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「………はぁ~~!」
「お疲れさま、ライト君。」
「うん、ルナもお疲れ。流石は高レベルプレイヤー、戦い方が上手いね。僕一人じゃこうはいかなかったよ」
溶け消えていく光の残滓を眺めながら剣を鞘に収め、大きく息を吐き出すとルナが声を掛けてきたのでそれに応じる。
ライトは緊張から僅かに息を乱しているが、ルナはまるで疲れなど感じさせていない辺り二人の経験の差を感じられる。
「ありがと。でもライト君も凄いよ、初心者で、しかも初見のmobにあそこまで戦えるなんてびっくりだよ」
「そうかな?まあ、ありがとう。
それより無駄な手間をとらせちゃったね、ゴメン」
「ううん、過ぎたことだしもう良いよ。
むしろウルフと戦う前にスキルの使い方の確認とかが出来て好都合だったしね。
とにかくお疲れ様。ちょっと時間を取っちゃったけど予定通りウルフを探そう。」
「そうだね……でも闇雲に探しても見つからないよね?」
「そうだね……それじゃあ、これからは索敵範囲を広げて無駄な戦闘を避けながら進もっか。見つけるだけならそんなに手間はかからない筈だから」
そう言うと、ルナはウインドウを呼び出して数回操作する。
そして新たに呼び出したウインドウを可視化させると、くるりとそのウインドウをライトの方に向けた。
「これ……マップ?」
ルナに向けられたウインドウに視線を落とすと、それは森のマップデータで、そのウインドウの中央部分に緑色の光点とそのすぐそばに青色の光点が点灯しており、そこかしこに沢山の赤い点々が散らばっていた。
「多分だいたい予想はついてると思うけど、緑色の光点が私、青がライト君、そして赤がこの森に湧出してるMobだよ。」
「うわ……結構多くない……?」
光点の数を数えてみると、マップに映し出されているライト達の周囲百メートル以内だけでも十はくだらない数の赤い光点がちかちかと瞬いていた。
当然これら全てが青ウルフというわけではないが、モンスターの湧出量にライトは感嘆の声を上げる。
「これだけ多いと青ウルフを探すのも一苦労じゃない?」
「大丈夫だよ。≪索敵≫スキルは結構熟練度を上げてるから」
そう言うとルナはメイン・ウインドウに操作を戻し、マルチタスクでもう一つのウインドウを呼び出す。
ライトがルナが可視化したウインドウを覗き込むと、そこには≪Bluewolf≫や≪Reelspider≫やらの見覚えのある文字列が大量に並んでおり、ルナがその中の青ウルフの欄をクリックするとマップから大量の光点が消え、数個の赤い光点が灯るのみになった。
「こういう時は絞り込んであげれば見やすいでしょ?」
「便利だね……」
≪索敵≫スキルの熟練度が上がった場合、特定のプレイヤーを追跡できる他にフィールド上のモンスターの中から特定のモンスターに絞り込んで索敵をすることができるスキルが追加される。
対象は一度エンカウントして登録を済ませたものに限られるが、ライト達のようにターゲットを決めての狩りを行う場合には大いに重宝するスキルでもある。
「うーん……ちょっと離れてるけど、ここに居るし、ここに決めよっか。ちょっと走るけど、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。ついて行くから」
マップの、ライト達の現在地から五百メートル程離れたところの光点を指差しながら言うルナに返事をするとルナは頷き、羽織っているローブの裾をはためかせながら走り始めたので、ライトは勢いよく風にはためくルナのローブを追いかけた。
「そういえばルナ、そういえばさっき聞きそびれたんだけどこのゲームの昼と夜ってどうなってるの?」
予想以上に速いルナの走るスピードについて行きながら、余裕のでてきたライトはふと先程の戦闘前に聞こうと思っていたことを聞いてみる。
するとルナは走るペースを僅かに下げ、質問に答える体制を作った。
「そういえば言ってなかったね。このゲームの昼と夜だっけ?確かに気になるよね」
そしてルナは忘れてたという様子でで少し笑いを漏らし、最近なんだかいやに板についてきた説明を始めた。
「えっと、今が九時十分くらいを回ったところで、それで太陽が真上にあるからまあ少なくとも現実と同期はしてないよね」
「うん、まあそうだね」
言われてライトは木の間から空を見上げてみる。
するとそこにはルナの言った通り二人の真上に太陽ーーのような恒星ーーがさんさんと陽光をアナザーワールド全体に注いでいた。
「簡単に言うと、この中は外の半分の12時間で一日経つの。
つまりこの世界で二回昼を迎えると現実では丸一日ってことだね」
ちなみに、地軸の傾きなどの細かい要素は設定されておらず季節ごとに昼夜が入れ替わる時間が増減することはない。
昼夜が入れ替わるのは現実で三百六十五日、アナザーワールド内では七百三十日間六時間で固定となっている。
