」
ルナのアドバイスに従い、スキルスロットから≪片手直剣≫スキルを消去し、代わりにルナの勧めで≪換装≫を取り、更にもう一つ拡張されたスロットに≪隠蔽≫を取る。
「もう一つは念の為残しておこっか、今後転生者スキルみたいにエクストラスキルが増えるかも分からないし、まず取るべきスキルもないしね。
………今のが宿屋で起こってよかったよ、街中であんな現象が起こってたら確実に騒ぎになってたよ」
「確かに………まあ、取り敢えずスキルはこれでいいかな。まだ暫くは取る必要もなさそうだし」
大量のスキルが追加されたのだ、しかもその内全てが戦闘向けのスキルで、今後特に生産系のスキルを取る気が無いライトとしては特に慌てて埋める必要もない。
そもそも≪索敵≫、≪隠蔽≫、≪換装≫の三つがあればソロプレイをすることになっても特に困ることは無い。
もっとも、換装に限っては副武装の剣を今のところ持っていないので宝の持ち腐れだが、ルナが言うにはそれはおいおいでも大丈夫とのこと。
「それにほら、ライト君が使える武器なんてかなり限られるから………」
ライトはただでさえ要求ステータス値が高い武装しか装備出来ないのだ、それほど強力な武器がおいそれと見つかる訳も無く、今のライトにはとにかく待ちの一手しか残されていない。
「武器の件は私からもマリアに相談してみるけど……それでもかなり時間はかかりそうだから、私達が能動的に起こせる行動といったらモンスタードロップを狙うしかないかな」
「やっぱりそうなるのかぁ……」
「うん、今の時点でそのクラスの装備品アイテムをドロップする可能性があるのは、このリスタ森林エリアのエリアボスくらいかなぁ……片手直剣をドロップするかも分からないけど……」
「エリアボスって?」
「このアナザーワールドって、色々なエリアに分けられた凄く広い世界なんだけど、私達プレイヤーはその広大な土地をマッピングしながらどんどん活動域を広げていくの。
エリアボスっていうのはそのエリアを守ってる大型モンスターのことでね、そいつらを倒してやっと先のエリアに進めるっていうわけ」
「ああ……そう言えばボスを倒すとレアドロップが出るんだっけ?それを狙えばもしかしたら僕が使えそうな武器が手に入るかもってことか」
だがルナの言う通り、そのボスが都合良く片手直剣をドロップするとも限らないが。それでも座して待つよりは可能性はある。それに片手直剣に拘らずとも副武装としてライトが使用に耐えるものがドロップすればライトにとっては御の字だ。
「でももしドロップしたとしても、ライト君の剣とか私の剣みたいな所謂魔剣クラスのスペックは望めないかもね。多分ライト君の剣はプレイヤーメイドで作られる剣で最強クラスの装備で、モンスタードロップでそれ以上のスペックとなると本物の伝説級武器くらいだと思うよ」
「なるほど……」
相変わらず融通の利かないステータスである。まあ、低過ぎるよりはいいのだが、流石に高過ぎても不便なのは事実。世の中は難しい。
「それに、まだ暫くエリアボスに挑戦は出来ないかなぁ……」
「どうして?ルナだってレベルも凄く高いし、さっさと見つけて倒せばいいんじゃ……」
「そうもいかないんだよね……エリアボスっていうのはさっき言った通りかなり巨大で、ステータスもすごく高いの。
だからエリアボスに挑戦する時は先ず先遣隊が偵察と撤退を繰り返して、出来る限り情報を集めて対策を練ってから高レベルプレイヤー達が四十人以上でレイドを組んで挑戦するの。
前にこのエリアに入る時に戦ったボス戦だと、確かレベル60以上のプレイヤーが四十人居て、最後にボスを倒した時に残ってたのは私とうちのギルドマスターと他のメンバーが八人だったよ。
それにエリアボスは基本的にそのエリアのかなり奥にあるダンジョンに居るから、見つけるのも一苦労だし」
「なるほど……そう言えば昨日このエリアはマッピングされたばかりって言ってたね」
一つ前のエリアのボスが相手でもルナクラスのプレイヤーが四十人がかりで挑んでもほぼ壊滅するということは、今回のボス戦ではどれほどの損害が出るのか、フィールドのMobとしか交戦経験のないライトには想像すらできない。
「それでもプレイヤー達が頑張ったおかげで随分とこのエリアもマッピングが進んで、今は半分くらいまでマッピングが進んでるんだよ。
今も他の人達が頑張ってるから、多分これからどんどん新しいクエストが解放されるだろうし、ボスダンジョンの場所もおおよその見当はついてるんだ。
ウルフ狩りをした森があるでしょ?あそこがこのエリアのメインダンジョンになっててね、最奥にそのダンジョンがあるかもしれないんだって」
「なんか……最初本当に危ない所に落とされたんだね、僕」
そんな最前線にレベル1のゲーム初心者を叩き落すとは何事か。
運営に抗議メッセージの一つでも送ってやりたくなったが、どうせ過ぎたことだし、と内心で折り合いをつけることにして考えを飲み込む。
「ちなみに、ライト君が私を手伝ってくれるなら今日はマッピングを進めようと思ってるんだけど、大丈夫?」
「うん、大丈夫。好きなだけ付き合うよ」
そう言うと、ルナは何処か嬉しそうにはにかむ。
