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「さて!スキルを取った所で、早速ライト君の装備を試しに……って言いたい所だけど、その前にまず一つすることがあるの。なんだか分かる?」
ライトがスキルを取得する様子を見届けると、ルナは指を一本立てさながら教師が授業を行うかのように一つの質問を投げかける。
「えっ、えっと……回復アイテムとかの補充かな?」
突然の質問に困惑しながらもライトは昼間氷雨が語っていた中でフィールドへ出る直前に必ず行っていた行動を思い出し、それをそのまま口に出してみる。
すると、ルナは笑顔でこくりと頷き明るい声音でぱちぱちと手を叩いた。
「うん!大正解!!アイテム無しでフィールドに出ると回復手段が無くなるからね、回復アイテムはできるだけこまめに補充した方がいいよ。
いくらHPが多くてもボスクラスのモンスターの攻撃は一撃が大きいし、プレイヤー相手のデュエルでも高レベルの人のスキルとか上位魔法をモロに受けるとかなりごっそり持って行かれるからね。」
「な、なるほど……良く憶えておくよ。」
それはルナの攻撃もそうなの?と聞きかけるも、なんとなく答えを聞くのが怖くなり浮かんだ疑問をごくりと生唾とともに飲み下す。時として世の中には開けてはいけないパンドラの箱というものが存在するのだ。
そしてこのゲームの中には、至極当たり前のことだがプレイヤーの他にも多種多様なモンスターが存在する。
ライトが襲われたウルフなどは確かに個体での戦闘力も高めに設定されているが、あくまでもフィールドに湧出する通常Mob。
フィールドやダンジョンの奥には攻撃力、防御力、HP共に雑魚Mobとは比べものにならない強さに設定されているボスモンスターも数多く存在し、更にはプログラムに左右されない行動を取るプレイヤー達と戦闘になる場合もある。
そうした相手を相手にするにはHPが多いということだけでは大きなアドバンテージとは言えない。
いくらHPが多いとはいえ、ライトは決して不死ではなくHPを削られ続ければデスペナルティを受ける可能性も十分にある。
その可能性を限りなくゼロに近づけるには、プレイヤースキルを磨いて極力ダメージを受けない戦い方を取る必要があるのだ。
通常、そうした戦い方はプレイヤーが試行錯誤の末に編み出して行くものだが、幸い今日のライトには高レベルかつライトと同じ武装を使うルナが居る。これはライトにとって戦闘に慣れることが出来る千載一遇の好機でもある。
「それで、そのアイテムとかはどこで買うの?」
「ん~……いつもはマリアから買うんだけど……今日は来れないらしいから街のNPCショップで買おうかな。NPCショップだとちょっと割高になっちゃうけど……ライト君今お金無いよね……?」
「うっ……!」
ルナにズバリと指摘され、ライトの喉から掠れた呻き声が漏れる。
何を隠そう昨日マリアから装備を買った際にライトの懐は氷河期を通り越して絶対零度を迎えている。
ライトは最も安い回復アイテムの単価がいくらかもわからないが、どう考えても1シルすら持っていないライトがものを買える筈が無い。
この世界には資金が尽きた際に金を貸してくれる金融機関なども存在しないのだ。
「………とりあえずライト君の分も私が買って、後でフィールドで狩ったお金で返して貰うってことにする?」
「うーん……じゃあ、申し訳ないけど、それでお願いします……」
ルナに迷惑をかけまいとしても結局面倒をさせてしまうのは何とも不甲斐ないと思うが、ない袖は振れないのだ。情けない自覚は大いにあるが、今はルナの慈悲に甘えさせて貰うことに決めた。
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「わぁ………」
そのようなやり取りから数分後、ライトは実に一日振りとなる首都マザータウンの市場に来ていた。
昨日からこれまではじっとマリアの店に引きこもっていたので、ライトにとってわいわいとプレイヤー達が楽しそうに談笑したり自慢の装備を見せ合ったりしているのをゆっくりと見るのは新鮮で、日頃老木と揶揄される彼の目を輝かせるに十分な魅力を備えていた。
歩く道すがらライトは行き違うプレイヤー達や店で仲間と大きなジョッキを呷っているプレイヤー達を観察してみるが、以前まで主流だったパソコンの前に座って画面の中のアバターを動かすゲームと、実際にーー仮想のではあるがーー自分の体を動かすのとはやはり見え方も違うのか、心なしかプレイヤー達は活き活きしているようにも見える。
「えっと……道具屋は確かこの辺りに……ああ、あった。ライト君、こっちこっち」
「はーい」
と、キョロキョロと挙動不審に周りを見渡していると、久しぶりの市場で少し勝手が分からず、配置の変わっていた馴染みの道具屋を見つけたルナがそうライトに声をかける。
相変わらずルナは人の前に出る時は茶ローブのフードを目深に被っており、口調も何処か冷たさを感じるものに変えている。
ここまで徹底して何から隠れて、もしくは避けているのか気にならなくもないが、そういった込み入った事情がありそうな話に首を突っ込み痛い目を見るということは現実でも往々にしてある。そのことを知っているライトはわざわざ踏み込んで聞くような無粋はしない。