そうすることによって多くの年代のプレイヤーが昼と夜をそれぞれ確実に体感できるようになり、昼にしか湧出しないMobといった所謂限定モンスターなどと戦うチャンスも生活時間での不公平性も発生が抑えられるようになっている。つまり昼間ダイブが難しい学生や社会人達には嬉しい設定ということである。
「でも時間軸が違うせいで休みの日とかに一日中ダイブとかしちゃうと時間感覚が狂っちゃって大変なんだよね……定期的に時間を確認しないと自分では夜のつもりでも現実ではまだ昼だったり、昼のつもりでももう夜だったり」
「経験あるの?」
「あはは……GWの時にちょっとね。ダイエットも兼ねて二日間ダイブしっぱなしっていうのにチャレンジしたんだけど、ダイブ明けは大変だったよ。
まず時間感覚がおかしくなっちゃってて残りの三日間昼夜逆転生活を送っちゃったし、確かに体重は落ちたけど体調を崩しちゃったりね。
ライト君はそういうのはしないようにね、前に自分で点滴を打って一週間アナザーワールドで生活したって人がいたけど、ログアウトしたら体が動かせなくなってて病院に運び込まれたらしいよ」
「へ、へぇ……ルナももうしないほうが良いんじゃない?女の子なんだし折角綺麗なのに勿体無い……」
「き、綺麗………う、うん。流石にもう(こ)りたよ」
折角綺麗な白髪と顔立ちをしているのに、それを損なうようなことをするのは実に勿体無い。
そんな考えからライトが呆れながら苦言を呈すると、ルナは顔を朱に染めながらそう言った。
「……あ、着いたよ」
と、そんな会話をしているといつの間にか目的地に到着したらしい。ルナが立ち止まると同時にライトも立ち止まり、木立の裏に身を隠すとルナが指差す方向を見る。
するとそこには、どうやらライト達が走っている間に湧出していたらしいライトのトラウマMobことブルーウルフがひくひくと鼻を動かしながら少し開けた場所をゆっくりと歩き回っていた。
「ラッキーだったね、多分あのウルフポップしたばっかりだよ。もう少し遅かったら他のプレイヤーと鉢合わせてたかも」
「鉢合わせると何か都合悪いの?」
「うん。プレイヤーにもよるけど、マナーが悪い人だとこっちが先に見つけて戦ってる間に勝手に入って来る、所謂横殴りで経験値とかお金を勝手に取ってっちゃう人がいるの。
MMOはリソースの奪い合いが基本だからね、そういうことをする人が出るのは仕方なくはあるんだけど、流石にそれじゃ真面目にやってる人が損だしっていうことでモンスターとかアイテム、クエストとかは早いもの勝ちっていう不文律があるの」
「ちなみにノーマナー行為を続けると?」
「プレイヤー達のブラックリストの仲間入りだね。
ブラックリスト入りのプレイヤー、私は単純にブラックって呼んでるけど、ブラックプレイヤーは大体街から出てフィールドに居るだけで他のプレイヤーに襲われるよ。まあ、それだけのことをしてるんだしPKされても文句は言えない立場だけどね」
ゲームとはいえ、多くの人々が暮らすこの世界でも最低限のマナーは必要とされる。
むしろ現実と違って法などに縛られないゲームの中だからこそマナーが問われるのかもしれない。
簡単に言うならば「出来ることとやっていいことは違う」といったところだろう。
「それより、あのウルフが変なところに移動しないうちにさっさとタゲを取っちゃおう。場所は丁度良い感じに開けてるしあそこで良いね。プルする手間が省けて良かったよ」
「そうだね、他のプレイヤーに取られないとも限らないし、早くて困りはしないか」
そう言葉を交わしてライトは背中の、ルナはローブの奥の左腰の鞘からそれぞれの剣を抜く。
「じゃあ作戦通りに行くよ。
憶えてる?」
「もちろん。ぼくが一匹残しで残りを殲滅、ルナが残した奴のHPを半減させて仲間を呼ばせる。それの繰り返しだよね?」
「うん、それに一つ追加で、どっちかがウルフに押し倒されたらもう片方は直ぐにカバーに入る。
ウルフ達は一匹がプレイヤーを押し倒すと他のタゲを取ってないのもそれに群がってあっという間にHPを全損させちゃうからね」
「まあ二人ともそう簡単に全損しないと思うけどね」
ルナはそもそもレベルと経験からしてライトとは違うし、ライト自身もレベル一桁でHPが10万オーバーという化け物ステータス。
それに加えてマスター鍛冶屋マリア謹製の超装備に身を包んでいるのだ、昨日ライトがウルフから受けた攻撃から考えても十分程度棒立ちで攻撃を受け続けても全損をすることはあり得ない。
「まあそうなんだけど、据え置き型のMMOと違ってVRMMOでは不測の事態っていうのは意外とよくあることだからあんまりステータスを過信しちゃダメだよ。
デュエルでもレベルが圧倒的に低いプレイヤーが高レベルプレイヤーを負かすなんてこともあるしね。」
「了解。それじゃ、狼退治を始めようか」
「うん、多分ライト君にタゲが行くからその隙に私がHPを削るね。……Are you ready(準備はいい)?」
「I’m ready for fight!」
「OK!Here we go!」
ニヤリと笑い合いながら会話を交わし、二人は同時に地を蹴った。