その笑顔はライトから見てもやはりとても可憐で、とてもじゃないがこの間の生徒会長との口論や昨日のPKをあしらった時の冷たい表情をするような女の子とは思えなかった。
「そう言えば、マッピングって具体的にどうすればいいの?」
「ん?ああ、そんなに特別なことをするわけじゃないよ。
普通に歩いてれば勝手にマップは更新されていくし、途中でフィールドボス…分かりやすく言うとエリアの中ボスね、が封鎖してる所があるから、その中ボスを倒して先に進んでの繰り返し。
それで適当にマップが埋まったらその情報を情報屋に売って他のプレイヤーに公表してもらうって感じ」
まあ、マップデータで商売する人なんかよほどお金にがめつい人だけだけどね。と付け足し、ルナは言葉を締めくくる。
「マップデータでも商売なんか出来るの?」
「うん、こういうゲームでは情報も立派な商品だからね。
数は少ないけど、そういう情報を売ってお金を稼ぐ情報屋っていうのも居るよ。」
「本当に色んなプレイスタイルがあるんだね……その情報屋ってどんな情報を取り扱ってるの?」
「その情報屋の好み傾向にもよるけど、頼めば基本的にどんな情報でも売ってくれるよ。
例えばさっき言ったマップデータとか誰がどんなレアドロップをゲットした、モンスターの行動パターン、武器防具の情報………。
それに、どこから仕入れてくるのか分からないけど他プレイヤーのアバターのステータス情報、スキル構成、更には女性プレイヤーのスリーサイズまで」
「いや、最後はダメでしょ」
アナザーワールドというゲームは、最初のログインの際に行われるスキャンでプレイヤーの現実の体を解析し、それをフルコピーしてアバターを作成する仕様になっている。
つまりはアバターのスリーサイズイコール現実でのそのプレイヤーのスリーサイズ。そんなものが商売されるとは、プライバシーもへったくれも無い。
「まあ最後のは私もどうかと思うけど……それ以外の情報はゲームの攻略の上でかなり助かってるんだけどね。
……さて、そろそろいい時間だしチェックアウトしよっか。昨日みたいにアイテムの補充をしたら昨日の森に出るよ。」
「うん、了解」
ルナの言葉に頷き、二人は宿を後にする。
それから二人は村の道具屋で昨日消費したアイテムを購入ーー今回は当然各自の所持金を使用ーーした後、昨日と同じくリスタの森へと移動した。
「それじゃ行こっか。今日は特にモンスターを避ける必要も無いし、経験値とお金を稼ぎながらゆっくり探索しよう」
「わかった。道案内よろしく」
そう言葉を交わすと、二人はのんびりと木漏れ日が照らす木立の中を歩き出す。
「そういえばさ」
「うん?」
「この森ってどんなモンスターが湧出するの?今までだとウルフとクモにしか会ってないんだけど」
ルナの隣を歩きながら、ライトはふと思いついた疑問を口にしてみる。
するとルナは顔を前に向けて歩きつつその質問に答えた。
「他にポップするモンスターかぁ……確かに森の外縁近くはライト君が言った通りウルフとクモが中心でポップするけど、奥の方に進めば色々なモンスターが出てくるよ。
例えば昆虫型のモンスターとか、植物型のモンスターとかね」
「じゃあ、あれは?」
ライトはそう言って立ち止まり、一本の木を指差す。
ライトが指差した先には一匹の茶色い体毛に赤い目を持つリス型の動物が直立して二人を見つめており、二人と目が合うとリスは逃げるように木から飛び降りて森の奥へと消えて行った。
ルナはその小さな背中を見送ると、微笑ましいものを見たように頬を緩ませながらライトの問いに答える。
「ああ、今のは背景扱いの動物型オブジェクトだよ。
あの子達に攻撃しても強烈なキックバックと破壊不能オブジェクトですっていうメッセージが出るだけだよ。なんならやってみる?」
「い、いや、いい……」
笑顔でそんなことを言うルナに、引きつり笑いを浮かべながら首をぷるぷると横に振る。
「モンスターだったら少し注視すれば必ず赤いカラーカーソルが出るから、それを目印にすれば一目で分かるようになってるよ。まあ、一部には例外もいるけど」
「例外?」
「今のところこの森では確認されてないけど、他のエリアに行けば≪潜伏≫スキルを使ってプレイヤーから隠れるモンスターも居るの。
あと昆虫型Mobと植物型Mobの中には潜伏よりはランクは低いけど、≪擬態≫スキルを使って背景に同化するのも居るから、こういうフィールドを歩く時は背後から襲われないように気をつけないとダメだよ。それに、何も自分を襲うのはモンスターだけじゃないからね」
「プレイヤーも、でしょ?」
言葉を先取りして言うと、ルナはゆっくりと頷く。
その時、ライトの頭の中には昨日ライトを人質にクエストアイテムをルナから恐喝していた三人組の男達の姿が思い浮かんでいた。
出来れば避けたいデスペナがあるとはいえ、このゲームは死んでも首都の広場に転送されるだけという言わばコンティニューが可能だ。
つまりこの中ではPK、身も蓋もない言い方をするならば殺人に対する心理的なハードルが現実よりも低くなっている。
だからこそPKが出てくるのだろうが、この中でPKを繰り返すことによってリアルの精神に影響を及ぼしたりはしないのだろうか?