「それじゃ、これからアイテムを買うから良く手順を見ててね。」
数メートル離れたところにある小瓶やら石のようなアイテムなどが所狭しと並べられた屋台から呼ぶルナに歩み寄ると、ルナはライトにそう言ってから屋台の中の椅子に腰掛けている、NPCを示す青いカラー・カーソルを頭上に浮かべた老婆に声をかけた。
「あらあら、いらっしゃい。今日は何だい?」
ルナの声を感知すると、老婆は柔らかな笑顔を浮かべて応答し、ルナの手元に一枚のホロパネルが現れる。
「喋った……」
ライトが驚きそんな声を漏らすと、ルナはフードの中で小さく笑い声を漏らす。
「NPCって言っても一応それなりのAI(人工知能)が搭載されてるから簡単な会話くらいなら普通に出来るよ。
武器屋とかのプレイヤーショップでも売り子にNPCを入れる人もいるくらいだし」
「へぇ……そういえばそのウインドウは?」
「あ、これ?これは補助ウインドウ。会話で買い物も出来るんだけど、NPCに搭載されてる言語エンジンに無い言葉遣い……例えばそうだね、方言とか略語を使ったりするとうまく会話が出来ないから、会話が成り立たないって時とかに使うの。
ここは道具屋だから購入アイテムの単価も安いけど、下手に武器防具みたいな高価なものの買い物を口頭でして買うものを間違えたなんていったら大変でしょ?やり直しなんかは効かないし」
そう言いながら、ルナはウインドウの端に細い指を触れさせ窓を可視化するとライトにそれを覗き込ませる。
そこには「買う」・「売る」・「やめる」の三つの項目が並んでおり、ルナが「買う」のボタンをタッチすると、その横に縦長の窓が新たに出現する。
「まあ、この通りこの窓でも買い物は出来るよ。私は普段はあんまりこっちは使わないんだけど……どうせだし今日はこっちを使ってみようかな」
そう言うと、ルナはアイテムストレージによく似たパネルをスクロールしていき、≪ハイ・ポーション≫と書かれたボタンをタッチする。
すると更にその横に個数選択のウインドウが現れ、ルナはそこに10と入力して購入ボタンに指を触れさせる。
「毎度あり。はい、どうぞ」
ルナが操作を終えると、店主の老婆は屋台の中に積まれた、簡素な竹で編まれたバスケットを一つとり、その中に青い液体で満たされた先細りの形状になっている小瓶を十本入れて、人好きのする笑みを浮かべながらルナに差し出す。
「はい、これがライト君の分ね」
律儀にもNPCに小さく礼を言ってバスケットを受け取ると、ルナは中から五本だけ小瓶を抜き取り、残りの五本をバスケットごとライトに手渡す。
「ありがと、いくらだった?」
「どういたしまして。一本で250シルだったから、五本で1250シルだね。思ったよりも安く済んだし、これくらいなら私が奢るよ」
ライトが一つ礼を言ってバスケットを受け取り値段を聞くと、ルナはそんな提案をする。
「いや、そういう訳にもいかないよ。」
この提案はライトにとっても大変有難い提案だったが、ライトは恐縮しつつもその提案に首を横に振る。
ただでさえルナにはこれまで色々と世話を焼かせてしまっており、ともすると更に今からも迷惑をかけるかも分からない。
そんな立場に立っているというのにウルフたった一体分よりも安い金額を返さないというのはあまりにもおこがましいし、何より男として情けなさ過ぎる。
「そう?じゃあ、後でお願いね」
ライトが丁重に断ると、そんな事情を察してくれたわけではあるまいがルナはライトの予想以上にあっさりと引いた。
予想に反してあまり食い下がらないことから、ライトがそう言うことをある程度わかっていたかのかもしれない。
「あ、ポーション類はすぐに使えるように最低でも二本は常にポーチに入れておいた方がいいよ」
「ん、了解。」
バスケットの中から五本の小瓶を取り出し全てをアイテムストレージにしまおうとすると、ルナに止められライトは言いつけ通り五本のポーションの中から二本だけ腰のベルトに取り付けられたポーチに入れ、残りをストレージに入れる。
すると、そこで役目を終えたバスケットはパッと赤い光の粒子となって跡形も無く消え去った。
「さて、あと買うのは………」
「まだ何かあるの?」
「うん、フィールドに出ると意外と必要なものが出てくるからね。
その中でも回復ポーション、解毒ポーション、消痺ポーションの三つは三種の神器って言われるくらい大事な物だから、出来るだけ常に持ち歩いておいた方がいいよ。
レベルが低い間は≪状態異常無効≫とかのスキルも取れないし、そのスキルだって百パーセント防いでくれるわけじゃないからね。確率でいったら無効化の初期値は相当低いし、魔法で回復するのにもMPを消費するから、ダメージ毒とか麻痺毒とかを受けたら基本はアイテムを使うんだ」
「はぁ~……憶えること多いんだね……」
余りにも唐突に多くのことを聞かされ、思わずライトはそのようなことを呟いていた。
だがアナザーワールドの中ではこれら基本行動の上に様々なMobの行動パターンに弱点、各種スキルなど、憶えることなどを例として上げ挙げるにも枚挙にいとまがない。
ライトは多少ならば記憶力に自信はあるが、それ程大量のことを憶えるとなると「うーん……」と苦笑いを浮かべずにはいられない。