この体を動かすのは当然ながら自分の精神で、PKをするという行動の意思決定をするのも自分だ。
もし、本当にもしもの話、このゲームの中でPKを楽しんでいるプレイヤーが実際に現実で殺人を犯してしまうという可能性が一切無いとも言い切れないのだ。
ディスプレイの前に座ってプレイする据え置き型のゲームとは違い、プレイヤーの人格にダイレクトに影響を及ぼす可能性を孕んだのがこのVRMMOというもので、この中で犯罪に対する心理ハードルが低くなったプレイヤーが生まれたとしたら、そのプレイヤーは………
「……ト君、ライト君!」
「うわっ!?」
と、悪い方向に埋没したライトの思考を引き戻したのは顔を近づけて彼の名を呼ぶルナの声だった。
「うわって……そんなに過剰に反応しなくても………」
「あ、ああ……ごめん。どうかした?」
「いや、そろそろ未踏のエリアに入るからそれを伝えようとしたんだけど……そんなに難しい顔をしてどうしたの?」
「ああ……そうだったんだ。ゴメン、ちょっと考え事してた」
心臓が跳ね上がったような錯覚を覚え左胸の辺りを押さえながら答えると、ルナは一瞬訝しげな表情を作ったものの直ぐに「そっか」と呟いて表情を元に戻した。
「それじゃ、これから未踏のエリアに入る訳だけど、正直どんなモンスターが出てくるか分からないから気を抜かないようにね。
フィールドボスに会ったら取り敢えず一回偵察くらいのつもりで二人で戦って、二人で倒せそうならそのまま続行。無理そうだったら攻撃パターンを出来るだけ引き出して撤退。
その後情報屋に情報を流して貰って小さいレイドを組んで他プレイヤーと再挑戦。OK?」
「オッケー」
ライトの返事に頷くと、ルナは彼女のストレージから青色の水晶アイテム……転移珠を二つ取り出し、一つをライトに差し出す。
「危なくなったら直ぐにリスタ村に転移してね。どっちかが転移したら、直ぐに自分も転移。無理してデスペナを食らうくらいなら撤退したほうがいいからね。」
ライトがそれを受け取ると、彼女はもう一つの方をローブの中の彼女の腰に巻かれているであろうポーチに入れる。
「うーん……流石にここからはこれは邪魔になるかな」
ルナはローブの裾を摘みながらそう呟くと、ウインドウを呼び出し操作を始める。
するとルナが僅かな操作を終えた瞬間しゅわっ!という音を立ててルナの全身を覆っていた茶色いローブが光の粒子となって消え去る。
ローブが消えたその下からは、白ベースの生地に所々水色のラインが入った騎士服と、淡い水色のプリーツスカートが姿を現した。
「うん、動きやすくなった……ってライト君……そんなにじっと見られると恥ずかしいよ……」
「う、うん……ごめん」
気づかぬうちにルナの姿に見惚れていたらしく、ルナが僅かに頬を朱に染めて言ってきたことで正気を取り戻し、慌てて視線を外す。
「ろ、ローブの下、そうなってたんだね」
「え?……うん、そういえばライト君には見せて無かったね。
これが私のメインの防具で、上の騎士服が≪フレイア・ドレス≫、下のスカートが≪フィン・ウンディーネ≫。
ど、どうかな?変じゃない?」
「い、いや、凄く似合ってるよ。それにしてもルナは白が似合うね。」
流れるような純白の髪も相まって、穢れひとつない純白の装備から一種の神々しさを感じさせる。
本人は嫌がっていたが、≪白茨姫≫という字名を付けられるのも頷ける。
「そっか……ありがと。そう言ってもらえて嬉しいよ」
「ど、どういたしまして?」
「ふふっ、なんで疑問系なの?さあ、準備も整ったところで先に進もう。」
「おー」
そう言って歩き出すルナの足取りは何処か軽やかで、その姿はライトの目に木々と戯れる妖精のようにすら映った。無論、本人にはとても言えないが。




